◇2
「今日あたしは仲間外れ?」
スマートフォンを弄りながら、校庭の隅に植えられた大きなソテツの木の根っこにもたれかかってトモキと休憩していると、頭上が急に暗くなる。目を細めて視線をあげると、前に立つ花子さんが傾きかけたオレンジ色の太陽を遮っていた。初めはちょっとした悪戯とか肝試しのはずだったのに、最近俺たちは放課後、毎日のように花子さんと遊んでる。こうやって遊びに誘わなくても、彼女はふらっとやってきた。
「今、こいつとゲームしてるから。大体そんなぽんぽん出てきていいのか?」
「先生とかめんどくさいのが来たら、ちゃんと姿消すわよ」
俺が軽くあしらっても、花子さんは俺たちの周りをずっとウロウロしてる。トモキのゲームキャラが急にオフラインになって視線を画面から移すと、あいつはスマートフォンをポケットにしまって花子さんの方を向いていた。まだ協力プレイ中だったのに。しょうがないから、ソロに切り替えて俺は一人ゲームを続けた。
「花子さんは、好きな遊びとかあったりする?」
トモキの言葉に彼女は右手を軽く顎に当てて、首を傾げる。
「あたし? そうね。今まで呼んでくれた女の子とかは、一緒に花いちもんめしたり、お花摘んで花冠作ったり、あとは鬼ごっことか缶蹴りとか? あとは……普通にお互いの趣味とか好きな物についてお話ししたりかな?」
「遊びにトイレって全然関係ないんだな」
俺が脊髄反射でそう言うと、彼女は何故か顔を赤くして睨みつけてくる。
「そもそもトイレでする遊びって何よ」
「でも、確かに花子さんって普通の女の子だし、知らなければ幽霊って事も分からないよね。どうして普段ずっとトイレにいるの? 僕たちと遊ぶ時は全然トイレから離れられるし。花子さんがあそこにいるのは、何か理由があったりする?」
「さあね」
花子さんは口を尖らせながら、寝転がる俺たちの間に腰を下ろす。俺からすれば別に花子さんがトイレにいる理由なんかどうでもいいので黙っていると、トモキが何か彼女に耳打ちを始めた。
「実は僕、…………」
拗ねた顔をしてむくれていた花子さんの瞳に急に光が戻って口元が歪み、俺はちょっとびっくりした。
「そうなの?」
花子さんは急に興奮気味にトモキの方に身体を向けて、ひそひそと話し始める。トモキはニコニコと笑っているけど、俺は一人おいてきぼりだ。無性に気になって俺は手を止めて息をひそめるけど、肝心なところは聞き取れない。
「じゃあ、二人があたしの噂を知ってたのも、トモキが……だからなのね! 通りで、似たものを感じると思った。なるほどね。ちょっと詳しく教えなさいよ」
「ちょっと待って。何の話してんの?」
俺が焦って口を挟んでも、二人は見つめ合って笑うだけだ。
「これはちょっと、ケンちゃんには言えないなぁ」
「ねー」
「何だよ、それ。隠すなよ」
訳わかんなくて、トモキに近づこうとしても間の花子さんが煽るみたいにべろべろばーしてきて普通にうざい。
「いいから。あたし達で話しとくから、ケンちゃんはスマホ弄ってなさいよ。別にいいじゃない。友達だからって、隠し事なしで全部明かす必要も無いでしょ? それとも何? もしかして嫉妬してんの? ケンちゃん」
「はぁ? ちげーし」
もうクリア目前だったのに何かどうでもよくなって、俺もゲーム画面を消してポケットに入れ立ち上がる。こっちに二人の視線が集まるけど、頭の中は真っ白で自分でも何を言いたいのかよく分からなかった。
「……あー、もう。じゃあ、いつもみたいに三人で遊ぶか。何するよ?」
「なら、今日はかくれんぼで。場所は校舎の中も含めて1階だけ。鬼は30秒数えてからスタート。初めはケンちゃんが鬼ね」
トモキは俺が答える前に、一目散に逃げていく。
「また俺かよ!」
俺がぼやくと、花子さんは俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「文句言いながらも、いつも初めの鬼やってくれてありがとね」
「……そういうのいいから、早く逃げろって。二人ともすぐ捕まえてやるよ!」
「あはは。ケンちゃん、格好いい」
トモキに遅れる形でけらけら笑いながら逃げていく花子さんを見届けてから、俺はソテツの木にしがみつく形で目を閉じてカウントを始める。ゆっくりと数字を言いながらも、頭の中はぐちゃぐちゃで。今まで俺の事を『ケンちゃん』って呼ぶのだって、トモキだけだったはずなのに。この感情は何なんだ。花子さんが言った『似たものを感じる』って言葉の意味も分からない。トモキと花子さんの共通点なんかも全然。そもそも、トモキが好きな物の奥深くまで俺は知らないのかも。だって、俺とトモキは結構違う。あいつは頭が良くて勉強出来るけど、俺は体動かしてる方が断然好きだし。トモキは教室では推理小説をいつも読んでるけど、俺の好みはゲームと少年漫画だし。好きな事とか得意な分野が違っても、幼なじみの俺たちはこれからもずっとお互いに親友であり続けると思ってた。でも、トモキのほうは……。二人で放課後してたPK戦も、スマートフォンのゲームだって、俺が誘ってやり始めた事だし。『二人ともすぐに捕まえてやるよ!』なんて花子さんに啖呵切ったくせに、もうだいぶ前に30秒数え終わったのに、俺は中々走り出せなかった。
花子さんのいう通り、この気持ちは嫉妬なんだろうか。花子さんが悪霊みたいな悪い存在だったら話は単純で、トモキと協力して退治してやろうってなるのに、肝心の彼女はたまにうざいし笑い方に時折影があるけど全然悪いやつには思えない。それがどうしようもなく、俺の頭を混乱させる。良いやつだからこそ、トモキに花子さんから距離を置いた方が良いなんて言えるわけが無い。
トモキと花子さんはバラバラに逃げたはずなのに、二人は体育倉庫裏の日陰に一緒に隠れてた。意気揚々と二人の前に現れようとして、また話し声が聞こえて俺は足を止めて物陰に隠れて二人の様子を伺う。鬼含めて全員隠れてるかくれんぼって何だこれって、思いながら。しゃがんで壁にもたれかかりながら小声で話す二人は仲が良さそうで、花子さんの表情はこっちから見えないけどトモキはすげぇ笑ってる。それは普段見せる顔とは全然違う、俺の知らない表情で。出ていくべきタイミングは分からないけどもう待ってられなくて、俺はわざとらしく小石を蹴ってから二人の前に現れる。……俺とんだピエロじゃん。
「見っけ。同じ場所とか油断しすぎだろー。ほら、早く次の鬼決めろって」
二人はキャッキャ言いながらじゃんけんをしてる。今度は花子さんが鬼になったみたいだ。
「ケンちゃん。突っ立てないで、ほら早く逃げないと」
トモキは俺の手を掴んで急かせる。それはいつものトモキなのに、俺には親友のこいつの考えている事が分からない。トモキが一瞬キョトンと不思議そうな顔をしたので、俺は誤魔化す様に不器用に笑ってみせた。いや、変わったのは俺の方か。たぶんトモキは花子さんの事が好きなんだろう。それは、何も特別なことじゃない。
もし、二人が付き合い始めたとして、俺は応援出来るんだろうか。今まで考えた事もなかったけど、トモキは勉強が出来て賢いし、かといってノリが悪いみたいな所もないし、男の俺から見て顔も悪くない。べつに花子さんとじゃなくたって、トモキもまた誰かを好きになって、それを受け入れてくれる両想いの相手が現れる。それは、時間の問題だ。いつか来るその時、俺はこいつと親友のままでいられるんだろうか。