第九話② 「魔女と、無理のあるエロ展開エピソード」
湯船に浸かって半身浴をする私。
しばらくバスルームで過ごした後。ようやく落ち着いて、真っ白でふわふわのバスローブに袖を通すことができた。
そうして意を決して、扉を開けると。
「……魔女様」
やはりというか。
扉の真ん前、廊下では、ルイくんが待ち構えていた。
「あ、あの、見苦しい姿でごめんなさいね、ルイくん。着替えを持ってくるのを忘れてしまって」
バスローブ姿の私。
男女入り混じるシェアハウス。住民みんなが共有する共用部の廊下で、こんな格好はマナー違反であり、あまりに非常識である。
しかし、私がこんなミスを犯したことは今回が初めてであるので、どうか寛大に許してほしいものだわ。
「……いつ帰ってたんですか?いつからお風呂に入ってたんです?」
「え、えっと、この格好のままじゃ風邪ひいちゃうから〜、ひとまずお部屋に行っていいかしら?じゃ、じゃぁねぇ」
「……あっ、ちょっと、魔女様!」
そうしてピューッと自室に逃げ込み、とりあえず、ルイくんの追求をかわす私。
はぁぁ、やばかった。
は、早く、昨夜のことを思い出さないと。
私は、肌の手入れをして髪を乾かして、身繕いを素早く終える。
そうして着替えを済ませると、室内をウロウロと歩き回っては、強引にでも記憶を呼び起こそうとする。
えーとえーと。
よく考えてみる。
えーと。あれ。
私の服は?
昨夜着ていた、私の服、どこだっけ?
嘉紋の部屋には落ちてなかった。
今、自室を探しまくっても。どこにもなかった。
ん?あれ?
洗濯に出したのかと外を見ても、中庭に干された衣類には、面影のある私服は見当たらない。
自室を飛び出て、
館内を必死で捜索するも、やはり、どこにもない。
あれぇ??
と、そこへ。
外から、ギィィィと軋む音が聴こえてきた。
錆びついた門扉の音。誰かが館への出入りをしているということである。
私はすぐに玄関へと向かう。
そこにいたのは、やはり、ゴウトだった。
ゴウトが帰宅したのだった。
「ああ魔女。やっぱり家に帰ってたんだな、あんたのことだから無事だと思ってたが」
ゴウトは、私の姿を見るなり、そんなことを言うのだった。
「ほらよ」
彼は、大きな包みを抱えていた。
それを私に手渡してくる。
風呂敷のような大判の正方形布、そんな布地にくるまれていたのは、衣類であった。
私の服だった。ついでに、下着も。
まさに、探していた、昨夜私が着ていた服、一式。
「え、えええ?どうして?」
すでに玄関先には、ルイくんと嘉紋の二人も駆けつけていた。
二人は私の背後から、ゴウトに対して質問を浴びせる。そしてゴウトは即答をするのだった。
「ゴウト、今まで何してたんだ?」
「昨夜、何があったの?ゴウトくん」
「魔女が、襲撃に遭った」
は?
「え、襲撃?私が?」
「覚えてないのかよ魔女。ああ、そうか。転移魔法使ったら、副作用で一時的に記憶が飛ぶって言ってたな」
転移魔法!
ああああ、そうか!転移魔法のせいで、私、ゆうべの記憶がないのね!一時的に記憶障害を起こしてるのね!
「え、私、よそで襲撃に遭って、転移魔法でうちまで逃げてきた、ってことなの?」
「あの店、女性客専用だったからな。オレは中へは入れなかったんだ。その時の状況なんかはわかんねぇよ。大騒ぎのあと逃げていくヤツをすぐに追ったが、取り逃しちまったし」
「あの店、って?」
女性客専用?の店?
私の着替え類を包んでいた、風呂敷のような布地。丁寧な刺繍が施された、華やかな色味の生地には、とてもいい香りが染み込んでいた。
香油の香りのようだった。
レディースフレグランスにおける一番人気の香調、フローラルノート。女性らしく高貴で、華やかな香り。甘くて濃厚な芳香。
その香りを嗅いで、私は思い出す。
あ、これ、ルイくんと一緒に街に行った時に、立ち寄ろうとしたマッサージ屋さん!
上品でキレイなおねえさんたちのいる、あのお店!
マッサージを受けようとしたのに、ルイくんの猛反対にあって、しぶしぶ取りやめにした、あのお店の香りだわ!
「魔女様!まさかボクに黙ってあのお店に通ってたんですか⁈夜にこっそりぬけだしてまで⁈あれほど行ってはいけませんと念を押しておいたのに⁈ああああなたという人は!もう!!」
「あ、あははははははは」
ああああああ。そういうことかぁぁぁ。
なーんだ。
そっかぁぁ。
マッサージ中なら、大判バスタオルにくるまってほぼ全裸姿というのも合点がいくわ。そうなのね、そんな最中に襲撃に遭ったのね。
で、転移魔法で家にワープして逃げてきたのね。
転移魔法もバッチリ成功してただなんて、これもめでたい、快挙だわ。
家、って言っても広いからね、ゴール位置設定を召喚の間あたりにしてても、座標が大味で、嘉紋の部屋にまでずれこんじゃったのかも。
あ、召喚の間が一階で、その真上にあるのが二階の嘉紋の部屋だからー。
あーそっかぁ。階層が、高度が。上下がズレちゃってそんなことにー。
なーんだ。
そうなのねー。
あーよかった。めでたしめでたし、一件落着。
私、嘉紋と事後なんかじゃなかったわー。ワンナイトとか致してなかったじゃないのー。
ああああ、よかった。
はああ、こんなことじゃなかろうかと最初から思ってたわよ。
何かの間違いだって。
品行方正で清廉潔白、お行儀すこぶるよし。倫理観や道徳観念、貞操観念、といった高い意識をガッチリ兼ね備えた、この私がねー。まさかねー。狂戦士とワンナイトとか、まさかそんなことあるはずないとは思ってたわよー。
うふふふふふふふふふふふ。
私は、人生史上最大と言ってもいいくらいに安堵していた。
そうして私が満面の笑みでニッコニコしていると。
ゴウトが怪訝そうに睨んでくる。
「……何笑ってんだ。不安じゃないのかよ、魔女。あんた襲撃されてんだぜ?」
え、あ。
ああ。そうだったわね。襲撃、ああ。
「ちなみに、ゴウトはなぜ、そこにいたの?」
「オレは、魔女がお忍びで出歩くたびに護衛についてたんだよ。魔女は気づいてなかったようだがな」
あ、あら。まあ。
そうだったのね。苦労をかけるわね、ありがとう。
じゃあこれで、私とゴウトが夜中に二人で出掛けて密会してたとかいう疑惑も、完全に晴れたわけだけど。
襲撃……。
物騒なワードに、私はいまさらながら、ぶるっと身を震わせた。
過去の嫌な経験を思い起こしてしまう。
え、まさか、また魔女狩り?
このあたりは平和で、あの土地ほどは国教の影響力もなくて、魔女への差別や迫害はほとんどないのだと思ってたのに?
「犯人は女かー。女性しか入れない店に侵入しての犯行だもんねぇ」
「以前から、魔女のことを盗み見てくる不審な女たちの存在が気にはなってたんだ。しかしまあ、女のすることだから、って。少し油断してたな」
「魔女様、襲撃者に心あたりは?」
ええ?なに?私に、女の子の、ストーカー??
「長いこと監視してて、魔女さんの行動パターンを把握したんだね。その店に滞在するスキを狙ったってことかー」
「その場に居合わせた従業員の話だと、頭から施術用の布地を巻いていて顔は判別できなかったそうだが。身体つきは大柄で豊満な女だったとよ」
そうよね、従業員のおねえさんたちではないわよね。お客さんに扮した侵入者だった、ってこと?
「で、長い棒状の武器を持って、魔女のいた個室に入り込んで大暴れしたそうだ。室内はめちゃくちゃに壊されたらしい」
「まさに亡き者にする勢いじゃないですか。明確な殺意を感じますね」
殺意……。私を亡き者にして、なんのメリットが?
「女……。同業者、そうか、魔女のライバルか」
ん?
「偉い大魔女様、その後釜を狙う、後継者候補たちの権力争い。なるほど」
は?
「うちの魔女さん、彼女に気に入られてるからねー。しばらく気を緩めないでね、魔女さん」
は、え?
何言ってるの?
後継者候補って。私なんか、下っ端の一人にしか過ぎないし。優秀な有力者は他にいっぱいいるんだろうし。
私なんか、結界見回りの雑務とかをたまに担当してるだけなんだけど。
「今回はご無事だったからよかったものの!とにかく気をつけてくださいよね!魔女様!」
険しい表情を続けるルイくんは、とうとう私の真正面にまで歩み寄ってくる。
そして私の両肩をがっしりと掴んで、お説教モード全開のまま、まっすぐに私の目を見据えるのだった。
「いいですか魔女様、これからはボクにきちんと行き先を告げてから外出してくださいね!門限は19時ですよ!」
「わ、わかったわ、ルイくん」
「一人歩きも禁止です!嘉紋かゴウトを護衛に連れて行くこと!いいえ!これからはもうこのボクを連れて行ってください!いざとなったらボクだって戦います!あなたを守りますから!」
「ルイくん……」
ルイくんの私を想うまっすぐな気持ちが伝わってくる。
ついつい行き過ぎていて過剰な反応ばかりが目についてしまうけれども。やはり彼の根底にあるのは、真摯に私と向き合うきちんとした姿勢なのだった。
「わかったわルイくん、でも心配なのはあなたも同じよ。危ないことはしないでね」
「あぁ、ボクの魔女様ぁ〜」
すぐさま、ガバッと私に抱きついてくるルイくん。
こうして私たちは仲直りをすることができた。一件落着、である。
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その夜。一息ついて。
私は洗濯をしようと外へ出ていた。
こんな時間ではあるが、洗濯物が溜まりに溜まっていたので仕方がない。
昨夜私が着ていた服、一式。風呂敷のような布地に包まれた衣類セットが、丸々残っているのだから。
これらをスッキリサッパリ片付けておこう。
家事は不得意な私ではあるが。この時ばかりは上機嫌で、ついハミングなどを歌ったりもして、笑顔で洗濯板での手洗いをこなしていた。
今の状況下においては、襲撃の件だけは気になるところではあるけれど。でも。
ルイくんとは仲直りができたし。
ゴウトは密かに護衛してくれる忠臣だったし。
転移魔法も成功したし。
嘉紋とは結局、何もなかったし。
うんうん。ふふふ。今日はたっくさん、いいことがあったわ。はぁ、よかったよかった。ふふふふふ。
「ふふふ」
「あはは」
「ふふ、ふ……」
背後から、妙な笑い声が聴こえてきた。
「あはは〜」
「……嘉紋、おまえまで何を一緒に笑ってるのよ」
嘉紋だった。
いつのまにか嘉紋が、背後から接近してきていた。私に混ざって笑い声をあげ、楽しそうな雰囲気を醸し出していたのであった。
「あはは。楽しいねぇ、笑っちゃうよねぇ、魔女さん」
「な、なんなのよ、おまえ」
「あなたが俺の部屋に転がり込んできた顛末がわかったところで、それがなんだっていうんだよ」
え。
「大事なのは、その後。俺の部屋に来てくれた後のことだよね」
え。
「俺が、あなたに、朝まで何もしてなかったとでも思う?」
え。
「俺の部屋だよ?好きな女の人がほぼ裸でやって来てくれたんだよ?そりゃあ愉しむに決まってるよね?」
え。
「それでも、俺たちに肉体関係がないと思えるの?」
えええええええええええええ!
う、ウソ!
ウソついてるだけよ!
ウソよね!ねぇ!
本当のことを言ってよぉぉぉ!!
こうして。
嘘か本当かわからないまま。時は流れていった。
私はもう、すっかり忘れることにした。キッパリと、関連する一切の記憶を己の脳内から抹消することにした。
時折、嘉紋が何かにつけてこの時のことを持ち出してはくるが。私は断固として、無視を決め込むのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━つづく!!




