9.
この世で一番輝いた、都立折川女学院音楽高等学校・舞台演劇科76期生卒業公演。
あれから3年と少し。
その中心で世界を震わせた少女は一人、舞台の上にいた。
あれから彼女は大学に通いつつ劇団に所属。
すぐに舞台女優としてデビューし人気者に。
現在は大学の単位もほとんど取り尽くし、仕事にセーブも掛からない状態。
一躍トップスターの忙しい日々を送っている。
今日は公演の、本番の舞台で行う最初のリハーサルなのだが。
独り早めに来てしまったので、立ち位置の確認をし、そこから見る劇場の光景に目を慣らしている。
「ふう」
少女がため息をついたそのとき。
それが合図かのように、急に場内の明かりが落ちる。
「えっ、えっ!?」
静寂と暗黒に包まれて驚く彼女に
一筋のスポットライトが当てられる。
「わっ!!」
不意打ちに次ぐ不意打ち。
混乱し、完全に理解が追い付いていない少女へ、
舞台袖から忍び寄る影が……
「もう、イタズラやめてよ」
「なんだか、ようやく一本取った気がします」
「透子ちゃん」
「紀平さん」
そう。
照らされている少女は紀平吉良であり、
忍び寄ろうとして見つかった影は私。
「今来たの?」
「いえ、潜んでいました」
「イジワル」
目を閉じ、ベーっと舌を突き出す、相変わらず愛らしい紀平吉良。
だからこそ。
私も相変わらず傲慢に、鼻で嗤ってみせる。
「性格が悪いのはあなたです。せっかくあれから数年かけ、自身を奮い立たせ、こうして舞台へ帰ってきたというのに」
しかし私などよりよっぽど。
紀平吉良はスポットライトの中で、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「あなたは少しも驚きもしなかった。あのときに一本取らせなかったから、こうしてイタズラする羽目になったのですよ」
「意味分かんない。でもまぁ、
透子ちゃんが舞台に帰ってくることは分かりきってたからね」
は?
は?
今、なんと?
それは聞き捨てならない。
目の前の少女は変わらずニンマリしているが、まさか、そんなバカな。
あり得ない。
「なぜ? あれだけの決別を告げ、それ以来特にやりとりもなかったのに」
あの日の言葉は、私としては一世一代の台詞である。
なのに、それすら彼女には届かなかったのか?
少し黒い感情が心の端に沁みてくる。
しかし、
「あれだけの言葉を聞かせてくれたから」
紀平吉良は笑っている。
あの忘れられない、私の大好きな、
人懐こい笑顔で。
「あれだけの執念を私に注いでいたなら。あれはお行儀よく諦めがつく人の持つものじゃないからね」
「なっ!?」
黒い感情が霧散するのを感じる。
決してキレイな存在とは言われていないはずなのに。
「私が舞台で輝き続けるかぎり、必ずあなたは戻ってくる。我慢できずに、この光を求めて、今一度焼かれるために」
彼女が私のことを理解していた。
紀平吉良が、私のことを見ていた。
その事実が、たまらなくうれしい。
震えを隠したいがために出た照れ隠しは、
「人を蛾か日サロ通いみたいに」
せいぜいこんな程度。
「でも、こうして帰ってきたでしょ? むしろ焼き尽くされて蘇る、不死鳥のように」
しかしそれすらも、紀平吉良には美しく返される。
「……奇襲したつもりが、手のひらの上だったというわけですか」
これはもう全面降伏するしかないだろう。
私は彼女への抵抗を諦め、
自分への抵抗も諦め、素直な心中を吐露することにした。
「ですがそれだと、一つ気になるというか、その、気に病むというか、あるのですが」
「なぁに?」
首を傾げる紀平吉良の目は澄んでいる。
それでも私は逸らしてしまう。
「……あなたは照明をやりたいとおっしゃっていたのに。私を呼び戻すために役者の道を選んだ」
少し声が掠れた。
かたちにするのに、とても勇気がいった。
しかし彼女は
「両立できなくはないし」
頬に人差し指を添え、目線を斜め上に向け、
なんでもないような顔をしている。
「そういうことを言っているのではありません。あなたは私のために夢をねじ曲げた。それで本当によかったのか、と」
「あー、それね」
そこまで聞いて、ようやく紀平吉良は頷く。
しかし腰に手を当て、目を閉じ微笑み、ふんふんと。
ここまでくると、彼女は人生を真面目に生きているのか心配になってくる。
と、やや眉根を寄せる私へ、
「私が照明で、誰にスポットライトを当てたかったと思うの?」
「えっ」
今まで何度も見た姿。
紀平吉良は長身の上体を屈め、顔を覗き込んでくる。
だが、その動きの中で、
今まで一番近い距離で、私たちの視線が真っ直ぐかち合った。
瞬間、私の心臓が跳ね上がる。
体温が数度上がる。
まるで誰かと舞台に立つときのように。
あの照明に照らされているときのように。
その美しい虹彩に反射しているのは
「それって」
「透子ちゃんはあの日、『あなたにとって私は必要ではなかった』って言ったけど。でもね? 透子ちゃんの夢が私でできてたみたいに」
彼女は屈めた上体を起こす。
その過程で、腰の後ろで組まれていた手が解け、
しなやかな白い腕が、こちらへ差し出される。
スポットライトの中から、私へ手を伸ばす紀平吉良。
「私の夢にも、あなたの舞台が必要なんだよ?」
──あぁ、やはり。
あなたは、私を照らす──
瞬間、私の頭の中は
今一度焼き尽くされて
白飛びした。
──Fin──




