逃避
すぐさま拓は町田の姿を探した。話し合いをしているグループの中にはおらず、すでに行動を起こしたものと思われた。外出をされていると厄介だが、入口付近に立っていた教師に訊ねると、外出した班にはいないようだった。話を聞くと、外出した班は数組しかおらず、ほとんどの班はホテル内で過ごすようだった。
町田を探しに、拓はロビーを後にしようとしている班の一人に聞くことにする。
「どこに行くの?」
「ゲームコーナーだよ」
ほとんどの班がそこで時間を潰そうと考えていた。拓は礼を言って急いでゲームコーナーのある階に移動した。ゲームコーナーという名前だが、実際にはカジノスペースである。扉のない入口の奥には何種類かのスロット台が一列に並べられていて、奥にはビリヤードやダーツなど、大人向けの遊戯場が広がっていた。
ホテルが提供するゲームコインを使うため、子供でも楽しめる場所である。僅かだが子供向けのスペースもあり、そこではクレーンゲームが二機種と撮影機が一種類置かれている。
拓は普段のゲームコーナーとは全く異なるその雰囲気に呑まれながらも足を踏み入れた。スロットマシーンも待機中は無音で、周囲にそれらしい音はほとんどなかった。音のする方に向かうと、いくつかの班が固まってゲームを楽しんでいた。近くにはビリヤード台くらいの大きさの台に、馬を模したプラスチック製の人形がゲージに入れられ、横一列に並んでいるゲーム台がある。その一台の周囲をかなりの人数が囲んでいた。
すると突然台からゲーム音が響き、ゲージが開いて止まっていた馬が動き出す。よく見ると馬には騎手らしき人形が乗っていて、馬共々かなりリアルなデザインだった。
なぜこのゲーム台がそこまで人気なのか拓は不思議だった。ゲーム性はとてもシンプルで、走る馬を眺めていることしかできない。けれど中には、声を出して応援する生徒も一定数いて、熱量はどこよりもすさまじかった。
最初の馬がゴールすると、歓喜と悲哀の入り混じった声が上がる。すると拓の視線の先でくそうと台を叩いた男子生徒が、ポケットから財布を出し五百円玉を隣の男子に渡した。彼らはどうやら、この小さなゲーム台の上で競馬を楽しんでいるらしい。
個別に賭けを楽しむ生徒もいれば、大人数でルールを決め、よりスリルのあるゲームを楽しもうとする生徒たちもいる。ゲーム開始に必要なコインは親の生徒が払い、参加者は代表者四人を選出し、それぞれに掛け金を支払う。親の生徒はそれを集計し、人数が多い順に予想配当率を計算する。四番人気の馬は十倍の配当があり、中には一万円をかけようとする生徒もいた。
その盛り上がりの中に拓は町田班の女子の姿を見つける。彼女はたったいま千円を賭けて負けたばかりだった。そして拓の存在に気づいて顔をしかめる。
「――さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
名前を呼ばれた女子生徒は、気付かないフリをした。それでも拓が動こうとしないので、なに、と嫌悪感を剥きだしにして言った。
「空本さんのいる部屋の場所を教えてほしい」
女子生徒は、「キモ」と呟いた。
拓はポケットから財布を取り出して、五百円を女子生徒に渡す。
「交換条件でどう?」
「千円くれたらいいよ」
ほんの少し、嫌悪感がやわらいだ気がした。拓は千円札に持っていた五百円を追加して女子に渡す。
「もう一つ聞きたいんだけど、昨日はその……どうしてたの?」
女子生徒は札と硬貨を片手で掴んで言った。
「何も……。なんでそんなこと聞くの?」
「君たちにいじめられてるんじゃないかと思って」
女子生徒はわかりやすく目を泳がせた。
「しないしそんなこと。なに……疑ってんの? 森嶋さあ、キモイよ。ホント」
言われて拓は、少し微笑んだ。
「それで僕が傷つくと思ったら大間違いだよ。――さん、感情表現下手すぎ」
は? と大口を開けた女子生徒に拓は手本のように言った。
「自分に自信がないからって無理に強がろうとすんなよ。どれだけ服を着崩しても、お金をかけてメイクしても……誰もそんな君になんて興味もたないよ」
女子生徒が睨み付けながら口をつぐむ。拓は続けた。
「何も言わないのは図星だからでしょ。本当の君はとても不細工で、そのままじゃ人前にだって出られなくて、だから必死にメイクして……他を蹴落としてきたんだ」
「うるさい……」
「本当の自分を見せるのが恥ずかしくて、現実から目を逸らして、必死に隠して生きてきたんでしょ」
女子生徒の目が潤む。歯を食いしばって、必死にこらえる。
「見てればわかるよ。教室での君は、ずっと町田を目で追っていた。けどそんなこと言えるはずもない。告白するのが恥ずかしいんじゃない。無理だってわかってるからだ」
「うるさいっ!」
女子生徒はペットボトルのフタを開けて拓に向かって投げつけた。周りの生徒たちも気づいて視線を向ける。
「陰キャのくせに、知ったようなこと言わないでよ。いつもビクビクおどおどしてるくせに、こんな時だけヒーロー面? ダッサ……」
「大人数で一人をイジメて恥ずかしくないの? ああそうか……君の語彙力不足な言葉じゃ彼女は何ともないから、だから殴ったり蹴ったりしてたんだ」
「ひどい……」
周りにいた女子が二人の様子を見て呟く。拓はふっと笑って言った。
「泣けば周りが助けてくれるから楽だよね。男子が泣いたら男のくせにダッサとか言うんでしょ? そのくせ男女平等とか言って男におごらせて……恥ずかしいって思わないの?」
女子生徒はその場にしゃがみ込んだ。周りから、最低、と拓を非難する声が次々起こる。
拓は女子生徒を見下ろして言った。
「泣いても誰も守ってくれないよ。どれだけ泣いても周りは助けてくれないんだ。非難の声をあげてもそれは君を助けるためじゃない、ただ正義面したいだけなんだよ。本当に君を助けたいと思ってるなら、すぐにでも君をかばってくれるはずでしょ」
拓は息を吸い込んで暴言を放つ。
「それは君が他人だからよ。君が一度でも、誰かを助けたり、救おうとしなかったからだ。君が友達と思ってる人も、本心では君のことをそうは思ってないのかもね」
「おい、もういい加減にしろよ!」
騒ぎを聞きつけて一人の男子生徒が駆け込んで拓を殴り飛ばした。床に手をついて、拓は、やっとか、と笑顔を浮かべる。
そして立ち上がり、最後に止めの言葉を言い放った。
「君の王子様は、最後まで君を助けには来てくれなかったね」