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◇3

 忘れた教科書があったから、休み時間トモキに借りようと隣のクラスに向かってもあいつは席に居なかった。俺は適当に近くの席の奴らに声をかけてみる。


「なぁ、トモキどこ行ったか分かる?」


 何となく察しがついていたけど、予想通りの言葉がいくつも返ってきて俺はショックだった。俺は顔に出さないように注意しながら、トモキの机の中を漁る。


「あいつトイレから帰ってきたら、俺が英語の教科書借りに来たって言っといて。あと、昼休みには返すからって」


 休み時間が終わって、授業が始まっても俺の耳には英単語なんか一つも入ってこない。3人で放課後遊ぶのはまだ続いてる。でも、トモキは休み時間とか昼休みとか、時間に余裕がある度に講堂のトイレ、つまり花子さんの元へ足しげく通っているみたいだった。別に誘ってくれれば一緒に行くのに、何でトモキは俺に黙って……。まだ知り合ったばかりの花子さんが、どんどん俺の知らないトモキと仲良くなっていくのが辛かった。一人だけ仲間外れなのが嫌なのもあるけど、それだけじゃない。今までは、別にトモキが他の友達と話していても、こんな嫉妬する事は無かったのに。……それは俺とトモキの繋がりとは別の何かが、もう二人の中にあるからだろう。もしかしたら、二人はキスくらいしているんだろうか。隠れて花子さんとトモキがそんな事をしていると思うと、授業中なのに無性に胸が苦しくなる。息の仕方を忘れちゃって、先生が俺の名前を呼んだ気がしたけど何を話しているのかも聞き取れなくて、そこでそのまま意識が途切れた。


 至近距離から生暖かい視線を感じて、俺はゆっくりまぶたを上げる。目に入ったのは見覚えのない白い天井で、自分が固いベッドに寝かされている事をゆっくりと理解した。


「あっ、起きた。ケンちゃんが貧血なんて珍しいね。もしかして、ゲームし過ぎで寝不足?」


 聞こえたのは、さっきまでずっと考えていたトモキの声で。俺と目が合うとトモキは安心したように微笑んだ。その隣に、花子さんの姿は見えない。


「ここ保健室だよ。ケンちゃん、授業中倒れたの覚えてる?」


 周りを見渡すと、薄ピンク色のカーテンでベッドが仕切られていて、部屋中から仄かに消毒液みたいな匂いがする。窓の外から遊ぶような声が聞こえた。


「マジか。多少怪我しても保健室に行かないの、地味に誇りだったのに」


「ケンちゃん、そういうとこあるよね。無理しちゃ駄目だよ。あと、保険の先生には僕がいるから大丈夫ってお昼ごはんに行ってもらったから、今は他に誰も居ない貸し切り状態。だから、何でも話せるよ。……何かあった?」


『何でも』なんて言われたって、俺だってトモキに何を言いたいのか自分でも分からない。


「別に何も。……さっきの授業、トモキの英語の教科書借りてた。もしかしら、倒れる前に涎とかついたかも。汚してたらごめん」


「そんなの別に気にしなくていいのに」


 トモキは俺の寝ているベッドに腰を下ろすと、浮いた足をプラプラ動かしてる。


「なんかトモキと話してて花子さんいないの久しぶりな気ぃする」


「ごめん。昼休みになって、ケンちゃんが保健室に運ばれたって聞いてすぐ来ちゃったから。話したいなら僕、呼んでこようか」


 俺は寝ながら首を横に振った。


「別にいーよ。そういえば、トモキ最近休み時間の度に講堂のトイレ行ってるだろ。教科書借りるとき、ちょっと話題になってたぞ」


「あっ、うん。今までは放課後だけだったけど、花子さんも可哀そうでしょ? せっかく朝から夕方まで学校に居るんだし、時間があったら会いに行ってもいいかなって」


 トモキは困ったように、鼻の頭を掻きながら誤魔化すように笑う。


「じゃあ、俺も誘えよ。花子さんが他の奴にも見えるのか分かんないけど、どっちにしろ危ないぞ。俺と二人なら目立たないし口裏合わせられるけど、一人だとさ。それとも、俺が居たら邪魔なのか?」


「そういう訳じゃない、けど」


 その言葉の先が聞きたいのに、トモキはそこで口を噤む。別にこいつを困らせたいわけじゃないのに。沈黙が肌に深く突き刺さる。


「あんまり仲良くすると、後でしんどいぞ。花子さんがいつからあそこにいるのか知らないけど、どうあがいても卒業したらお別れだろ。あの子幽霊だから、……その前に成仏とかあるのかもしれないし」


「そんな悲しい事言わないでよ。せっかく出来た友達なのに」


「でも、友達なら花子さんが、亡くなってからもずっとあそこに居続けてる理由を調べて、ちゃんと成仏させてやった方がいいって……、俺は思う」


 言いながら本心ではあるけれど、その舗装された言葉の裏にどす黒くて醜い嫉妬も隠れているのが分かって嫌になる。せめてトモキにはバレたくなくて、俺はわざとらしく寝返りを打って、あいつが座る逆側に身体を向けて目を閉じた。だから、トモキがどんな表情をして、小さな声で「そうだね」って返事したのかは分からない。それからは何を話すでもなかったけど、昼休みの間ずっとトモキは俺のそばに居てくれた。たったそれだけの事が、何で俺はこんなに嬉しくて、ドキドキしているんだろう。予鈴のチャイムが鳴って、随分時間が経っていた事に気付かされる。でも、今どんな顔してこいつと一緒に教室に戻ればいいのか俺には分からない。


「……せっかくだし、もう一時間授業サボってここで寝てるわ。来てくれて、ありがとな」


「うん。それが良いと思うよ。じゃあ、僕行くね」


「おう」


 トモキがベッドから立ち上がって、俺が油断していると暖かい何かがおでこに触れる。びっくりして目を開けると、トモキの顔が目の前にあった。トモキは自分の額を俺のおでこにくっ付けていて。俺は発した事のないような叫び声を漏らしながら、後ずさりしてた。文句を言いたいけど、声が出ない。


「そんなびっくりしなくても。でも、熱とか無さそうで良かった。ちゃんと寝るんだよ。貧血なんだから保険の先生居ないからって、隠れてスマホのゲームとかしちゃ駄目だからね」


 トモキは表情を崩しながら、そう言い残すと保健室を後にした。自分の胸に手を当てると、心臓が太鼓の音みたいにバコンバコン鳴っていて苦しい。貧血どころか、体中の血液が顔に集まっていく感じがする。今の俺にとって、その優しさは猛毒だ。これだけ一緒にいて、今まで考えた事もなかったけど。自分にそんな一面があるなんて思いもしなかったけど。俺は友達としてだけじゃなくて、多分ずっと前から恋愛感情の意味でトモキの事が好きだったんだ。この気持ちは、もうそれ以外に説明できそうになかった。


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