第八話④ 「魔女と、魔方陣での攻防」
と、そこへ。
にゃーん、という可愛い鳴き声が聴こえた。
黒い猫ちゃんが、中庭で鳴いていたのだった。
「まあ、猫ちゃん!いらっしゃい〜!」
この超可愛い黒猫ちゃん。
この子は、偉い大魔女様の使い魔である。お手紙の配達を担っていて、定期的にうちにやって来てくれる幸福の使者なのであった。
あああ、幸せ〜!
可愛い〜!嬉しい〜!
癒される〜!
猫ちゃんの登場のおかげで、私の荒れた情緒はすっかり持ち直していた。
中庭へ出て、さっそく猫ちゃんを抱き上げる私。
「中へ入りたそうですね、そいつ」
「あ、ルイくん」
「魔女様、そのまま保定しててください。そいつの脚をこっちに向けて、うん、そうそう」
ルイくんは濡れ布巾で、猫ちゃんの身体全体や尻尾、前脚後ろ脚など各種部位を、丁寧に拭いていった。
「本当は風呂に入れてやりたいんですがね。まだそこまでの信頼関係が出来上がってないですから、しょうがないですね。今はこれくらいにしときましょう」
「あ、ありがとうルイくん」
「ほら綺麗になった。よし、中へ入っていいぞ」
ルイくんは、猫ちゃんを館内に招き入れて、おやつを与えてくれた。
出汁を取った後の、魚の削り節。それは塩分や刺激の少ない、健康的で自然派なおやつである。
おやつをあげたその後も、私はブラッシングをさせてもらったりして、猫ちゃんとたくさん遊ぶ気満々であった。
のだが。
猫ちゃんは、にゃ、にゃーんと鳴いては、プルプルと顔を横に降るのだった。
「ねぇ魔女様、こいつ、あまり長居できないみたいですよ」
「え?なになに?うそ、ルイくん、猫語がわかるの?」
「よく観察して見てれば、ある程度は推測できるものでしょう。ほら、なんだかソワソワしてるし。外へ繋がる扉のほうをチラチラ気にしてるし」
あ、あら。そういえば。
「ああ、首輪に手紙が巻かれてるんですね。二枚分あります。ということは。もう一件、まだ配達の仕事が残ってるんですよ、こいつ」
「え、あー。そうなのね」
「その手紙、なんて書いてあるんです?」
「あ、お礼状だったわ。この間の臨時見回り、要請される前に行ってたから。その件でありがとう、って」
「へぇー」
ルイくんは戸棚から地図を取り出して、ダイニングテーブルの上に広げた。
「こいつ、書いたり話したりができないだけで、人語は理解できてるみたいですね。字なんかも読めるのかも。すなわち語学の四技能である、リーディング、リスニング、ライティング、スピーキングのうち、半分を習得しているのでは」
そして地図の上に猫ちゃんを置いて、尋ねる。
「おいおまえ、次の目的地はどのへんだ?」
「にゃーん」
猫ちゃんは、前脚で、トントンと地図上の位置を指し示した。
「ふーん、少し郊外の高級住宅街か。オシャレで立派な邸宅も並ぶ通りだな」
「にゃーん」
「なるほど、ロマンチックな並木通り。噴水広場に、石畳の路地。たしかにデートスポット要素があるな」
猫ちゃんは、机上から降りると、すぐに扉のほうへ駆けていく。
そして私たちのほうへ振り返って、にゃん、とひと鳴きした。
「案内してくれるみたいですね」
「え」
「ついてこいって言ってるみたいですよ、魔女様。一緒に出かけよう、って」
「ええ〜」
ええ、なになに?一緒にお出かけしようって?
猫ちゃんと街まで?
ええ〜、私、外出とかあんまり好きじゃないけどー、猫ちゃんと一緒なら楽しいかもねぇ。
「ちょっと待っててね、猫ちゃん!すぐ支度をするわ!」
私はすぐさま、二階にある衣装部屋へと駆け込んだ。
よそいきのワンピースに腕を通し、いそいそと外出の準備をする。
えっと、杖、杖。
あー、魔女の杖って、これ。いかにもってかんじで、街中では目立っちゃうわよね。
うーん。布をぐるぐるに巻いてたら、なんだか武器類を隠し持ってる怪しい人のようだし。
長物の携帯って、頭を悩ますわ。
なるべく浮かないいでたちを考えねば。
あ、日傘。日傘なら、街のおでかけスタイルにも馴染むわよね。
持ち手の周囲に、フリルたっぷりの布地をあしらって、っと。真っ白くって可愛らしいパラソル風にアレンジしてみよう。
よし、街仕様の杖、出来上がりー。
さあ、これで猫ちゃんとのおでかけに出発できるわ〜。
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よく晴れた昼下がり。
外はいいお天気で、日差しも爽やか。オシャレで洗練された街並みには人出も多く、おおいに賑わいを見せていた。
「ああ、嬉しいなぁ。魔女様と二人きりで、こうして一緒に街を歩けるなんて夢みたいです。ボクたち、恋人同士に見えてるんでしょうかねぇ」
満面の笑み。
ウキウキルンルンで、ハイテンションのご満悦ルイくん。ここまで嬉しそうなルイくんも、珍しいかもしれない。
猫ちゃんを抱っこして歩く私。
隣には、ルイくんが付き従ってくれている。人混みでごった返す大通りでも、彼は臆することなく、慣れたふうにスマートな物腰で進んでいった。
誰かとぶつかったり接触するようなことは一切なく。私を優雅にエスコート&アテンドしてくれる。
そんなふうに。
私は思いのほか快適に、街歩きを愉しめていた。
だが途中の分岐点に差し掛かると、猫ちゃんは私の腕からするりと抜け出て、颯爽と駆けていってしまう。
とても残念だけど、猫ちゃんとは、そこでお別れだった。
しかし、猫ちゃんの後ろ姿はとてもイキイキとしていた。その姿はキリリと凛々しく、職業意識と誇りとを持って仕事に邁進していることが、こちらにまで伝わってくる。
「うんうん、そっか。お仕事頑張ってね。今日はありがとう。またうちに遊びに来てね」
私は大きく手を振って、猫ちゃんを見送った。
「魔女様はブルベ冬で、お顔立ちはソフトエレガントですよね」
「え、えっと」
「このようなお召し物が本来はお似合いになられるかと〜。あ、骨格はナチュラルのようですね」
「え、ええっと」
「でしたら、こちらの生地と、カッティングはこういった曲線の〜。あ、あの色味のトップスも試着してみませんか」
お洋服屋さんに入店するなり、店員さんよりも熱心に接客をしてくるルイくん。
オシャレなルイくんは、私の衣装選びに熱中してあれこれと各種衣類をあてがったり、合間に自分の戦利品をゲットしたりと、大忙しである。
う、うう。
ごめんルイくん、私もう、疲れちゃった。
人通りの多い街でショッピング、という苦行。オシャレな石畳の路地には、細かな溝もあった。私の編み上げブーツのヒール部分を容赦なく捉えて離さず。歩きにくいことこの上ない。
まだまだ来たばかりだというのに。すっかり精気を奪われ疲弊し、ふらつく私。すでに帰りたくなっていた。
それでもなんとか堪えて、横路地のあたりを歩いていると。
上品な呼び込みの声が聴こえだした。
中規模の商店街らしき店舗が立ち並ぶ一角。優雅な声掛けで、客引きや勧誘をする女性たちが立っていた。
痩身エステや、女性用の美容マッサージの店に所属するキラキラ従業員たちである。
「あら、マッサージ〜」
いいわね、いいわね。
ここのところ、魔法特訓で疲労が蓄積するばかりで困ってたの。
腰とかバッキバキだから〜、誰かに揉んでほしいわー。
通りに面した店舗の扉からは、いい香りが漂ってくる。
レディースフレグランスにおける一番人気の香調、フローラルノート。女性らしく高貴で、華やかな香り。甘くて濃厚な芳香。
見れば、店の人たちは上品で綺麗で、優しそうなおねえさんたちばかり。
わぁ〜、香油を使って滑りをよくするのねぇ。なめらかな接触になるから、刺激や摩擦が減ってお肌にも優しいってわけね、へー。
ああ、いいわねぇ。
日頃、男三人にも囲まれていると、特にねぇ。キレイな女の人たちの存在が恋しくなるというものなのよ。
ヤロウだらけのルームシェア館。申し訳ないけども、さすがに男臭くてむさ苦しい空気感や雰囲気がたまらない時があるのよね。
「予約なしでもかまいませんのよ。よろしかったら今からでもどうぞ、寄って行かれませんか」
「え、いいんですか?」
「もちろんですわ。わたくしどもも、お客様の背中にある頑固なお凝りを、ぜひほぐして差し上げたくって」
優しく声を掛けて来てくれた、おねえさんたち。
キュッと正確に、左右対称に。口角の上がった、にっこりとした完璧な笑み。
パァァ〜と、花が咲いたような華やぎ。キラキラさ。
優雅で魅惑的な香りに誘われ、導かれるかのように。私はフラフラと、そのおねえさんたちについていきそうになっていた。
だが。
「ちょっと、魔女様」
「え、あ……」
私は、ルイくんに止められていた。
二の腕をがっしり掴まれて、引っ張られていたのだった。
「……あ、そうだったわ、連れがいるんでした。ここって女性専用のお店ですもんね」
そうだった。男性であるルイくんは、入店できないのだった。
「ご、ごめんなさい。また改めて伺いますね、今日はこれで……」
私は慌てて会釈をしてお店のおねえさんに謝って、ルイくんに引っ張っられるまま。そそくさとその場から立ち去ることになった。
ルイくんに強引に連れて行かれる私。
かなり離れた場所まで移動をして、そこでようやく私は解放された。
だが。解放された途端、激昂される。
「いけません魔女様、あんな店に行っては!」
「え、えええ?」
ルイくんは、鬼のような形相で力説し始めた。
「な、何言ってるのよ、ただのマッサージでしょう」
「あんなのほぼ全裸ですよ!全裸!紙パンツ一枚になって施術されるんですよ!あられもない姿になった魔女様が、施術台の上に寝そべって、オイルマッサージでヌルヌルヌルヌル!ああイヤだ!そんなの、ボク耐えられません!」
「い、いかがわしい言い方しないでよ。施術者は女の人、同性なのよ」
「今の時代、男とか女とか関係ないでしょう!ボクは、ボクの魔女様が他のヤツらの手で触られるのが嫌なんです!」
「触るって言っても、背中や肩、腰くらいでしょ。性的なことなんて何も無いってば」
「いやです!だめです!そんな店に行くのは禁止です!肩や腰や背中だけでなく、いつのまにか胸まで揉まれてたらどうするんですか!」
む、胸はさすがに揉まれないでしょう。
「マッサージくらい、ボクがしますよ!むしろさせてくださいよ!触らせてくださいよ、揉ませてくださいよ!他の女なんかにさせないでください!」
「………………っ」
束縛が激しい!
嫉妬深すぎ!干渉し過ぎ!
行動制限かけてくる!自由がない!
エステやマッサージすら行っちゃいけない、ってなんなのよ!!
こうして。
せっかくの二人きりの街歩きも、気分は台無し。帰り道には、ほぼ無言のまま。
喧嘩もいいところで幕を閉じた。
私はまたも、ルイくんとギクシャクすることになってしまったのだった。
━━━━━━━━━━━━━つづく!!




