第四話① 「魔女と、異端審問官のおにいさん」
「待って待って!大丈夫なの!」
「えっ?」
「この異端審問官のおにいさんはね、いい人なのよ!」
「ええ?異端審問官が、いい人?」
「フォルクヴェルト様とおっしゃるのよ!」
「フォル、ク、ヴェ……?」
「フォルクヴェルト様が私に危害を加えたことなんて、一度もないの!拷問だって書類の上でだけよ!実際は、小指の爪すら捲られてないんだから!」
「ええー?異端審問官って、魔女狩りする奴らじゃん?魔女の天敵だろう?」
「ただの仕事よ、やりたくてやってるんじゃないのよ!」
民衆が密告してくるから仕方なく、連行して取り調べをしたり形式上の拷問にかけて魔女裁判してるだけ!お仕事なんだから仕方ないの!職務を果たしたと立証しているだけなのよ!
そう。
異端審問官フォルクヴェルト様は、私の味方だった。
もちろん職務上、信徒の手前、表立って私をかばったりはできない。だが、彼はいつだって私に同情的で親切だった。
村人との摩擦が起きないように対策を練ってくれたり、さりげなく仲裁したりもしてくれていた。
いよいよ公開処刑で火炙りにされちゃう、ってところを影でこっそり救ってくれたのも、この人だった。
「ここから先は危険だ」
フォルクヴェルト様は、そう告げてくる。
彼は、私の身を案じて、警告をしてくれていた。
「君に悪意を持った連中が、今も見張りについている」
「や、やっぱり、そうなんですね。それが私、偉い大魔女様から託された大事なお役目がありまして、この先にある結界に行かないといけなくて」
「役目、か。しかし一部の村民たちは、まだ殺気立っている。ひどく攻撃的な暴徒だっている。相手にしてはいけない。ここは接触を避けたほうがいい」
「は、はい」
「……すまない。私の力不足だ。いつまでも民衆を制御することができずに。君を辛い目に遭わせてばかりいる」
「そ、そんな、フォルクヴェルト様のせいではありません」
久しぶりの再会だった。
だが、彼は俯いて頭を下げたまま。暗い表情を浮かべ続ける。
魔女と、異端審問官。
この関係性ではやはり、こうなるのだろうか。再会を喜ぶ笑顔での挨拶や陽気なお喋りには、どうにも発展しようがない。
「ねぇねぇ魔女さん、何があったの?」
「……えーと、話せば長いんだけど」
嘉紋がせっついて、私に説明を求めてくる。
何があった、って。
うーん。けっこう辛い内容なんだから、あんまり本人に言語化させないでほしいんだけど。言わせないでよ、本人の口から。しかしまあ、被害者意識丸出しで悲劇のヒロインぶった演説するのも痛々しいしね。
ここはもう腹を決めて、簡潔にまとめてしまおう。
「えっと私ー、村人に密告されて魔女狩りに遭って、フォルクヴェルト様に連行されたのよねー。でも彼が助けてくれたから魔女裁判からも無事に解放されたんだけどねー。でもまあ、それでようやくおうちに帰れたら……うん。あんなことに……」
「え?なに?」
「……村人の一部が暴徒と化して。まだ逆恨みをしていて。私の家に火を放ったのよねー。それで故郷を追われたのよー」
「えええー」
嘉紋は、手を叩いて笑い出した。
「ははは!魔女さんウケるー!さんざんな目に遭ってんね〜!」
……う、うん。
他人のシリアス身の上話を聞いておいて、このマッドでクレイジーな感想。
……わ、わかってたけど。
こいつ狂戦士だし。そもそも人の心などないのだし。こいつに人並みの反応や同情心なんかはもともと求めてなかったけども。
「異端審問官のおにいさん、あなたもあなただよね〜!」
嘉紋はフォルクヴェルト様のほうにも寄っていく。
馴れ馴れしくも肩に寄りかかって。挑発するようにウザ絡みをして、嘲るのだった。
「ちょっと情けないっていうかねー。あなた魔女さんに気があるんでしょ?だったらもっとしっかり守ってやれないのぉ?」
「や、やめなさい嘉紋、フォルクヴェルト様に失礼なことを言わないで」
「いいんだ。責められても仕方がない。私には、君を愛する資格などないよ」
……フォルクヴェルト様。
「嘉紋くんというのか、それでいい。少し安心したよ、頼もしい従者を雇ったようだね」
フォルクヴェルト様は、生意気な言動を見せる嘉紋を相手にしても、少しも動じない。
終始、落ち着いた対応を貫く、人格者だった。
「失礼な態度を取っちゃだめよ、嘉紋。彼はこれまでも、親身になって相談に乗ってくださった立派な方なんだからね。ああ、それに……」
「それに?」
「……すっごく、お強いのよ。きっと嘉紋でもかなわないわね」
「ふ〜ん」
そうなの。物静かな方だけど、異教徒相手との大戦ではいくつもの勲章ものの大手柄をあげていたりと、なかなか屈強な戦士でもいらっしゃるのよねぇ。
腰に吊り下げられたロングソードは、伊達ではない。
柄には多少、儀式用のゴテついた装飾が施されてはいるものの。騎兵用剣の完成形と言ってもいい。
斬撃と刺突による猛攻ラッシュも可能。板金鎧も貫くほどの威力を見せる、西洋剣の代表格。
お強いフォルクヴェルト様。
嘉紋でもかなわない……お強い……。
あ、そうだわ。
「あのう、フォルクヴェルト様、頼みがあるのですが……」
私はおずおずと切り出した。
「結界には嘉紋を向かわせることにします。私の代わりに、彼についててもらえませんか?」
「彼に?」
「え、ええと、結界はとても危険で、一人では心配で……」
「そういうことなら、私が彼を見ておこう」
「あ、ありがとうございます!」
「任せてくれ。役目は彼に任せて、君はすぐにここから離れて、安全な土地に向かうといい」
「すみません、では、嘉紋のことをお願いします」
ものすごい問題児というか、狂戦士なんですが……。
まあ、お強いフォルクヴェルト様なら、簡単に制圧できるか。
ここは信頼して、お任せしてしまおう。
「嘉紋、次の結界に行ったらこれまで通りに頼むわね。大丈夫?」
「まあね、それは楽勝だと思うけど……」
私は嘉紋のほうに向き直り、真正面から彼の目をじっと見つめて、言い聞かせた。
「いい?フォルクヴェルト様の言うことをよく聞いて、いい子にするのよ?」
「……はぁ、男二人組の道中か。ヤロウと二人旅、って。男臭くてむさ苦しくて息が詰まるなぁ……」
そんなふうに、しつこく、あさっての方向性の文句を言い続ける嘉紋。
そうして、フォルクヴェルト様と連れ立って去っていく。
私は手を振って、そんな二人の姿を見送った。
大木の木陰に身を預け、幹にもたれかかりながら。
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高木が密生している植物群落、樹林。
見渡す限り、グリーン。視界に広がる緑の世界。あたり一面、草木の香りが漂い、ざわざわとした葉が生い茂る。
森林を一人、ひた歩く私。
すでに日は暮れかけていた。あたりは薄暗くなっていき、虫の鳴き声やフクロウのホーホー音までが聴こえ出した頃。
私は、ようやく大木の木陰で一休み。幹に手をついた。
あれからどれだけ進んだだろうか。
編み上げブーツの踵で、ガサガサと雑草を踏み固めながら確実に一歩一歩を慎重に進めて来た、はずだった。
が。
視界には、なんだか既視感ばりばりの風景が広がっていた。
道標である。
行き先を紹介する案内板や、立て板が乱立する、小さな広場。
山道の分岐点。
「あれっ……?」
あら、あの道標の立て板、見覚えあるわね。
この大木の幹も、似たような感触の木にもたれた気が、するような。たしか嘉紋とフォルクヴェルト様とを見送った、あの時。
え。
ということは。
「来た道に戻って来ちゃった⁈」
う、うそぉぉぉ!
私、迷っちゃってた⁈
どんだけ方向音痴なのぉ!私のバカァァァ!
は、早く!早くこの危険な土地から離れなきゃいけないのに!逃げなきゃいけないのに!
あたふたしてオロオロする私。
そうこうしてる間に、
「いたぞ!魔女だ!」
ひぇっ!
暴徒たちの声だった。
狂騒じみた怒声と金切り声が響いた。
高台で見張りをしていたらしい彼ら。私の姿を見つけると、やがて、狂乱と興奮と恐怖とが入り混じったような混沌とした形相で、追ってくるのだった。
「やっぱり戻ってきやがった!復讐しに帰ってきやがったんだ!」
「そうはさせるか!今度こそ火炙りにしてやる!」
きゃあああ!やばい!
ど、どうしようどうしよう、オロオロ!
こういう時こそ、飛行魔法とか転移魔法とかで、ピューッと逃げればいいんだけど!
ああっ、今日は朝早くから移動したり戦闘したりしてるから、私ったらフラフラ!
疲れきってて、体力の限界だった!
魔法もたくさん使ってしまってるし、MP魔力切れを起こしかけてるぅ!!
あっという間に暴徒たちに取り囲まれる私!
逃げようとすると、カバンが邪魔!
わーん!
荷物が多いから重い!動きづらい!
下着たっぷり詰め込んでるから!それもこれももとはといえば、ルイくんのせい!ルイくんのバカァァァ!!
そのスキをつかれて、ついには囚われの身になってしまう!
後ろ手に縛られ、連行されるのだった!
わーん!助けて〜!
フォルクヴェルト様ぁぁ〜!!
━━━━━━━━━━つづく!!




