第十一話① 「魔女と、七方位の賢人」
「にゃにゃ〜ん」
という可愛らしい鳴き声。
黒い猫ちゃんが、またまたやって来てくれた。
例によって首輪に括り付けられていたのは、紐状に細長く折り畳まれた便箋だった。
素晴らしく可愛い、この黒猫ちゃん。
この子は、偉い大魔女様の使い魔である。
いつも私に、偉い大魔女様からのお手紙を配達してくれる、働き者のお使い猫ちゃんなのだった。
「猫ちゃん、いらっしゃい、よく来てくれたわね〜」
まずは後頭部をナデナデさせてもらって、首元や耳、背中などまで、たくさん触らせてもらった私。
その際になんとなく、猫ちゃんの首輪の細部が目に入った。細部をようく観察してみると。
端っこのほうに、細かな字で小さく名前が刻まれていることに、私はようやく気がついた。
「Schwarz、シュ、ヴァ、ル、ツ」
この子の名前は、シュヴァルツ、というらしい。
「シュヴァルツ!シュヴァちゃんね!」
やーん、可愛い〜!
シュヴァちゃん、あなたシュヴァちゃんっていうのね!
これからはシュヴァちゃんって呼ぶわね、シュヴァちゃん!!
たくさん名前を呼ばせてもらって、可愛い黒猫シュヴァちゃんとひとしきり遊んだその後に。
ようやく私は、真の目的であるお手紙拝読の儀を開始したのだった。
ふぅ。
さて、読むかぁ。
「……えーと、なになに?」
え。
あー、偉い大魔女様、とうとう引退なさるおつもりらしい……。
そっか……。
でもまあ、悠々自適なラク隠居ライフの始まりだものね。第二の人生の開幕、おめでたいことでもあるのだわ。偉い大魔女様、今までお疲れ様でした、これからはのんびりと自由を謳歌なさってくださいね。
シュヴァちゃんは、無事にお使いの任務を終えて安心したのか。はたまた遊び疲れたのか。すやすやと可愛い寝息を立てて、私の膝の上でお昼寝をしている。
膝上のシュヴァちゃんの背を撫でながら、手紙の続きを読む私。
「……えーと、なになに?」
偉い大魔女様は、すっかり看板を下ろすつもりなのだそうだけど。
だけど、使い魔であるシュヴァちゃんのほうは、まだまだ仕事を続けていたい、使い魔として現役のままで働き続けていたい、意向だという。
え。
ってことは。
「え、それで、今後は、私のもとに預けたい⁈ですって⁈」
え、これからは黒猫シュヴァちゃんが、私のそばにいてくれるってこと⁈
えーっ!
きゃー、ウソ〜嬉しい〜!!
黒猫シュヴァちゃんが、これからは私の使い魔⁈
あ、もちろん!真の飼い主さんは、偉い大魔女様のほうであって!私のほうはあくまで(仮)なのは承知しておくけども!
やーん、それでも嬉しい!めちゃくちゃ嬉しい!
わーいハッピー!!
偉い大魔女様、ありがとう!
私は嬉しくて嬉しくて、お手紙をそのまま最後まで、隅から隅まで熱心に読み漁ろうとした。
その内容を深く理解しようと努めた。
が、しかし。
ん?
あれ、それで?
え?偉い大魔女様がご隠居なさるから?
「え、くれぐれも、あとをたのむ。って。え?」
なんだか、まっったく理解できない箇所や文脈が出てきたのだった。
〜ナナミさん、あなたをわたくしの後継者に指名します〜
〜七方位会議に出席しなさい〜
〜推薦状はすでに提出しておきました〜
「は?え?」
なに?後継者って?
「七方位会議??」
ナニソレ??
いくら考えても、わからない。
中庭に設営された、アイアン製のガーデンチェア。
私はそこに腰掛けて、お昼寝中の黒猫シュヴァちゃんを膝に乗せて撫でまくっていた。
便箋を片手に小首を傾げながら。
外はぽかぽか陽気に包まれた、よいお天気。
絶好の洗濯日和とあってか、ルイくんは、カーテンや寝具の類いを効率よく干して乾かすために中庭内を縦横無尽に動き回っていた。
「へぇ〜、七方位会議ですか。すごいじゃないですか魔女様」
私がぶつぶつ言っていた独り言や呟き、手紙に対してのツッコミなどは、すべて彼の耳にも入っていたらしい。
「やりましたね、出世なさいましたねぇ。これであなたも、七方位の賢人ですよ」
「七方位、賢人?え、なにそれ。ルイくん知ってるの?」
「これまでは大魔女様が、No.7である南地区を統治されていたのでしょう。あなたは大魔女様の正当な後継者になったんですから。その役職も引き継ぐってことですよ」
は?
え?No.7?
統治??南地区?そもそも七方位?ってなに?
なんなの、それ??
「あーあー。ルイ先輩、ダメだわこれ。魔女さん、政治システムとかまったく興味ないみたいだよ」
「まあ、中央から見れば、ここなんか地方都市のど田舎だもんなぁ。魔女なんか、世間知らずもいいとこなんだろ」
中庭の一角で、素振り稽古や筋力トレーニングに励んでいた嘉紋とゴウト。
気づけば、彼らも口を挟み出していた。
「な、なんなのよ、おまえたち!どういうこと⁈」
さんざんな言われよう。
でもまあ、その通りだわよ。悪かったわねぇ。
「うちの魔女様はぁ、俗世間に染まらず、浮世離れしておられる、稀有なお方なんですよねぇ」
好き勝手に評する二人とはちがって、忠義者のルイくんだけは、いつだって私を優しくフォローしてくれる。
「そういったところも含めて魅力的ですよ、魔女様。現実味や生活感、所帯臭さが一切無い、ファンタスティックな存在。まるで妖精さんのようですものね」
「妖精、っていうか、カスミ喰って生きてる仙人みたいなんだが」
「言えてる〜」
妖精でも仙人でもないわよ、魔女よ、魔女ぉぉ!
同時に会話に加わられてしまい、さらに複雑になっていく会話内容。
さらに事態を把握できなくなる私。
「あのね魔女さん、この異世界大陸の地理はねぇ。中央都市を除くと、七つの地方に分けられていてね」
「つまり中央都市から外側に向かって、七方向に、放射線状に伸びた先だ」
「は?え?」
「時計回りで、右上から〜、No.4北東、No.1東、No.2南東、No.7南、No.3南西、No.6西、No.5北西、ですよ。魔女様」
「本来なら八方位あるはずなのになー。おっかしぃなぁ。七方位しかないんだもんな〜」
「北だけが欠けてるんだよな。なんでだ?こっちの世界での鬼門にでも位置するのか?禁忌な場所だからとかか?」
「単に、大陸の形状的に、北部地方が発展しなかっただけなんじゃないか?どうせツンドラな寒冷部だろ」
「まー、寒いとなぁ。色々なぁ、難しいよな〜」
ワイワイ。
三人は、私のことを置き去りにして話を進めていく。
それは、世界地理や地質学、地政学的な話題にまで及んでいった。
「ちょ、っちょっとぉお!どうして異世界人のおまえたちが、私よりも詳しいのよぉ⁈」
なぜか彼らは、私よりもよっぽどこの世界の事情に詳しくなっていた。
━━━━━━━━━━━━つづく!!




