第八話③ 「魔女と、魔方陣での攻防」
「━━おーい、魔女さ〜ん」
「〜……ん」
「起きて〜」
「〜……はっ!」
一瞬、意識が飛んでいた。私は、瞬間的に気を失っていたらしい。
床に仰向けになって倒れていた私。
視界に入るのは、天井と、嘉紋の顔のみである。
まだ体に力が入らない。ぼんやりとしたまま。
かろうじて、顔を左右に動かすくらいは可能であったので、床板に落ちている埃やゴミなどをしばらく眺めることになった。
床板に落ちている埃や、ゴミなど。
私は、そのゴミを注視することになった。床に転がっていたのは、透明プラスチックのミニミニカップの空き容器である。
剥がれかけたパッケージの蓋には、商品名がわかりやすく表示されている。
GUM SYRUP
思いっきり大きく、ガムシロップ、と書かれていた。
「ちょ、ちょっとぉぉぉ!!」
やっぱり、やっぱり、ガムシロォォォ!!
アイスコーヒーとか頼んだ時についてくる甘味料!
ただのお砂糖じゃないの!!
惚れ薬なんかじゃなかったんだわ!!
「やっぱり、やっぱりただのお砂糖じゃない!ウソついて騙したわね!!」
「当たり前だよ。好きな女の人相手に、成分の怪しい違法ドラッグなんか盛るわけないじゃん」
嘉紋は悪びれもせず、けろりと白状をした。
「人体に無害で安全で、かつ、そんな都合のいい経口投与形式の媚薬なんて存在してないと思うんだよね」
「じゃ、じゃあただのハッタリだったのね!」
と、とにかく。
私、怪しいクスリとか飲まされてなかったのね。
ああ、よかった。
安心したわ。
ほっとして胸を撫で下ろして、上体を起こす私。その頃にはなんとか体に力が入るようになっており、立ち上がることができた。
そんな私の姿を、にこにこと見守る嘉紋。
傍らで胡座をかいて座り込んでいた彼は、やがて驚愕の事実を指摘するのだった。
「ははは。魔女さん、よく考えてみて?……ってことは?」
「は?ってことは?」
「ってことは。魔女さん、シラフでいつも通りの状態だったんだよ?なのに、どうして俺にメロメロになってたの?」
え。
「俺のキス、そんなによかった?」
「……っ」
「あのくらいで発情しちゃうなんて、ちょっと魔女さんチョロすぎない?快楽堕ちしてなかった?」
「…………っ」
「テクニックに長けたキスとか、したことないの?あんまり経験ないのかな?ははは、ごめんごめん、ちょっと刺激強すぎたかな〜」
あ、あああああああああああああ。
私は半泣きになって、敗走をするしかなかった。
地下室の階段を駆け上がって召喚の間を飛び出して、自室へと駆け込む。そのあとはベッドに潜り込み、寝具にくるまることしかできなかった。
いわゆる、憤死。
憤死してしまいそうになっていた。自身に起きた恥辱が、重大すぎて。あまりにも。
あああああ。
しばらく、
立ち直れそうに、
ない。
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ゴウトと嘉紋。
腕自慢の二人は、日中昼間、家を空けることが多くなっていた。
お尋ね者の捜索や討伐といった戦闘関連の依頼を、積極的にこなしに行くのである。
他にも、近所に男手が必要な力仕事の頼まれごとなどがあれば、嫌な顔ひとつせず引き受けてもいた。
特にゴウトは、女に養われたくないと言い放ち、日当を得ることに必死だった。
バトル関連の働きがない時にも休むことなく、街や農場へ出ては日銭を稼いでいた。
そうして、ここらの相場である家賃相当の金銭を、律儀に私に納めるのである。
内向きがちな私とはちがって。着実に、まっとうな社会性を身につけていく彼らの日常は、たしかに見ていて清々しいものがあった。
あれ以来。
嘉紋とは、顔を合わせることすらも避けたい私であったので。
昼間、彼らが不在がちなこの状況は、願ったり叶ったりではあるのだが。
しかし、狂戦士がよそで暴れたりしないかは、やはり心配の種であった。
そのため、ゴウトには重大な任務を授けることになった。嘉紋のお目付け役である。
私の代わりになるべく行動をともにしてもらい、何か異状が起これば、いち早く連絡をするようにと、ようく頼んでおいた。
連絡手段として、ゴウトには簡易式の小さな杖を手渡してある。異状の際には、発信機として波動が私へと伝わってくるはずである。
「二人きりですねぇ、魔女様」
ルイくんは、ウッキウキで私の隣に位置している。
私たちは横に二人並んで、窓磨きに精を出していた。
私は珍しく、館内にて家事をしていた。
いつもルイくんに任せてばかりいて申し訳ないので、との想いももちろんあるが。
嘉紋とのあの一件以来。
私は、どうにも落ち着かず。常に気持ちがザワザワしていて。思い出すだけで、ギャーギャー喚いて叫び出したくなるくらいに。心は凄まじく荒れ狂っていた。
ああもう。
こんな時は、お酒でも呑んで、何もかもパーっと忘れてしまいたい。
でも私、下戸なのよ。
何か、他になんでもいいから気が紛れることをしてないとやってられない。
というわけで。
私は慣れない家事に明け暮れていたのだった。
だが。
「うーん、やっぱり、お出かけしませんか、魔女様。屋外で健全に、外出デートしましょう。街へ行きましょうよ」
突然、ルイくんはそんな提案をする。
「えっと、急にどうしたの?」
「このままではいけません。ボク、魔女様と家の中でこのまま二人きりでいたら、想いを遂げてしまいそうになります」
「え」
「でもボク、こういうことは、きちんと段階を踏んでから。もっとお互いのことをよく知っていった上で進めたいんですよね。結婚を前提とした交際を経てからにしたいんです」
「も、もちろんよ、ルイくん」
「あ、重いですか、ボク。交際イコール結婚、だなんて。今時古いですかね」
「ううん、そんなことないわ」
「そうですよね。その場の勢いに任せた、無責任なゆきずりの肉体関係なんて、もってのほかですよね」
「うんうんわかるわ。そういう貞操観念や倫理観、男女交際においての基本的な考え方、価値観が、私、ルイくんとものすごく合うわ」
「ほんとですか、魔女様」
「うんうん」
「ですよね。まずはお互いの両親に挨拶をして、知人友人なんかにも紹介して。婚約の準備と、誓約書なんかも取り交わして、結婚式会場探しとか、結納の取り決めとかも進めていかないと」
「う、うんうん」
「キスや同衾や裸体鑑賞なんかは、それらを済ませた後ですよね」
「う、うんう、ん?」
ら、裸体鑑賞……。
ル、ルイくんの台詞内には、なんだか独特の言い回しや性的表現があったような気もするけれど、ひとまず流して、私は話をもとに戻した。
「このまま二人きりで館にいたら、ボク、おかしくなりそうです。テストステロンが暴走します。いわゆる蛇の生殺し、ムラムラしてしまう、というやつです」
「う、うん」
「お出かけしましょう、魔女様!屋外で健全に、外出デートしましょう!街へ行きましょうよ!」
う、うう。
言ってることや対抗策としては至極もっともなのだけど。
私ぃ、外出はちょっとぉ。
人混みの中、街を歩くとか、苦手でぇ。
お出かけデートとかは、やっぱり、イヤなのよ。ごめん、ルイくん。
ああ。どう言って断ろう。
━━━━━━━━━━━━━つづく!!




