第四話② 「魔女と、異端審問官のおにいさん」
山中深くに建てられた、贅沢な造りの山荘。
もともとは地方貴族たちが、猟の際に休憩所として利用するためのものである。
大扉を開け放ち、応接間と繋がった大きな広間。そこでは煌びやかな内装や燦然と輝きを放つシャンデリアが目立ち、豪奢な調度品が乱雑に転がっていた。
そこが彼らのアジトだった。
狂気の暴徒集団。
彼らは、自警団と名乗っていた。
自分たちは私刑執行人だと言い張り、自らの行いを正義と信じて疑わない。
「魔女なんて、もう私刑だよ、私刑」
「異端審問官なんて頼りにならないもんな。もうオレたち自警団で私刑執行しないと、気が休まらねぇよ」
「もう逃がさないからな」
「復讐される前に、火炙りにしてやるぜ」
各々がぶつぶつと呟いていて、自らの主張を振りかざす。
中には、狂信者や、火炙りの刑を娯楽として愉しんでいるだけの者までいて、混沌の淵そのもの。
集団催眠も入り混じった、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
広間のほぼ中央。そこに設られた木製の処刑台。
ぐるぐるに縄で縛られて、磔にされる私。
う、うわぁ〜ん!!
やばい!まずい!私、大ピンチ!
めちゃくちゃ危機的状況下なのですけど!!
前回はこうなる直前に、フォルクヴェルト様が助けてくれたからよかったけど、今は?今回は⁈
あああああ、フォルクヴェルト様は、今、嘉紋と一緒に、結界見回りの旅路!!
私が頼んじゃったからぁぁ!!
あああああ!
誰も助けてくれない!もうダメ!
私、死んじゃう!
火炙りにされて死んでしまうー!!
20人ほどの暴徒たちに囲まれて、今にも火炙りの刑に処されそうになっていた、まさにその時。
「くっくっく、お笑いだな」
下劣な笑い声が響いた。
暴徒たちの集団。その群衆の奥から姿を現したのは、リーダー格とおぼしき、偉そうにふんぞり返っている権力者だった。
声が聴こえた途端、群衆はサーっと波が引くように後ろに下がっていき、広間の奥に控えるのだった。
徹底した、上下関係。あからさま過ぎるくらいの、格差があった。
「久しぶりだな、魔女」
こ、こいつは……!
「身の程もわきまえず、僕の誘いを断った高慢ちきな女めが」
……ああ、領主のボンクラ息子。
金髪巻き髪をたなびかせて、上質の乗馬スーツ一式を身にまとう。ペイズリー柄ネックチーフを胸ポケットに突っ込んだ、キザったらしい装い。
その右手には、馬具である短鞭があった。
ペチペチと小刻みに振るっては、鞭先を弄び、手持ち無沙汰をまぎらわす。落ち着きの無さや小物感を演出するのにうってつけの小道具である。
……やっぱり、こいつ。
こいつが首謀者だったのね。
権力にものを言わせて、私の悪い噂を吹聴して村の若者たちを扇動して、暴徒化集団を作り上げたんだわ。
彼は、わざと大きな足音を立てて、大袈裟な動きで私に近寄ってくる。
「おまえが反省しているというなら、もう一度だけチャンスをやってもいいぞ、魔女。僕に謝罪するなら、この縄をほどいてやってもいい」
こっそりと、私にだけ聴こえるような声量と距離で耳打ちをする、卑劣な男。
……ああ。
涙が出てきた。
そもそもの原因。領主のボンクラ息子。
彼を拒絶したから、こんなことになったんだった。
だったら私、彼を受け入れてれば、よかったのかしら。
そうすれば、今頃、幸せにやれてたのかしら。
そこでふいに脳裏をよぎるのは、ルイくんの笑顔だった。
ああ。
ルイくん。
私がもし、ルイくんのような社交的な性格だったら。そもそもこんな苦労してないわよね。
……もしも、ルイくんが私の立場だったら、どうしてたろう?
うまく相手をとりなして、懐に入って。
たやすく人心掌握して。
領主のボンクラ息子からの下卑た誘いもうまくかわして。
そうして要領よく賢く世渡りして。
ラクして楽しく、みんなとも仲良く。
……ずっと故郷で平和に暮らしていけるんだろうなぁ。
……羨ましい。ルイくんみたいな人が。
私も、あんなふうに生きてみたかった。
涙の雫が、ぽつりぽつりと流れ落ちていた。私の涙腺は、正直だ。溢れ出る水滴を、もう自分の意思では止めることができなかった。
と、その時。
「ぼ、坊ちゃん!ちょっと来てくだせぇ!」
突然、奥の扉がバタンと荒々しく開かれた。
「なんだ、騒がしいな」
「裏手で何か、あったみたいで!」
外で見張りについていたという手下の一人が、駆け込んできたのだった。
「よし、おまえらついてこい。残りはここに残れ」
領主のボンクラ息子一派は、何やら物々しい雰囲気で出て行った。
この場に、二、三人の見張りを残して、立ち去って行ったのだった。
多数の人物が消えた後、静まる室内。
しばしの静寂が訪れる。
「……はあ」
私は、一息をつく。
ひとまずの危機は去った。敵の数も減った。
だが、どうしよう。
杖は取り上げられているし、縄でぐるぐる巻きにされて身動きも取れない、この状況では逃げようがない。
どこかに逃亡手段のヒントやアイデアがないものかと、あたり一面、周囲を見回す私。
扉の前に立つ見張りの数は、三人。
三人の男たち。彼らの動向を伺おうと、私が眺め始めた、その時だった。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
いくつかの打撃音とともに、呻き声が生じていた。
「……ぐぁっ」
「う、うっ」
「ごふっ……」
骨が粉砕されクラッシュされた際に生じる破砕音、破壊音が、不気味に響く。一人は首の付け根を手刀で突かれ、一人はみぞおちを抉られ、もう一人は頭蓋骨を揺さぶられて脳震盪を引き起こされたようだった。
扉前にいたその三人は、ずるずると床に倒れ伏していく。
すっかり気を失っていた。
しーんとなった室内。
彼らを御したのは、覆面をした男だった。
右手には、日本刀を携えている。
「魔女さん、大丈夫〜?」
「……か、嘉紋!」
ネックウォーマーを頬骨あたりまでずり上げて覆面代わりにしていた、嘉紋だった。
昨日の戦闘の際に見せていた、あの覆面姿を思い出す。
(ああ、あれが、いざという時には、素顔や正体を隠す、覆面代わりになるってわけね……。)
たしかに、そんなふうに思っていた。
それが、今、まさに。
いざという時。
お尋ね者で危険人物で不審者で職務質問対象者の、必須アイテム、覆面……。
あっという間に一瞬で、その場にいた三人の男たちを倒して見せた、その手腕。
まさに、良くも悪くも、狂戦士の器であった。
「嘉紋……!おまえ、どうして」
「途中で村人たちの何人かと会ったんだよ。そしたら、あの異端審問官がさぁ、村人たちの様子がおかしい、って言い出して」
「まあ、フォルクヴェルト様が……」
「ああ、あの人なら今、裏庭のほうで陽動してくれてるよ。本隊のほうを引き受けてもらってる」
陽動作戦……。
それで、さっき領主のボンクラ息子たち一派が、何やら物々しい雰囲気で出て行ったのね。
じゃあ裏庭では今頃、20人もを相手にして、フォルクヴェルト様が奮戦してらっしゃるということで……。
大丈夫かしら、お一人で。
だ、大丈夫よね、きっと。お強いものね、フォルクヴェルト様は。
よ、よし、私も!このスキに乗じて!
フォルクヴェルト様が作ってくださった、ありがたい脱出チャンスなのだわ!この機会を無駄にしてはいけない!
早く逃げよう!
うん、逃げよう。
うん、一刻も早く逃げないとね。
しかし。
私は縄でぐるぐるに縛られたままである。
「ちょっと嘉紋」
「なに?魔女さん」
「縄をほどいて」
「え〜?」
嘉紋は、何もしない。
私の姿をニコニコ眺めているだけであった。
「おまえ、何してるの?」
「ん?」
「助けてくれないの?」
「うん」
「は、はぁ⁈」
「や〜、だって魔女さん、あんまりにもいいカッコしてるからさぁ。色っぽい艶っぽい、こんな稀少な機会。緊縛なんてなかなかお目にかかれない、レアでありがたいシチュエーションだからねー。せっかくだから、しばらく眺めさせてよ」
……な、何を言ってるの、こいつ。
「私、縄でぐるぐるに縛られてるのだけど!酷い目に遭ってるのだけど!」
「だねー」
「こ、こんな哀れで惨めな姿を見て、おまえ、なんとも思わないの⁈それでも人間なの⁈おまえには心がないの⁈」
「うーん」
「早く助けなさいよ!」
「魔女さん、今ね、俺、あなたを放置プレイしてウォッチ対象にしてるお愉しみの最中なんだ」
………………特殊な性癖!!
イ ヤ ァ ァ ァ ァ ! !
誰か、助けて!まともな人ー!!誰かいないの⁈
誰かこいつをなんとかして!!
助けて!フォルクヴェルト様〜!!
━━━━━━━━━━つづく!!




