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7.

 高校最後の夏休みが明けた。

 正直、何をどう過ごしたかよく覚えていない。

 宿題を欠かさず提出できたことだけは確かだ。



 そして二学期が始まる。

 二学期最初の演劇の授業、


 高校生活最後、卒業公演に向けた動きが始まる。


 慣例として卒業公演は創作劇が行われる。

 実は脚本志望の子が一学期のあいだに脚本を書いており、私たちは夏休みで全て目を通した。

 まず最初に選ばれた本が発表され、その後オーディションと裏方のチーム分けがなされる。


 当然、紀平吉良は照明に立候補し、


 先生は少し寂しそうな顔をしたが、あえて止めることはなかった。


 高校最後、総決算だというのに。


 夏休みの『Chartreuse(シャルトルーズ)』に続いて二度目、


『彼女はもう舞台へ帰ってこない』


 そう突き付けられた。



 だが、それでも私は諦められなかった。



 あの日私はあの眩しさを、焼き尽くされる心地良さを、白飛びさせられる喜びを、

 紀平吉良の味を思い出してしまった。


 もう二度と失うことはできない。考えられない。

 麻薬は出所してからの、長らく禁じられてからの一発が一番気持ちいいらしい。

 私は再犯したのだ。

 もうどうやっても抜け出せないし、なりふり構ってもいられない。


 何せ私にとっても高校最後なのだ。

 彼女を失ってからというもの、抜け殻のように三年生の日々を消費していたが、



 やはりダメだ。

 紀平吉良がいなくては。



 私が紀平吉良と出会った高校生活。

 紀平吉良が舞台に立っているかぎり、私の人生で、いや、世界で一番美しかった季節。


 そのフィナーレの舞台に、紀平吉良がいないなんてありえない。

 あの白飛びするほどの輝きが足りないなんて許せない。


 認められない。

 あってはならない。


 最後の瞬間は絶対に、



 私の隣は紀平吉良でないと、

 紀平吉良の隣は私でないと、許せない。



 高校だけではない。

 私にはこの先の人生、役者人生がある。



 ここで紀平吉良を逃しては、二度と紀平吉良は私の隣で舞台に立たない。

 この先永劫に、私の隣に紀平吉良がいない。



 逆になぜそれが許されてしまうのか?

 可能性が存在することすら許せない。


 そんなものは世界と舞台と演劇に対する冒涜だ。

 死罪である。死罪。

 万死に値する。

 なんならむしろ、この世から全ての芸術の方が死に絶え消え去らないと許せない。


 紀平吉良一人のワガママのために、この世の全てを闇にしなければならない。


 紀平吉良。おまえはそんな世界でも、うれしそうに照明で遊ぶのか?

 そんなことをしてなんになるのだ? いったい何を照らすのだ?


 紀平吉良

 紀平吉良紀平吉良



 紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良紀平吉良



 そんな終末は望まない。

 破滅である。なんとしても避けねばならない。



 そのためには、なんとしても彼女を引っ張り出さなければ。


 卒業公演のあとは当然卒業するのだ。

 劇団、プロダクション、多くのスカウトが狩りに動く。

 もはや公演が終わったその場で、楽屋に退がる暇もなく名刺の海に囲まれるだろう。


 業界で、大人の力で囲い込まれれば、紀平吉良もさすがに……



 だが現実問題として、彼女は今回も裏方に回ったのだ。

 先生も止めなかった。


 通常であれば彼女を舞台に立たせる方法などない。



 そんな私の視界に、



 左膝を庇って歩きながら裏方チームの輪に加わる、藤田さんが映った。











 3月(あたま)、都内有数の大劇場にて。

 都立折川女学院音楽高等学校・舞台演劇科

 76期生の卒業公演が行われた。


 当然座席は保護者が最優先。

 残りは関係者や業界人で埋め尽くされ、チケットはほぼ販売されない事態となった。

 動画投稿サイトでの同接数も歴代を圧倒的に更新。


 もはや本学の歴史に伝説として残るグランド・フィナーレ。



 その中心で、紀平吉良は圧倒的な輝きをもって全てを魅了していた。



 その世界を支配する演技力で、全ての演劇愛好家の魂を抜き去り

 その芸術への愛を届ける表現力で、全ての保護者に『娘をここに通わせてよかった』と報い

 その全てを掬い上げる包容力で、夢に向かう者、敗れた者、76期生全員の三年間を美しく弔った。



 永遠に、永遠に。

 きっとその場の誰もが永遠に続いてほしい、終わらないでほしい時間も、彼女の手によって柔らかい死へと導かれ、



 ついにフィナーレ。

 他の演者たちと並んで舞台の中央、両手を大きく挙げて振り、

 万雷の喝采と嗚咽を一身に浴びて、ますます輝く紀平吉良を、



 私は舞台袖から眺めていた。

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