第三話② 「魔女と、結界見回りの旅路」
かなりの急傾斜地。
けっこうな高低差だったが、嘉紋はいつのまにか、簡易式のロープ状の物を木にくくりつけて崖下にまで伸ばしていた。そして、まるでレンジャー部隊の降下訓練のごとくに、俊敏で無駄のない動きを見せるのだった。
あっという間に、崖下に降り立つ嘉紋。
異形たちの目の前に迫る頃にはもう、すでに剣を抜いており、すっかり戦闘態勢なのである。
電光石火の早業、剣舞のように刃先が踊った。
「はっはっはー!たのしいぃい!化け物やっつけるの、たのしいぃ〜!」
ハイテンションで高笑いをしながら戦闘に興じる。
自慢の日本刀を振り回し、御満悦の狂戦士。
バッサバッサと斬り捨てていく。
その切れ味凄まじく、包丁で根菜を切るかの如くに、スパスパと高速で刀身が往復していく。
戦闘狂の、殺陣チャンバラ。
次々に披露される、縦断面、横断面。
合間合間にハイキックや肘での打撃も織り交ぜて、見事な近接戦を繰り広げていく。
何体かの大型異形。彼らは両生類のような体表を持っていた。ウロコや甲羅、体毛を持たず、粘液で覆われた柔らかい皮膚なのである。
嘉紋に足蹴にされた巨躯は、斜面に叩きつけられ、奇声を発して呻いた。
斜面表層はゴツゴツと鋭利に尖っており、こちらの想像以上に惨い創部を敵に与えるようだった。
その衝撃で崖下が崩れた。
斜面表層の土砂や岩石が滑り落ちてくる。
「……嘉紋!」
土砂と岩石、斜面の地層と上方にある土塊が一体となって、古城跡の広間に雪崩れ込んで行った。
「……嘉紋ー!大丈夫⁈」
私は思わず、声を上げる。
石柱が倒れ、もくもくと噴煙が舞い上がった。
噴煙の中に、機敏に動き続ける影がいた。
どうやら無事らしい。
嘉紋は、首もとにあった布をガバッと引き上げて、鼻と口元を覆った。噴煙を防ぐためにマスク代わりにしたのは、ゆとりあるサイズの大きめネックウォーマーだった。
それを見て。
まるで、覆面姿のようだ、と思う私。
その姿を見て、私は腑に落ちたのだった。あのネックウォーマーは、狂戦士装束のひとつなのだ。
ああ、あれが、いざという時には、素顔や正体を隠す、覆面代わりになるってわけね……。
お尋ね者で危険人物で不審者で職務質問対象者の、必須アイテム、覆面……。
こうして。
嘉紋は、噴煙舞い散る悪路でも構わず、そのまま戦闘を続けた。そして、あっという間に異形を殲滅に追いやったのだった。
自身は一切の手傷も負わずにノーダメージを保ち。息もたいして上がっておらず、足取りも軽快なまま。
恐ろしいことに、まだ余力まで残しているのが見て取れた。
彼の完全勝利だった。
狂戦士の戦いぶりを初めて目の当たりにした私は、呆気に取られたまま。
動けず、杖も振るえず。ただただ見守るだけで精一杯で、助太刀や援護射撃なども一切できず。
結果的には。
異形討伐業務を、嘉紋一人に任せたことに。丸投げしたことになってしまった、のだった……。
あああああああ。
威厳が損なわれる……。
使い魔に対する、召喚主としてのプライド、威厳がぁ……。
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「あーいう結界って、担当区域にいくつか点在してるかんじ?」
「……そうよ。あと二箇所を回るわ」
「今まで魔女さん一人で退治してたの?大変だったろ」
「……雑草みたいなものね。定期的に刈り取らないと。あっという間に生い茂ってきて人間の居住地を侵食してくるから」
「じゃー、草刈り?今やってる作業って、除草作業みたいなもんなのか」
「……そうね、草刈りだとでも思わないと。やってられないわね」
星空の下。
私たちは野営をしていた。
大きな岩場が雨風を凌いでくれる窪地。最良の立地を見つけた私たちは、そこで夜を明かすことに決めたのだった。
焚き火を円の中心にして、対角線上に座って暖を取る、私たち二人。
ああ、焚き火。あったかい。
いつもは火魔法で着火していたけど。今日は嘉紋がテキパキ設営してくれたから、ラクだわ。無駄に魔力を使う必要がなくていいものね。
「……助かったわ。手際がいいのね、嘉紋」
「いざという時のためにね。いつでも野営できるように、それなりの装備は揃えてるんだ」
「……や、野営しなくちゃならない、いざという時、って。どんな時よ」
「追っ手に追われて雲隠れしてなきゃいけない時とか。規制線貼られて、人里から離れた森林で潜んでなきゃいけない時とか」
「……も、もういいわ」
焚き火を囲んで座る、私と嘉紋。
見れば、嘉紋は、焚き火の前に荷物を広げて装備品の手入れを始めていた。
暗視スコープ。ナイトビジョン。双眼鏡。
ライターや懐中電灯、キャンプ用の携帯着火剤、携行食糧や医薬品の数々まで。その他諸々を、嘉紋はアウターの内ポケットに詰め込んでいた。
アウターの下には、防刃防弾ベストをガッチリ着込んでいる。
防御面でもさることながら、サバイバルな実用性や収納力にも抜かりのない、おそるべし狂戦士装束。
「あの結界の先って、要は異世界なんだろ?」
折り畳み式ステンレスマグカップにお湯を注ぎ、それを私に手渡してくる嘉紋。
これもどうやらキャンプ用品の類いらしい。
「俺のいた近代社会世界とはまた別の〜……、ほら、あれだ。冥界だとか下界とか地獄とか言われてる、化け物たちの巣窟。異形蔓延る暗黒の魔界?」
「……さあね」
「魔女さん、あなたの作る魔方陣は、繋がるドアみたいな役目?」
「……どうかしら」
「簡易版みたいなもんを仮設置してるかんじ?結界の扉は向こう側から勝手に無理矢理こじ開けてきてる、って気がするね。一方通行ってこと?それに対して、魔方陣は非常口?避難扉?ってイメージかな」
「……お役目を受け継いでから日も浅いということもあって……、私もまだ理解が行き届いてない部分があるのよ」
「ふーん」
昼間見た、古城跡の結界。封印が弱まりやすくなっているのか、はたまた、異形たちの抵抗が激しいのか。
異形の数、個体の大きさ、強さ。
以前よりも、敵は手強くなっていた。
あきらかに、侵食が早くなっていた。
「……前に来た時は、ここまでではなかったわ」
狂戦士の戦闘力には、ずいぶんと助けられてしまった。
もし私一人だったら、どうなっていただろうか。
魔力が尽きていたかもしれない。返り討ちにあって、一人、結界でのたれ死ぬことだってあったかもしれない。
「……ところで、嘉紋」
「なに、魔女さん」
「……近いのだけど」
焚き火を円の中心にして、対角線上に位置していた、私たち二人。
私は、嘉紋とは十分に距離を取っていた。はずだった。
が、いつのまにか。
嘉紋は真隣にまでにじり寄っており、私のパーソナルスペースをことごとく侵害し始めていたのだった。
「二人きりだね〜、魔女さん」
私が離れようとしてジリジリ移動すると、嘉紋も追ってくる。
「夜は長いし、朝まで二人きりで、たっぷり楽しもうねー」
そして、なんと手まで握り始めていた。
━━━━━━━━━━━━━━━つづく!!




