第十話② 「魔女と、ライバル魔女な美女」
お昼過ぎ。
私たちは、すでに目的地にいた。それぞれの配置につき、準備万端でこの作戦に臨んでいた。
豪邸が立ち並ぶ一等地。高級住宅街には、ベージュや薄黄緑、グレー、といったさまざまな色味の邸宅が建ち並ぶ。
建物の形や色彩にはどこか一定の統一感があり、周囲に調和した景観重視の芸術的な街並みにしっかりと仕上がっている。
縦長でアイアン格子がロマンチックにデザインされた出窓。アーチで描かれた門扉。急勾配の三角屋根に、装飾性の高いレンガの外壁。
目的地は、そんな洗練された造りの邸宅であった。
「……ここね。えっと、Yekaterina……」
表札には、Yekaterina。エカテリーナ、とあった。
門扉の端に設置された、ノスタルジックな小鐘のような呼び鈴。それをカランコロン、キンコーンと鳴らす私。
すると。
ものすごい美女が出迎えてくれた。
ピシッとまっすぐに伸びた、長い腕。胸を突き出し二の腕を背中側に引いた、異様なまでの姿勢のよさ。まるで舞台女優さんのような堂々とした佇まい。
美意識の高さを伺わせる、頭のてっぺんから爪の先まで完璧に磨かれ整えられた、ヘアメイクと身繕いの技術力。
お顔立ちそのものの派手さ華やかさもさることながら、プラスアルファも抜かりなく。
彼女は圧倒的な美女のオーラで、その場に君臨するような登場をしていた。
まるで、美の女神様のようである。
私は思わず、手を合わせて拝んでしまうところであった。
あああー。お美しいわ。キラキラで眩しいわ。
ああー、思い出してきたわ。
お顔は施術用の薄物布地で巻かれていたけど、この妖艶で豊満な身体つきは。異様なまでの姿勢のよさは。
あの時の。
マッサージのお店で私を襲った犯人。
たしかに襲撃犯は、この人だった。
「あ、あの。突然すみません。私はナナミと言いまして。少しお話をさせてもらえないでしょうか……。あ、えっと、ステキなお住まいですね」
「どうぞ、お入りになられたら?」
「え、えっと、玄関先で失礼します」
私は勇気を出して、自ら、積極的に話しかけていった。
「あ、あの、エカテリーナさんですか?はじめまして、ではないですよね?あの、マッサージのお店で、一度お会いしたかと……」
「もちろんですわ。あの晩のことは一生忘れられませんことよ。魔女ナナミ」
「え」
「わたくし、潔く負けを認めますわ」
え、あれ。
この爆裂級美女エカテリーナさん。彼女は、私のことを魔女ナナミ、と呼ぶ。そうして、あの晩に店であったこともあっさりと認めるのだった。
「まさか、あれほどまでとはね。お強いんですのね、魔女ナナミ。高難易度の転移魔法まで習得済みでいらしたなんて。御見逸れしましたわ」
「……エ、エカテリーナさん」
わ、わあ、嬉しい。
転移魔法がどれだけ複雑で面倒で高度な技かをちゃんと理解した上で、私のことを褒めてくれてるぅ。
ああ。じーんときちゃった。
こんなに魔法のお話ができる相手、はじめてだわ。
貴重な機会と相手を得たことを受けて。私はつい、笑顔になっていた。襲撃犯との対峙、という、緊張感を要する状況下だということも忘れて。
「わたくしは先天的なハイグレード能力値の、天才型。あなたは、後天的な凡人ノーマル能力値の、努力暗記型。恐れ入りましたわ、魔女ナナミ。ずいぶんとまあ退屈で地道な修行をコツコツコツコツと積み重ねてこられたのでしょうね」
「え、あ、はい……」
「それに比べて。わたくしなどはもう、湯水のように遊興費が使えて浪費が行えて。日常的につねに美青年数人に周囲を取り囲まれていて。毎晩のように享楽や放蕩や美食の晩餐会で大忙しのセレブ生活ですのよね。誘惑が多過ぎてまいってしまいますことよ。退屈で地道な魔法の特訓生活など、わたくしには到底真似できないことですもの。ですからね、魔女ナナミ。わたくしある意味、あなたのショボくて地味な生活が羨ましくもあるのですわ」
な、なんだか言葉の節々に、棘を感じずにはいられないのだけど。でも、一応は私の努力を褒めて讃えてくれてる、のよね……、エカテリーナさん。
彼女は、顎先を高く上げて、尊大な物言いでペラペラペラペラと言い放つ。
そこにはあまり反省の色などは見られない。だが。
なんというか、悪意は感じられない。
私への憎悪や怨恨、殺意はなさそうなのだった。
あるのは、単純に、勝負ごとへの熱意。
私への対抗意識、ライバル心。度を超えた、負けず嫌いっぽさ。
もしかすると、彼女は。
魔法で私と腕試し……、バトルしたかっただけ、なの??
え、なんなの、この人。
こんなすごい美女なのに、バトルマニア?
攻撃手段が魔法というちがいはあれども、根本のところでは、あの狂戦士嘉紋やゴウトと変わらないじゃないの。
「圧倒的な力量の差。この先、わたくしが何度勝負を挑もうとも、勝利する可能性は低いと判断しましたの。よって、すっぱりあきらめますわ。すでに大魔女様には伝達済みですのよ。後継者候補からは辞退しておきましたわ」
「え、あの、その、後継者候補というのは、どういう……」
「ああ、そうだ。聞きましたわよ。お店への賠償金、肩代わりなさってくださってたのですってね。慰謝料と示談金も含めて、あなたには近いうちに相応の額を送金しておきますわ。そうそう、お店へはわたくしのほうからも後日伺っておきましたけど。まいりますわよね、まったく大袈裟な対応ですこと。女性客同士の喧嘩や揉め事なんかしょっちゅう聞く話ですのにね。店内で暴れるあの程度、日常茶飯事でしょうし、殺傷沙汰だって珍しくないでしょうに。ああ、わたくしはもちろん出禁になりましたわよ。ええ。これでもう、あの店でわたくしとあなたが鉢合わせをしたり顔を合わせたりすることは金輪際ないのでしょうね」
「……え、ええと、あ、あの」
爆裂美女魔女エカテリーナさんのマシンガントーク。
こんな調子の物言いと威圧的な迫力に、ルイくんはすっかり慄いていた。彼女が登場したその瞬間からずっと、私の背中にしがみついて隠れっぱなしでいるのだった。
ふだんのルイくんは、狂戦士嘉紋を相手にしても、コワモテ大男ゴウトに対しても、けっして怯まない。いつも平然とした態度で渡り合っている。
そんな度胸があって怖いもの知らずな彼であるが、どうやら高圧的な女性にはめっぽう弱いらしく、明らかに苦手意識を醸し出しているのだった。
私の背中にがっしりとしがみつきながらも、それでもヒソヒソと主張だけはしてくる。
「い、いけません魔女様、このままでは!」
「え、えええ」
「ほら、もっとしっかり責め立てないと!」
え、えええー。勝手な主張をしないでぇー。
「あ、あの、エカテリーナさん。これからは仲良くしましょう。私たち、魔女仲間なのだし」
お店にはちゃんと後日伺っておいた、とのことだし。賠償金関連や出入り禁止措置などの社会的制裁もしっかり受けようともしてくれている。
私ともしっかり話をしてくれたし、送金もすると言ってくれている。
もう私が彼女を責め立てる理由などはなく。私の中ではすでにもう、この機会に、新たな関係を築けたらよい、という考えまでになっていた。
「今日は突然の訪問ごめんなさいね。よかったら、次はうちに遊びにいらして、エカテリーナさん」
「何をのんきなこと言ってらっしゃるの、魔女ナナミ。わたくしたちは、同業者。商売敵。今後も足を引っ張り合う関係性でしかありませんでしょうに。いいですこと?わたくしたちは、ライバル、敵、ですのよ?」
「そ、そう。まあ、気が向いたら、お茶でもしにきてね。ではこれで失礼します。お邪魔しました」
そうして私たちは、エカテリーナさん宅から立ち去ったのだった。
オシャレで豪奢な装飾性に満ち溢れた、見事なロマンチックデザインの邸宅をあとにする。
私は微かに笑んでいた。足取りも軽く、今にもリズムを取りかねない。小さく跳ねでもするかのような、陽気な歩みを見せていた。
ライバル、かぁ。
ふふふ。
お友達でもなんでもないけど、そんな存在もいたっていいわよね。
私の大切なライバル魔女。エカテリーナさん。
私、もっともっとたくさん、魔法の練習をしようっと。
なんだか楽しくなってきちゃった。
ルイくんと二人で通りの前まで戻っていくと。
そこには、嘉紋とゴウトが集結していた。
ルイくんは、エカテリーナさんのことがよっぽど怖かったらしい。恐怖のあまり、つい咄嗟に赤色スカーフを表示してしまっていたとのことだった。
その赤色スカーフを検知した結果、嘉紋は指示通りにすぐにこの場に急行をしたのだという。
ゴウトのほうも私たちを案ずるあまりに、演技指導のことなどすっかり忘れてしまっていたようで、今朝の特訓もまったくの無意味になっていた。もうすっかり、普段通りのゴウトのまま。ギラギラギラギラ眼光鋭く、姿勢よくシャキシャキシャキシャキと歩いていたのだった。
私たちはそれを見て、つい笑い合ってしまった。
「ちょっと聞いてくれよ二人とも!相手の女が色目使ってきやがってさ!魔女様が骨抜きにされてメロメロになって即堕ちしちゃったんだよ!」
「あー。魔女さんって、女の人に弱いとこあるよねー」
「まったく、みっともねぇ魔女だぜ」
「だ、だってものすごい美女だったのよ!女神様みたいだったんだから!」
ルイくん、嘉紋、ゴウト、私、の四人。
そのままワイワイと喋り合いながら。
そうして私たちはみんなで。四人で一緒に家に帰っていった。
━━━━━━━━━━━━━━つづく!!




