第二話 「魔女と、可愛い黒猫ちゃん」
にゃーん、という可愛い鳴き声。
黒い猫ちゃんがやって来た。
「よしよし、お使い?えらいわね〜、よく来たわねー」
猫ちゃんの首輪には、便箋を細長く紐状に折ったお手紙が巻きつけてある。
偉い大魔女様からだった。
少し前に足をお悪くしてからだろうか。彼女はこうして定期的に、私にお使いを頼んでくるようになっていた。
大きな窓を開け放ったインナーテラス。
ウッドデッキのガーデンチェアーに腰掛ける私。猫ちゃんを膝に乗せて、さっそく手紙の内容を確認しようとしていると……。
「ちょっと魔女様、なんですか、その猫は」
……ほうきを片手に、ルイくんが小言を言いに寄って来た。
「また新しい使い魔ですか。まったくもう。うちに入れるんなら、まず外で汚れを落としたり洗ってやってからにしてくださいね」
「う、うん、ごめんルイくん」
ルイくんは、大きなほうきを使って掃き掃除をしていた。
彼は家事全般、特に整理整頓やお片付け、家づくり部屋づくりといったジャンルが大得意のようだった。
ついこの間まで、廃墟だった我が家。
ボロボロで寂れて、朽ちかけていた古洋館であった。
しかし今や、それが見事に蘇っていた。
ピカピカのキラキラ、新築同様。ホテルライクなインテリア、映えや見た目重視のスッキリスタイリッシュなフォトジェニック住居となっている。
ルイくんは、後輩嘉紋の労働力も有効に活用し、自らの手足のようにこき使い。DIY知識や技術も総動員。大規模修繕リフォームに、水回りもリノベーション。
室内窓、ヌック、スキップフロアの中二階、回遊動線などなど、人気の要素をことごとく取り入れ。
R、曲線モチーフを細部にまであしらった、こだわりの内装と間取り。
……居心地よい住まいを提供してくれていることには感謝しているし、掃除してくれるのも、もちろんありがたいんだけどね。
いやしかし。
ちょっと、落ち着かないのですけど。
いわゆる掃除魔、片付け魔、っていうか。
綺麗好きが過ぎる。
使った物はもとあった収納場所にすぐに戻してくださいね、とか言うし。
テイストや色味を統一しきれなかった家具には、とりあえず布をかけてカムフラージュするから開閉しにくいし。
生活感の滲み出るイケテナイ生活雑貨や小物、調理器具グッズや調味料アイテムは引き出しや死角に隠すし。
そこまで行くと、ちょっとやり過ぎでは……。
オシャレでモデルルームみたいなホテルライク住居って、そりゃあステキだけども。
実際に住んで維持するのは、肩が凝るわ……。
「お、黒猫だ。俺にも抱っこさせてよ、魔女さん」
私たちの会話が聴こえたのか、嘉紋も一階に降りてきた。
愛くるしい猫ちゃんの存在をいち早く嗅ぎつけてきた、この狂戦士。
そうはさせるものか。
「おまえはだめよ、嘉紋」
「え〜、俺も猫撫でたい〜」
可愛い猫ちゃんに、危険人物を近寄らせてはいけないわ。
「さぁ、危ないからお外へ行こうね、猫ちゃん」
猫ちゃんとお手紙を大事に抱えて、テラスから扉を開けて屋外へと出て行く私。
外は麗らか。
よく晴れていて、心地よい風も吹いていた。
明るい太陽の下、猫ちゃんを傍らで遊ばせながら、偉い大魔女様からの手紙を読むことにする。
ゆっくりと便箋を開いていった。
この地方で一番偉い大魔女様。
強大な魔力を持っており、この南部にある結界の管理を担当されていた。
現在は足を悪くされていて、領地の視察や戦闘、移動自体も負担になられているとのことである。
「あー、やっぱり結界の見回りかぁ」
私は下っ端として、たま〜に、視察を代行するくらいだけども。
すでにもう、このお役目に辟易としていた。
「もー、旅に出るのって大変だし、結界からはみ出た化け物をやっつけるのも魔力つかうし怖いしキツイし過酷な労働過ぎるしぃ」
でも、偉い大魔女様の頼みじゃ、断れないしなぁ。
はー、気が重いわー。
私はしばらく空を見上げて、現実逃避をする。
そうしていると。
にゃーん、という鳴き声。
猫ちゃんが私の足首周りにまとわりついていた。
猫ちゃんは、ロングスカートの裾に、ほつれた糸を見つけたらしい。ちょいちょいと前脚で糸を引っ掛けて、じゃれて遊んでいた。
「か、可愛い〜!」
ああ、スカートの裾、ほつれがどんどん広がってボロっちくなっていっちゃうけど、そんなもの、この際もうどうでもいいわ。
こうして猫ちゃんに懐かれてモテられるのなら、オシャレなんて二の次よ。スカートなんてどうなってもいい。
っていうか、ボロいロングスカートって、猫ちゃんにモテるのね。
猫カフェとか行く時用に覚えておいて損はない豆知識だわ。
メモメモ。
私はすっかり癒される。
猫ちゃんには、新鮮なお水とご飯とおやつをあげた後も、たっぷり可愛がらせてもらってしまった。
そうしているうちに、飼い主である偉い大魔女様のもとに帰る時間は、すぐに来てしまう。
帰路に着く猫ちゃんの後ろ姿を、大きく手を振って見送る私。
とっても名残は惜しいが、一日を通してとてつもないリアルな充足感に包まれており、私は思わず笑みがこぼれていた。
そして、こんな言葉がつい飛び出してしまう。
「あー、可愛かった〜!やっぱり使い魔ちゃんって、こうでなくっちゃね!」
対して。うちの使い魔って、どうしてこうも狂戦士とか掃除魔とか、アレなかんじの仕上がりになるのかしら。
私、召喚魔法向いてないのかしら。
適性ないのかしら。
自信無くすわ。
……危険人物、狂戦士、嘉紋。
あれからもスキを見て、帰還用の魔法陣を踏ませて強制送還しようと試みてはいるのだけども。うまくいかない。
考えてみれば狂戦士。剣士なのだし。間合いや仕掛けを察知する能力に関しては、おそらく私よりもはるかに上。
一筋縄ではいかないようだ。
もちろん、この世界にあんな危険人物を召喚してしまった私が何より悪い。後悔と反省もしている。
私には、彼の行動を監視して制御する重大な責任がある。
……はあ。
このままでは、私のほうこそスキをつかれて、ねじ伏せられてしまうかも。
そのまま私の手の届かないところへ逃げ込まれてしまうかも。そこで大暴れされてしまうかも。被害者だって出してしまうかも。
……ああ、そうなったら私の責任だわ。
おのれ狂戦士め。
絶対絶対、そうはさせないんだからね。
━━━━━━━━━つづく!!




