5-3.
私たちも馬鹿ではない。
一度言い合いになったからといって、『これでご破算』と舞台を投げ出したりはしない。
何より授業なのだから投げ出しようもない。
翌日には彼女が私に謝り、私も彼女に謝り。
稽古は何事もなく再開し、技術以外の全ての問題は解決した。
それから、あっという間に時が過ぎた。
学期末公演まで残り一ヶ月というころ。
紀平吉良という照明を浴びられなくなってから一年が経とうというころ。
相対性理論によると、退屈で苦痛な時間は長く感じるらしい。
一方で大人たちの経験談によると、歳とともに時間が早く過ぎるとも言う。
ある学説では、人生の体感時間は19歳で折り返しなのだとか。
なんでもそのころには、大概の出来事がどこかで経験したようなことばかりになる。
よってなんの新しい感動も刺激もなく、さらっとルーティーンのように流れるのだとか。
そういう意味では、私のこれは。
紀平吉良という絶え間ない刺激を失った末路なのだろう。
しかし、そんな私なりに生きてはいるもので。
周囲は私なんかよりもっと切実に生きているもので。
私もなんとか彼女を忘れよう、諦めようと踏ん切りがつきはじめたころ。
相方もこれならまぁ悪くないと思えるようになったころ。
事件は起きた。
「あー、やっちゃったぁ」
ある日の授業。
ライバル役の藤田さんが、松葉杖を突いて現れた。
肉が付きやすい体質らしい彼女は、体を絞る一貫でソフトボール部に所属している。
その練習中に
もちろんソフトボールより人生を左右する舞台の方が大事。
ケガだけはしないように、調整してやっていたのに。
それなのに
ノック中に、左膝の前十字靭帯を損傷してしまったらしい。
急な方向転換や停止で発症するのだとか。
あるいは、なまじ抜いて練習していなければ。
手術をすると、例えばスポーツ選手では復帰に8ヶ月や10ヶ月かかるらしい。
だが、しない方向に踏み切ったとて、もちろんこんな脚で殺陣はできない。
そもそも放置すると膝関節に負担が掛かり、将来にわたって影響を及ぼすらしい。
将来デスクワークに就くならともかく、
時にハードワークも求められる役者仕事には不利となる。
よって、悩みに悩んだすえ
彼女は手術することを選んだ。
最初こそ『やっちゃった』などと明るく振る舞ってはいたが。
リハーサル用にセッティングされた舞台を見た瞬間、嗚咽とともに崩れ落ちた。
殺陣どころか、そこに立つことすらできないのだ。
しかも人生を大きく左右する今回の公演だけでなく、
卒業公演にも間に合わない。
もちろん藤田さんのことは残念だった。
かわいそうだし、同じ役者の卵として神を呪いたくもなった。
しかし同情だけしていればいいものでもない。
彼女が起こした事件は、彼女だけのものではないのだ。
「どうしようか、どうしよう」
全員で、舞台の上で車座になって。
その中央に一人立っている先生は、口元を押さえてウロウロしている。
そう、藤田さんが出演できないということは、
当然、その代役が必要になるのである。
それも、二大メインの、ライバル役の。
「もう本番も近いしねぇ」
彼女は弱り果てた声を出す。
演技ではない、芯からの困惑。
縋るような目を私たち演者サイドと合わせる。
「みんな自分の役があるもんねぇ? せっかく練ってきたのを、今更別のにするのもキツいし」
もちろん、なかにはライバル役へ昇格したい生徒もいるだろう。
しかし、時間をかけた役を放棄し、まったくやってもいない役を
進路がかかる舞台でやらせるのは、ずいぶんとリスクな話だ。
また、先生は元タカラジェンヌだが。
まだ30代。言ってはなんだが、この歳で第一線を退いている。
つまりは、その後芸能界からお声が掛かるほどのスターではなかったということ。
その現役時代の心理から、
花形でもなくとも、役に貴賎なく愛着を持ってほしい
そういう哲学もあるだろう。
教師としても個人の信条としても、彼女は役を動かしたくない様子だった。
正直私も賛成だ。
ライバル役もそうだが。
誰かが役を移れば、またその役が空く。
下手をすれば玉突き人事で複数の役が微妙な、低クオリティの舞台になりかねない。
最悪、ライバル役一人なら私がリードしてみせる。
が、チーム全体はさすがに。
となると、残るは……
先生は私たちからゆっくり視線を外した。
そのままこちらへ後頭部が向けられる。
彼女は私たちの反対側
裏方チームへ目を向けたのだ。
先生の顔は見えない。
だが、
車座でこちら向きの生徒たち。
彼女らのリアクションで、誰と目が合ったのかははっきりと分かった。
「紀平さん。頼める?」




