第八話② 「魔女と、魔方陣での攻防」
い、一体いつから、ここにいたの⁈
こいつ、ここで何してたの⁈
ああ!さっきの、ゴウトとのやりとりなんかも、すべて聴かれてた⁈
うわあ、恥ずかしい!
「床の仕掛けが気になってさぁ」
「え」
私は、ギクッとなった。
嘉紋は、両腕で私を抱え上げたまま。
お姫様抱っこをした状態のままで、この地下室内をウロウロと彷徨いながら、天井を仰ぎ見ていた。
「ちょ、ちょっと、降ろしてくれない?」
「ここの上の階、召喚の間。魔方陣の床の部分に違和感があってさぁ。気になって調べてたら、こんな仕掛けがしてあったから。よくできてるよねー、これ」
「と、とりあえず、降ろしなさい」
「これ、落とし穴だよね?」
調べているうちに、仕掛けを起動させてしまった、という嘉紋。
召喚の間と、落とし穴を介しての、地下室へと続く上下階層構造。二種類の魔方陣。その謎。
この意図まではまだ、気づいてはいないようだ。
よ、よし。
「お、降ろしなさい、嘉紋」
「ふふふ。はい、どうぞ〜魔女さん」
嘉紋はゆっくりと腕の力を抜いていき、私をそっと床に降ろす。
スタンと降り立つ私。
編み上げブーツの踵部分、ヒールの音が高らかに鳴った。
ようやく着地が叶った私の足もと。その床には、帰還用の魔方陣が広がっている。
チャ、チャンス、なのだわ!
そうよ、今!まさに!
地下室の帰還用魔法陣に、嘉紋が乗っている!
今こそ!強制送還の好機到来!
狂戦士を、もとの世界に帰す、チャンス!!
私はじりじりと後ずさる。
なるべく自然な動きで、嘉紋の姿を視界に入れたまま。彼から距離を取り、機を伺う。
杖を握り直して、いつ呪文を唱え始めてもいいように、息も整える。
「それにしても、さっきはずいぶんとお愉しみだったね、魔女さん」
「……っ、な、」
「いいなぁ、ゴウトくん。熱い抱擁、肉体的接触。俺も魔女さんの胸の膨らみを前面から感じたいなあ。前に一度バックハグできた時があったけど、後ろからじゃつまんないもんだと知ったよ」
息を整えている最中に、いきなりそんなことを言われて、私はゴホゴホと咽せそうになってしまった。
「魔女さん、俺には冷たいくせに。ルイ先輩とゴウトくんにはサービス精神旺盛で、甘いし優しいよね」
「……っ」
「ねぇ、俺も。俺のことも抱きしめてくれない?俺も、魔女さんとイチャイチャしたいなぁ」
彼の攻撃範囲内に入らないように。
一定の距離を取りながら。
嘉紋を中心にした半円を描くように、じりじりと。少しずつ移動を続けていた私。
機を伺うも、スキがない。
さすがは剣士。
間合いに入れば斬られる。しかし対象からあまり離れすぎても、召喚術が作動しない。難しいところである。
と、その時。
ふいに、嘉紋が手を伸ばしてきた。
私は思わず息を呑んだ。
ゴツゴツとした大きな掌が、私の頬に触れた。耳と頬骨、耳下腺リンパ節のあたりを、抱え込むように掴んでくる。
私は恐怖で足がすくむ。だが、これはチャンスだ。
嘉紋の手が塞がっている今。私という存在に気を取られている今こそが。スキが生じていると言える。
私はサッと、杖を低めの位置に掲げた。
そして呪文を小さく詠唱し始める。
自らの身体を囮に、エサにしているとも言える。帰還用魔方陣が作動したら、巻き添えを喰らわないよう、自身の体はすぐに離脱させないといけない。
そこで転移魔法の出番なのである。
練習では、まだ一度も成功できていない、高難易度の究極魔法。
それでも、いちかばちか、やってみせる。
と、息を巻いてみた私。だが。
━━次の瞬間。
「ちょっと魔女さん、今、何企んでたの?」
ガシャーン、という激しい音が響いていた。床には勢いよく、私の杖が叩きつけられたのだった。
「俺に喧嘩売るの?」
「……っ」
「俺の同意も無しに、強制送還しようって?ちょっとひどくない?俺の気持ちはおかまいなし?」
「い、いやっ……」
まんまと杖を弾かれ、床に落とされてしまった私。すでに敗北を喫し、そのまま腕を捻じ上げられていた。
「こういうの、やめてくれない?俺、向こうに帰されたら、あなたに二度と会えないんだから」
皮肉にも、帰還用魔法陣の真上に押し倒されてしまう始末。
床に仰向けに倒された私は、馬乗りになった嘉紋に跨られて、身動きがまるで取れずにいた。
両手首は力強く掴まれて、床板に押し付けられる。
「俺のこと好きになってくれないかなぁ、魔女さん」
「は、離して……っ」
「そうしたら俺のこと、ずっとそばに置いておきたくなるよね?勝手にもとの世界に戻すようなこと、もうしないよね?」
私の両頬を、大きな掌で抱え込むように、がしりと掴んでくる。
目線を合わせるように、固定してくるのだった。
私は目を逸らせない。
真上から覗き込んでくる嘉紋の顔を、真正面に捉えるしかなかった。
私たちはしばらく見つめ合ったまま。
沈黙が流れていった。
私は耐えられず、目を閉じる。
すると、ようやく、嘉紋が重い沈黙を破るかのように呟き出した。
「ねぇ魔女さんもさ、調薬の仕事してるんだから、惚れ薬くらい自分でも作れるんだよね」
な、何よ、急に。
「男女の恋愛相談には、催淫剤や精力剤なんかの需要はつきものだろうしね」
な、何が言いたいの?こいつ。
惚れ薬、ですって?
性欲を刺激したり促進する劇的な効果っていうよりかは。漢方みたいに、薬草や獣の肉をただただ地道に摂取するだけの。ただの滋養強壮程度の気休めみたいなものなんだと思うけど。
私は、そのジャンルはあんまり得意分野じゃないから、詳しくないわよ。
農作業用の除草剤とか、害虫駆除用のお線香みたいなのが主力商品なんだからね。
「じゃ、これ、飲んでもらうね」
嘉紋は、胸ポケットにおもむろに手を突っ込み、小さな容器を指でつまんで取り出した。
透明プラスチックのミニミニカップ容器である。
「これ、いわゆる惚れ薬。俺のもといた世界で手に入れたやつ。女の子がエッチな気分になるっていう、媚薬ポーション」
「え」
「これ飲んだら、俺のことを好きになるからね」
は?え?なにそれ?
ただの甘味料、お砂糖じゃないの?
カフェでアイスコーヒーとか頼んだ時についてくるガムシロップのようにしか見えないんだけど。
いや、でも、まさか。
容器の蓋をベリっと剥がす嘉紋。すると、中からトロリとした粘度の高いリキッドが漏れ出てきた。
無色透明のしずくが一滴、二滴と垂れていき、私の唇めがけて滴り落ちていく。
当然、私は、口をつぐんで塞ぐように抵抗をする。
「しょうがないなぁ。じゃあ俺が直接、飲ませてあげるからね、魔女さん」
嘉紋は上を向くと、残りの液体をドバッと自らの口内に流し込んだ。
飲み込んではいないようで、口に含ませたままなのだろう。頬をぷっくり膨らませている。
そして、そのまま。
嘉紋は、私に顔を寄せていき、唇を押し付けたのだった。
きゃああああああああああ!!
嘉紋の口から直接、液体が流し込まれていった。
口移しで、否応なしに私は飲まされていた。
両手で頬を固定され、喉奥へと促され、強制的にごくんと飲み込まされてしまう。
喉がヒリつき、焼けつくような劇甘な味。後味引きずる、低品質の合成甘味料みたいな甘ったるさ。血糖値が爆上がりして胸焼けがしそうな高糖度の、シロップみたいな流動体を。
やがて、私の口腔には、彼の舌先がねじ込まれていったらしい。熱っぽくて弾力のある肉感。そんな感触が、しばらく続いていた。
ああ、気が遠くなっていく。
「トロットロだねぇ、魔女さん」
私は。
まるで酩酊したように。体に力が入らない。
高熱を出した時のような、朦朧とした意識と倦怠感。
頭がくらくらする。
「目もうるうる潤んでるし、頬っぺたもほんのり赤くなってるし、可愛いねー。今なら感度上がってて、どこ触っても喘ぐんじゃない?」
「……う、ううっ」
「いいねー。気持ちよさそうだねぇ」
嘉紋は、私の喉元からすぐ下の位置、鎖骨に指をあてていた。
何度もその指を左右に往復させており、そうして執拗になぞり続けるのだった。
やがてその手は下のほうへ移動をし、肋骨のあたりを責め立てる。次いで、腰骨へと。
なぜか、骨ばかりを執拗にさすり続ける嘉紋。
「他のとこも触ってほしいなら、ちゃんと言ってね魔女さん。自分の口で、おねだりしてみてよ」
今、私に何が起こっているというの?
「え〜?どこがいい?ほーら触っちゃうよ〜?次は恥骨とか触っちゃおうかな〜?」
私は、あの甘い液体を飲まされてこうなったの?あれは本当に、媚薬とか催淫剤とか、そういう惚れ薬なの?性欲を刺激したり促進したりするものなの?脳の視床下部にある性中枢で、性ホルモンの分泌亢進や濃度上昇が起こっているの?視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚なんかの各感覚刺激が直接作用してこうなってるっていうの?あああああ、もうなにがなんだかわからないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
━━━━━━━━━━━━つづく!!




