第三話① 「魔女と、結界見回りの旅路」
「はー、そろそろ仕事に行かなくちゃ……」
外出の支度をしなきゃ……。
ああ、仕事行きたくない……。
二階にある衣装部屋。クロゼットの前。
大きな旅行カバンを取り出して。私が重い腰を上げながら、のろのろと旅支度をしていると。
「魔女の仕事って、なんだろう?」
「調剤、調合じゃないかな。ほら、大釜でグツグツ煮込んだりハーブ薬煎じたりしてるだろ」
「あー、定期的に行商の人が来てくれてるもんね、あれを買い付けに来てたのか〜」
「たまに頼まれてまじないごとや占いなんかもなさってるようですが、魔女様には、他にも何か定職があったりするんですか?」
嘉紋とルイくん、それぞれの声である。
二人の使い魔たちがなんだなんだと様子を見にやってきたので、私はその問いに答えることになる。
魔女の仕事。本職。
色々あるけど、そのうちのひとつ。
それは。
「……結界の維持よ」
「結界?」
「ええーっ、何ですかそれ⁈」
「ここから先、南端のほうの土地をね、任されちゃってるのよ。年に何度かくらいは見回りに行かなきゃいけないの。ちょっとずつ封印がゆるんでて、化け物が漏れてきてたりするから……」
「へ〜、面白そう」
「ええー、怖い。ボクそういうの苦手ですぅ」
行き先に興味を持ち関心を寄せる嘉紋と、怯えるルイくん。
二人の反応は、対照的だった。
「戦闘は勘弁してください、魔女様。ボク、うちで待ってます」
「そうね、わかったわルイくん。お留守番をお願いね」
「はい。うちで掃除したり洗濯したりシチュー煮込んだりしときます。魔女様の下着も手洗いして陰干しして、ほつれてるマチの部分を繕っておきますから」
「う、うん。お洗濯やお裁縫してくれるのはありがたいんだけど、ルイくん……。私の下着にだけは触らないでね……」
「遠慮しないでくださいよ、魔女様」
「……絶っっ対に、触らないで」
ピシャリと言い放つ私。
ああ、もう一人のほうにも威厳を見せておかなければ。
キッチリ言い含めておかないとね。
「嘉紋、おまえは私についてきなさい」
「ん?あー、そのつもりだったけど?」
「いいわね?私のそばにいるのよ?離れちゃだめよ?」
「ふふふ、ずっとあなたのそばにいてあげるよ?」
「狂戦士のおまえを野放しにしたら、何をされるかわからないものね。一時たりと目を離せないわ」
「えー、監視対象ってこと?俺、信用ないなぁ」
「嘉紋おまえ、魔女様と二人きりになるからって調子に乗るなよ?まあ、魔女様からはまったく相手にされてないようだし、そんな心配いらないだろうけどなぁ。対して、ボクなんか留守を任されたんだぞ。魔女様不在中、魔女様のベッドでお昼寝したり寝間着を借りたりすることだって可能なんだからな」
「……う、うん。私のお部屋には絶っっ対に入らないでね、ルイくん」
……ようく言い含めてはおいたが、それでも信用はできない。
ランジェリーの数々。インナーウェアや肌着、寝間着、ナイトブラ。
留守中、家に置いていくのはあまりにも無防備だ。
結局。
私は、手持ちの下着類すべてを自宅に置いておくことができず。めいっぱい旅行カバンに詰め込まずにはいられない。
カバンはパンパンに膨れて負荷となり、旅路の肩に重くのしかかる。
「大荷物だなぁ、魔女さん。重いだろ?持とうか?」
「私の荷物には触らないでぇ!」
見兼ねたかのように、嘉紋が声を掛けてくる。殊勝な提案をしてくるが、その手には乗るものか。
こうして私は、カバンに手持ちの下着類すべてを詰め込んで、旅立つことになったのだった……お、重い!!
もぉぉぉ!ルイくんのバカァァァ!!
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昼なお暗い、森林地区。
見渡す限り、グリーン。視界に広がる緑の世界。ざわざわとした葉が生い茂り、あたり一面には、繁殖力の強い草木から発せられる独特な植物の香りが漂っていた。
てっぺんを見上げてみると。
目につくのは、森の一番高いところ。枝葉の折り重なった層。森林でもっとも多くの同化組織が集中する、林冠。
高木層の隙間からは、きらきらとした幻想的で美しい木漏れ陽が差し込む。
高木層の次は、亜高木層。その次には、低木層。そして最後に、草本層、といった階層構造が見事だ。
森林の土壌は、樹木の落葉を集めて、厚い層を構成していた。
地表面である林床を、私たちは進む。
「へー、徒歩なんだ」
嘉紋が呟いた。
移動手段についての言及らしい。
「魔女さんなんだし、ほうきに乗って飛んでいくのかと思ってた」
「……飛行魔法ね。私は適性が無さすぎるの。効率よく飛べないのよ」
高度が足らず超低空飛行だったり。スピードが出なくてノロノロ運転だったり。その割に、魔力の消耗も激しいし。コスパ悪いったらないわ。
疲れるから滅多に使わないわね。移動はたいていウォーキングよ。
なんなのかしらねぇ、あれって。
運動神経とか身体能力とか視空間認知特性とかの良し悪しが、飛行の出来に直結するのかしら。
そういえば前世でも、自転車に乗るのもヨロヨロして苦手だったり、自動車もペーパードライバー歴長かったりしてたのよねぇ。
はぁ。
ほうきでピューっとなら、めちゃくちゃラクになるわよね、わかってるわよ。
一念発起して、集中して猛特訓とかすればいいんでしょ。それはわかってるけどさー。はあ。腰が重いわぁ。つい先延ばしにしてしまって。移動のたんびにその重要性を思い知らされる。っていう。
「ところで、目的地はまだ?」
「うぅ……」
……ま、まずいわ。
迷った……。
一応、地図はあるけど。山なんていう大自然の前では、まさに無用の長物。グネグネ蛇行したケモノ道ばっかなのよ。道があってないようなもんなんだからね。そもそも見づらいのよ、もー。
はー、やだやだ。毎回毎回。いっつもウロウロして、来た道引き返したりとかして、なっかなか辿り着けないのよねえ。毎度毎度、着くまでにすっごい時間かかるんだから、まったくもう。
「迷子なの?魔女さん」
「……し、慎重に、道を選んでいるだけよ」
「そんなにわかりにくい地図なの?ちょっと俺にも見せてよ」
背後から覗き込んでくる嘉紋。
「なんだ、わりと詳細な図面だよ、これ。等高線も正確だし。ほら、こっちが西だから、高低差のある崖下のほうを目指せば近いんだよ」
「あ、ちょっと待ちなさい嘉紋」
私から強引に地図を取り上げると、スタスタと目的地目掛けて一直線の嘉紋。
あ、歩くのが速い!
なんという健脚、歩幅の大きさ、脚力、股関節の柔軟性!身体能力!おそるべし狂戦士!
私は彼についていくのがやっとであった。
ゼーゼーハーハーと肩で息をするくらいに疲弊し、最後は小走り気味になってまで、必死に彼に喰らい付いて、ようやくあとを追えたのだった。
「見えたよ、あれじゃない?」
「……え」
あっという間に、目的地すぐ近くの崖上に着いた。
その位置からは、小さな古城跡が一望できるのだった。
あ、あら、すごい。
いつもよりも最短で、最速で着けたわ。
森に入ってからまだ半日も経ってないのに。ウソでしょう、ここって、こんなにも早くに着けるものだったの?
やだ、私が方向音痴だった、ってこと?
い、いやちがう、私はふつうよ、ふつう!
狂戦士の嘉紋が、なんか特有の得体の知れない妙な野生の勘や鋭さ発揮して、結果的に偶然たまたま最短距離になったというだけであって!
私が地図読めない系だからってわけじゃないのよ、きっと!
「おっ、見て見て、魔女さん。化け物って、あれ?」
「……はぁ。ずいぶん数が多いわね」
嘉紋は嬉々として、指をさした。
私はため息をついて、崖上から、古城跡を見下ろす。
崩れた石垣や石畳の広間、脆く倒れた石柱。
森の奥深くに鎮座する、封印石を伴った、この小さな古城跡。
広間の突き当たりには、地下へ続く通路の大扉がある。太古の崩れた廃神殿へと繋がり、中はダンジョンのような迷宮になっているのだという。
大扉からは、わずかに隙間が生じていた。
周囲にはすでに、有象無象の奇怪な幻妖生物が浮遊していたのだった。
毒気、毒汁、瘴気、障壁。
ドッロドロでグッチャグチャの。ところどころにツヤツヤとした光沢感のある、派手な原色、ドギツイ蛍光色で構成された、見るも無惨でスプラッターな絵面。見るもおぞましい異形たちが蔓延っているのである。
う、ううっ、グロい!
相変わらず、気味の悪いグロテスクな!ああもう、イヤ〜!
そばに行きたくない〜。気持ち悪い〜。やだもうー、だからイヤなのよー。
絶対、近づきたくないわー。
ここは距離を取って、この崖上から一方的に長距離攻撃を当てていくしかない。
時間はかかるけれども、安全圏から遠隔魔法を駆使して一匹一匹に狙いを定めて、地道に仕留めていくのが最善策なのだわ。
と、私が、戦略を練ったりしているのに。
水分補給やおやつ休憩を挟んで、準備運動やら杖の握り直しやらの戦闘準備を、段階踏んで着実にゆっくりと整えているというのに、である。
なんと嘉紋は、そんな私を待ちもせず。
「あいつらを退治すればいいんだろ?さっそく行ってくるよ」
「ちょ、ちょっと、待ちなさい嘉紋!」
私の制止を聞く間もなく、躍り出て行ってしまった。
━━━━━━━━━━━━━つづく!!




