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【秋の文芸展2025】友情試験機

作者: 妙原奇天
掲載日:2025/10/07

 国が「友情試験機」を導入したのは、去年の秋のことだった。

 目的は“人間関係の最適化”。

 仕事も結婚も、「相性スコア」がなければ成立しなくなった時代。

 そしてついに、友情も数値で判定されるようになった。


 ポスターには、白い笑顔の青年が印刷されていた。

《友情にも、正確さを。友情試験機で、あなたの人生を見つめ直そう》

 市役所の壁に貼られたその宣伝文を見ながら、僕は呆れた。

 だが、隣の健は興味津々だった。


「おれらなら満点いけるだろ」

「なにを根拠に」

「小一からずっと一緒だぞ。あのテストで満点取れなきゃ、世の中終わってる」


 彼は昔からこうだった。自信満々で、冗談みたいに前向きで、僕の愚痴も軽く笑い飛ばす。

 そんな健に救われたことも、一度や二度じゃない。

 だから、僕は彼の誘いを断れなかった。


 休日の午前、市民センターの一角。

 銀色の装置が十台ほど並んでいる。

 名前を書き、免許証をかざし、指紋を登録。

 受付の職員は慣れた口調で言った。


「お二人はペア登録ですね。結果は同時に表示されます」


 僕と健は隣同士に立ち、パネルの上に手を置いた。

 冷たい金属の感触。

 次の瞬間、装置が低い電子音を鳴らした。


 モニタに、無機質な文字が浮かぶ。


《友情度:0%》


 数秒の沈黙。

 健が笑った。

「……え、バグってない? ゼロって」

「知らないよ。手の汗でも誤検知したんじゃない?」

「いや、だって俺ら……ゼロってことは、敵同士とか?」


 係員が寄ってきた。

「お客様、再検査は制度上お受けできません」

「バカ言うなよ、機械が壊れてんだろ!」

「申し訳ありません。結果は政府データベースに即時反映されます」


 僕は顔が熱くなるのを感じた。

 周囲の人々がこちらを見ている。

 健が口をへの字に結び、装置のパネルを殴った。

 ガシャン、と鈍い音。

 透明カバーが割れ、内部の配線が火花を散らす。


 係員が悲鳴を上げた。

「やめてください! 国家財産の破壊です!」

 健は無視した。

「こんなもんに、俺たちの関係を決められてたまるか!」


 その瞬間、装置のスクリーンが赤く光った。

 割れたガラスの向こうで、文字が切り替わる。


《友情度:100%》


 周囲がざわついた。

 係員も、僕も、言葉を失った。

 健は呆然と立ち尽くし、壊れたパネルの中の光を見つめていた。

 そして、ひとこと。

「……やっと、まともな結果が出たな」


 ――それが、「友情試験機」が最後に記録した出力だった。



 その夜、ニュース番組で事件が報じられた。

 「友情試験機破壊事件」――全国で初のケース。

 報道によると、装置のシステムには「行動認証モード」という隠し機能があり、

 被験者が特定条件を満たしたときのみ真の判定が行われる、という。


 条件は非公開だった。

 ただ、官房長官が記者会見でこう言った。


「友情とは、数値では測れない感情だという苦情が多く寄せられております。

 本機の開発者は、それを見越して特殊な判定法を組み込んでいたようです」


 翌日の新聞には、こう書かれていた。

《機械を破壊した瞬間、テストは“合格”と認定》


 皮肉な話だ。

 だが、健らしい結末でもあった。



 事件のあと、僕のスマートフォンに通知が届いた。

 【友情スコア更新:あなたの登録パートナーはシステムにより削除されました】

 その文面を見た瞬間、胸の奥が空っぽになった。

 僕は何も壊していない。ただ、立っていただけだ。

 それなのに、「友情0%」のまま。


 だが、その夜。

 僕のポケットの中に、健の手書きメモが入っているのを見つけた。

 昼間、受付でもらった書類に紛れたらしい。

 そこには、こう書いてあった。


《おれはお前のこと、100%信じてる。機械が0って言うなら、壊すまでだ。》


 字は雑で、インクが少し滲んでいた。

 思わず笑ってしまった。

 あいつらしい、と。



 一週間後、市は「友情試験機」の運用を一時停止した。

 国中のSNSでは、スコアに不満を持つ人々が装置を叩き壊す動画を投稿しはじめた。

 皮肉にも、それが「真の友情」の証明だと話題になり、

 政府は急遽、スローガンを変更した。


《友情とは、壊してこそ真実である》


 街の電光掲示板が、その文句を映し出していた。

 誰が考えたのか知らない。

 けれど、あいつなら笑っていただろう。


 夕方、帰り道で通り雨に降られた。

 傘を持っていなかった僕は、商店街のアーケードに駆け込む。

 その屋根の隙間から、雨粒がいくつか落ちてくる。

 ひとつ、頬に当たった滴が、なぜか温かく感じた。


 僕はポケットから健のメモを取り出し、空を見上げた。

 雨に濡れて、インクがにじむ。

 にじんだ文字の中で、「100%」の数字だけがはっきり残っていた。


 ――もしかすると、あの機械は、最初から正しかったのかもしれない。

 友情は、壊されて初めて本物になる。

 そういうふうに、設計されていたのだろう。


 ただのバグか、それとも人間の救いか。

 その答えは、誰にもわからない。

 けれど僕は、あの壊れた画面に浮かんだ数字を信じている。


《友情度:100%》


 そして今日も、僕はあの市役所の跡地に立つ。

 新しく建てられたフェンスの奥で、修理工たちが装置を運び出している。

 灰色のケースに印字されたアルファベット。

 “FRIENDSHIP TESTER - MODEL 02”。


 ――改良型が出るらしい。

 また誰かが、それを試すのだろう。


 僕は笑った。

 風が吹き、壊れかけのポスターがめくれる。

《友情にも、正確さを》の文字が、途中で破れ、

 代わりに小さく印字された注意書きが現れた。


《※試験結果は必ずしも人間の感情を反映するものではありません。》


 読んで、思わずつぶやいた。

「知ってるよ。そんなこと、最初から」


 風がポスターを飛ばした。

 灰色の空の下で、僕は笑いながらそれを見送った。

 その笑いは、たぶん健が聞いたら、また馬鹿にして笑い返すだろう。


 けれど、それでいい。

 だって――


 壊した瞬間、テストは合格になったのだから。


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