第七話① 「魔女と、トキメキ⭐︎星占い」
「━━おい」
「〜んん」
「おい、しっかりしろよ魔女」
「〜え、あ、うーん」
ゴウトの声だった。彼に起こされる私。
召喚の間。
私は、魔方陣の上で倒れ伏していたのだった。杖を片手に。
「まさか、こんなところで昼寝か?」
「〜あー、魔法の特訓してたのよ」
「ちょっと、ビビったぜ。まるで死んでるみたいに倒れてるから……」
ふらふらと上体を起こそうとする私。
だが、すんなり覚醒とはいかず、魔法陣の上に寝そべったまま。まだまだぼんやりとしていた。
そんな私の背を、ゴウトはそっと支えようとしてくれていた。
床にひざまづき、心配そうに私の顔を覗き込む。
「〜大丈夫、ただの魔力切れよ。ちょっと魔法を使い過ぎちゃっただけ」
MPが、尽きたのである。
「〜転移魔法は、莫大な魔力を喰うから。己のキャパシティ総量なんかを見誤ってしまうと、一瞬マイナスの状態になるのよねー」
「……マイナス、の状態、ってどうなるんだ?」
「〜こんなかんじで尽きて果てるのよ。冬眠のようなコールドスリープというか、仮死状態というか。要は、未来の分の魔力を前借りしちゃった状態よ」
「……魔力の、前借り」
「〜ひどい時は、一時的に意識もなくなって記憶も飛ぶわ」
「……記憶障害、ってやつか」
「〜強力な魔法を使うには、代償とか副作用とかはつきものよ。等価代価を払わないとね」
「……危険過ぎないか?なんでそこまで」
〜それは。
打倒、狂戦士!!
狂戦士に勝つためよ!
私自身の身体を転移ワープさせられれば、瞬時にあいつの間合いから離れることができるもの!そうすれば、勝利はもうすぐそこ!目の前よ!!
絶対、絶対、狂戦士嘉紋に勝ってみせる!私のほうが強いということを、思い知らせてやらないと!
なんとしても転移魔法・極、はマスターしてやる!
……とはいえ。
転移魔法って、難しいのよねぇ。
物体や他者を対象にするのとはちがって、自分自身を、となると。さらに高度で複雑なスキルが要求される。練度も必要。とにかく難易度が高い術法なのである。
しばらくすると、私の意識や足取りは、無事にしっかりと持ち直していく。
私はようやく立ち上がることができた。
ゴウトはその間、健気にも、ずっと傍らで見守ってくれていた。
「それにしても、ゴウトはどうして召喚の間なんかにいるの?」
「ここ、入っちゃいけない部屋なのか?」
「そんなことはないわよ。ここが落ち着くというなら、自由に過ごしてくれていいんだけどね」
ここは、ルームシェア館。さすがに水回りは男女で分けてるけど。自室以外はすべて、住人みんなの共有スペースなわけだし。
「でもねえ、こんな召喚の間、退屈じゃない?もっと居心地のいい居間とかで寛いだほうがよくない?」
「すぐに出て行くよ」
「あ、ちがうのよ、いいのよ。いたいのなら。私、魔術の特訓をするだけだし。そのへんにいるだけなら、別に邪魔にならないし」
退出しようとするゴウトを、私は引き止めた。
そして彼が、召喚の間、魔法陣のある部屋を訪れた理由を考えてみる。
「どうしたのゴウト、もしかして、召喚される前のことを考えてた?」
「別に」
「もとの世界に帰りたくなっちゃった?」
「別に。そんなんじゃねぇよ」
「そう?いつでも言ってね。すぐに帰してあげるからね」
「少し、一人になりたかっただけだ」
ああ、そうなのね。
まあね、一人で静かに過ごしたい時って、たしかにあるものね。
特に、共同生活においては。
「……もとの世界、か」
ゴウトはぽつりと呟いた。
「……今も同じか。結局、一人でいるのが一番ラクだ」
「どうしたの、ゴウト」
「昔っからだよ。しょっちゅうだ。周りと揉めてトラブル起こすのは。環境を変えてもどこに逃げても、結局、同じ」
「まあ、そんな」
「短気でキレやすくて、怒りっぽい。感情的で、すぐにカッとなって。人が離れていく。その繰り返しだ」
「そんなことは」
「結局、どこに行っても。もとの世界に戻ったとしても。きっと、また」
あ、あらら。
根は真面目で、けっこういいヤツなのだけどねえ。ゴウトってば。
ちょっと不器用なのよねぇ。
「でも、ここでは馴染んでるじゃないの。一緒に暮らしている私たちとも、うまくやれているほうだと思うわよ」
「……ルイ先輩も嘉紋も、色々と出来がいいからな。余裕があるんだろうよ、他人の面倒を見る余裕が」
「ええ?」
「あの二人がいるから、なんとかなってるってだけだ。オレの努力や成長なんかじゃねぇんだよ」
まあ。
「二人に、面倒を、見てもらってる?そんなふうに思ってるの?」
「二人とも、オレに合わせてくれてる。気を回してくれてる、ってわかるよ。オレは、そのぶん負担をかけてる。申し訳ねぇな、とは思ってる。いつも」
まあ、嘘みたい。
そんなこと気にしてたの、ゴウトったら。
意外に繊細ね。
そうねぇ。言われてみれば。
ゴウトがカッとなってたら、すぐに嘉紋がとぼけた発言して話題や空気を変えてたり、って、まあ確かに。
そう言われるとそうかもしれない。
ルイくんもルイくんで、つねに年長者として気を配ってくれてたりするし。集団のリーダーとして気苦労もあるのだろうし。
そして私も私で。
欠点や弱点、問題点も頼りないところも、たくさんあるし。
ああ〜。
「そうよね、私も。彼らのサポートやフォローの恩恵を、当然のように享受していてはいけなかったわね」
負担になっていたかもしれない、なんて考えたこともなかったわ。私ったら、ちょっと傲慢になっていたかもしれない。
「あんまり甘えてるのもだめよね。ありがとうゴウト、大切なことに気づかせてくれて」
「……なんだよ、魔女」
「ふふ、どっちかというと私はゴウト寄りだから。おまえの話には共感できることが多いし、仲間意識も持ってしまうのよ」
ルイくんや嘉紋相手には、そういったシンパシーみたいなのは残念ながら持てないのよね。
ただただ羨ましくって。羨望の対象にしかならないもの。
明るくて対人関係がスムーズな彼らのことが、まるで別の種族のように感じてしまうこともあるくらいに。
「そうだ、ゴウト」
話題を思いついて、すぐに私は口にする。
「カッとなった時に、とりあえず7秒数えてみるっていうのはどう?」
「なんだよ、知ってるよ、そのくらい。アンガーマネジメント法ってヤツだろ?」
あら。
「そんなんで怒りがおさまるかよ。まだるっこしくてやってられねぇし。色々試したんだよ、オレも。本だってけっこう読んだんだぜ、これでも」
うーん、そうだったのね。
まあ、人によって効果が出る出ないの差って、あるものね。
「じゃあねぇ、これからは、7秒目に、大切な人の顔を思い浮かべたらどうかしら」
「大切な、人?」
「好きな物でもいいのよ」
「あ、ああ」
「はい、1、2、3、4、5、6、はい、今よ!」
「え、あ、ああ?」
「そんなかんじよ。今、誰を思い浮かべたの?」
「大切な人、だって?オレの?」
「イライラした時だけじゃないのよ、辛いこと哀しいことがあった時にでもいいの。動揺やパニックの心を落ち着かせるためにね」
リセット法のひとつよね。
メンタルの、気持ちの切り替えスイッチ。
社会で生きていくためには、暗い表情や不機嫌さを隠して、すぐに切り替えをして、ニコニコ社会人スマイルしてなきゃいけない時だってあるから。
「……なぁ、魔女。あんたが、7秒目に思い浮かべてるのは、どんなヤツだよ」
「え?」
「あ、あんたの大切な人って、誰だよ」
「あー、私は、猫ちゃんの姿を思い浮かべてるわよ」
「ね、猫……」
「黒い猫ちゃんなの」
私はポケットをゴソゴソ漁り、木彫りの黒猫ちゃんマスコットを取り出して見せる。
「そうね、こんなふうに御守りのように持ち歩けるアクセサリーやキーホルダーみたいな小物があると、心強いわよね」
「な、なんだよ、猫かよ。ふ、ふーん」
「ゴウトは火属性が過剰気味だしね。持て余してしまった分が、怒りっぽくなる原因のひとつなんだと思うけど。火星のエネルギーをうまく発散して使い切るようにしたいところよね」
「な、なんだそれ?」
「ホロスコープ占い、西洋占星術よ」
私はふだんは、相手のことを勝手に占ったりはしない。頼まれでもしない限り、占いの結果内容を相手に伝えたりしない。
だが。
ゴウトを前にすると、不思議と、思い浮かんだことを口に出すのが止められなかった。
「うーん、ゴウトは、10あるうちの天体の半分以上が火属性の星座に入ってるのね。太陽と月、影響力の高いライツふたつともが火星座に位置しているし」
彼が生きていく上で、何か少しでも役に立つ情報を与えてやれたらいい。
そんな純粋な想いで、私は占いに集中してしまう。
「ゴウトは獅子座でしょ?獅子座の第3デーク、お誕生日は、8月の中旬あたり」
「お、おう」
牡羊座にも何か星が入ってそうね。自由業だし地に足ついた堅実さはないけど根は真面目、という点で、土1。恋愛脳で感情的だから水は3以上ある。コミュニュケーション能力皆無で最大の弱点ってことで、風0。
「土1、水4、風0、火5、ってかんじね。火星冥王星トラインも効いてるわ。うまく活用できれば、スポーツや格闘技の世界で成功できる才能ともいえるんだけど。でも、うまく発散できずに持て余してしまった場合は、自滅したり、他害行為や犯罪に向かってしまいやすいからね。つねに気をつけて火星のエネルギーを減らしておかないといけないわよ」
「お、おう」
「運動で発散できてればそれが一番いいんだけどね。でも、もし怪我や体調不良で体が動かせない時なんかには、他の人の試合をただ観戦してるだけでもいいのよ。TVゲームで対戦なんかでもいいの。トランプの勝負事とかでも。あとは、お料理なんかもいいのよ。刃物や火を使う作業ね。包丁を握ったり炒め物や煮込み調理をすることでも、うまく消化できるものなのよ」
「よ、よくわかんねぇけど」
「あ、ごめんなさい。私ったら」
はっとして、私は口に手をあてて喋りを止めた。
「つい喋り過ぎちゃった、ふふふ。喉が渇いたわね」
「ふ、ふん」
「お茶でも淹れましょうか。ねぇ、ゴウトも。よかったら一緒にどうかしら」
「ま、まあ。別に。そのくらいなら、魔女に付き合ってやってもいいけどな」
そうして。
私とゴウトは召喚の間から退出をして、二人で居間へと移動をした。
時は深夜を回っていたので、他の住人たちは寝静まっている。起こさないように気をつけて。そーっと、静かに、無言のまま。
私たち二人は、そんな静寂のティータイムを愉しんだ。
━━━━━━━━━━━つづく!!




