第三話③ 「魔女と、結界見回りの旅路」
「寒いでしょ?俺があっためてあげるよ。わー、冷たい手」
「……触らないで」
「手もダメなの?指も?」
「……しばらく魔法膜を張っておくわ。私の肌に触れたら、ピリッと静電気が走るから。覚悟しなさい」
「えええ。俺のこと、そんなにイヤなの?」
しぶしぶと手を離して、私から距離を取る嘉紋。
「わかったよ魔女さん、何もしないって。誓って、触らないよ。同意がないなら、俺だって無理チューとか鬼畜な真似はしないからさぁ」
「………………」
「だからさ、そんな警戒用の魔法とか必要ないからね?一晩中魔法使ってるつもり?魔力MPが尽きちゃわない?結界での戦闘は何があるかわからないし、明日のためにも大事に温存しといたほうがよくない?」
「………………」
……言ってることは、意外にまともなのだけども。
でも。
こいつを信用することはできないし、やっぱり魔法膜センサーで警戒しとくに限るわね。
「……あと、私の目の届く範囲にいなさいよね。遠くへ行って暴れたりとか、絶対にダメだからね」
「やれやれ。近寄っても離れても、どっちも怒られる、って。魔女さん、あなた、距離感難しすぎない?」
「……いいから、もう寝るわよ」
こうして。
私たちは、すぐに就寝準備に移行した。
嘉紋はあっという間に、そのあたりから何本もの枝を調達してきた。それを複雑に組んで骨組みを作り、低めの簡易ベッドを二台も制作する。
……二台ある。
嘉紋は、私の分まで、当然のように作ってくれたのだった。
そして嘉紋はなんと、寝袋まで携行していた。
マミー型シュラフという高機能キャンプアイテムだ。彼はそれを私にあてがうと、自分は外套布を羽織って、すぐにくるまって横になった。
……あ、あら。
意外に、紳士?なのかしら。
野営やアウトドア慣れしていて、面倒見もよくて、たしかに頼もしい限りである。実際、今回の旅路では、たくさん世話を焼いてもらってはいる。
……とはいえ。
相手は狂戦士。やっぱり完全に警戒を解くまでには至らないのだけども。
……でもまあ。
私は遠慮なく彼の厚意に甘え、寝袋を使用させてもらうことにした。ヌクヌクと最新キャンプグッズの恩恵にあずかる。
すると意外なほどに、野営にもかかわらず、睡眠の質も良く、ぐっすりと。
私はよく眠れた。
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翌日。
早朝から移動を開始して、二箇所目の結界へと赴く私たち。
沼地に潜む、植物系プラントタイプの異形を片っ端から退治していく。
ここではぬかるみに足を取られ、さしもの狂戦士も分が悪い。近接戦の強みも機動力も意味を成さない。
よし、ここは私の魔術の見せ所だわ。
植物系の敵には、火魔法が効くのよねー。
昨日は嘉紋にばかり戦闘させてしまったから、今日はその分を取り返すべく、頑張らないとね。
ここでしっかりと実績を作って、召喚主としての威厳を保っておかなければ。
火属性攻撃魔法ファイアランスをバンバン撃つ。
その一方で、土魔法で土塊を作って、嘉紋の足場を増やしてやったりと、サポート面でも怠らない私。
嘉紋が前衛、私が後衛と、ポジションを明確にして二人で協力態勢を取ると、飛躍的に効率性が上がる。
順調に異形を蹴散らし討伐を終えて、あっさりと二箇所目クリアー。
まだお昼過ぎである。
すぐに次の目的地である三箇所目を目指して、ひた進む私たち。このペースならば、今日中にすべての結界を踏破できるかもしれない。
さっさと業務を終えて、愛しの我が家への帰宅が叶うかもしれない。
ああ。
早く、おうちに帰りたい。
インドア派の私は、すでに家が恋しくなっていたのだった。
だが。
旅程を大きく乱す要因が、すぐ目の前に立ちはだかった。
道標である。
行き先を紹介する案内板や、立て板が乱立する、小さな広場。山道の分岐点。
そこで、私はぴたっと立ち止まった。
「魔女さん、どうしたの?早く先へ進もうよ」
「う、うん……」
この先は、私の故郷がある土地である。
あの、因縁の、魔女狩りに遭った、自宅に火を放たれたトラウマの。
思い出すだけでもまだ胸がキュッと苦しくなるくらいPTSDな。
ああ。
行 き た く な い 。
「どうしたの?残りの結界、最後の一つはこの先だよ?」
「う、うーん、残りひとつは、もういいかなぁ……」
「え?行かなくていいの?」
「う、うん……、やっぱり、行きたく、ない」
「疲れちゃった?じゃあ魔女さんはこのへんで休んでていいよ。俺一人でパパッと行って速攻でバトルして帰ってくるからさ、それでよくない?」
「な、何言ってるのよ」
「魔女さん歩くの遅いんだもん。俺一人で往復したほうが早いよ、きっと」
「ダ、ダメよ、危険人物のおまえを一人で行動させるわけにはいかないんだからね。私の監視範囲から離れちゃダメ」
「えー、じゃあどうするの?早く先へ進もうよ。日が暮れちゃうよ」
ううー。
うーん、どうしようかなぁー。
どうしても苦手な土地があって、残り一箇所だけは無理でした、って報告すればいいかなー。
三箇所のうち二箇所は、ちゃんと頑張ってクリアーしたということで。それで偉い大魔女様も大目に見てくれるかしらー。
でもなぁー。
他二つの封印の状態から見ても、おそらく残りひとつの結界も、けっこう急を要しそうだからー。異形がうじゃうじゃ彷徨ってたら、治安悪いしー。
できればなるべく早めに駆除に行っておいたほうがいいんだけどー。
嘉紋一人でなんて行かせられないしー。
うーん、うーん。
どうしようー。
私がひたすら、ぶつぶつと思案に暮れていると。
すると。
「立ち去れ、魔女よ」
重厚感のある声が轟いた。
同時に、大木の陰から姿を見せる、声の主。
「来た道を引き返すがいい」
「あ、あなたは……!」
「なんだこいつ?ん〜?まさか?」
知性と品格を感じさせる、規律正しい発声法。
重厚感と威厳があり、落ち着きと渋みのある低い声質。中低音域の、美声の極み。見事なバリトンヴォイス。
腰には、真っ直ぐで刀身が長めの両刃剣、ロングソードが吊り下げられていた。
黒衣の装束。皮の手袋。
金のボタンや腕章、肩章、エポレットの肩飾りには、それぞれ、印象的な国教のシンボルマークをモチーフにした彫りや刺繍が施されている。
「まさか、こいつ異端審問官?」
嘉紋が咄嗟に反応し、身構えていた。
じゃらじゃらと首からぶら下げているのは、金の鎖でできた装身具。手で手繰って祈る際に扱う、数珠状のアクセサリー。
それは国教の聖具であった。
さらに帯刀しているという異質な存在。教会の関係者であり、その中でも特殊な任務を請け負う部門に属していることが、見て取れる。
「やばいじゃん魔女さん、早く逃げて。俺が相手しとくから、そのスキに……」
「ま、待って、嘉紋!」
すぐさま抜刀する嘉紋を、私は慌てて止めた。
━━━━━━━━━━つづく!!




