表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

友達

 雨は、東京に着いても変わりなかった。


 早朝に出発したバスは、始めのころは晴天とは言えないまでも晴れた空を窓に映していたが、徐々に雲が空を覆いいつの間にか、曇天と大粒の雨が降りしきる天気となった。


 到着したのは夜の六時過ぎだった。寝起きのような顔をしている生徒が多数いた。

 バスを降りると土砂降りの地面に足を滑らせそうになり、生徒たちはスーツケースにしがみついて何とかこらえた。


 今時の都心の高校生たちは、海外研修や所によってはホームステイなど修学旅行の内容も幅広く、特に情報の錯綜する昨今、SNSを眺めていると不意にそれらしい映像が流れてくることもあり、中には今回の修学旅行に不満を持った生徒もいるかもしれない。

 それでも、宿泊施設だけは普段泊まれないような豪華なホテルが用意されていた。そのホテルは明るい時は外壁の灰色が中世の雰囲気を漂わせるが、夜のホテルというのもまた特別である。薄闇をクリーム色の照明で照らしたその外観は、美しいのはもちろんのこと、どこか恐ろし気でもあり、東京の色をそのまま体現したような佇まいだった。


 ほとんどの生徒たちはそんなことは全く気にせず、初めてのホテルに声を弾ませている。


「いらっしゃいませ」「お待ちしておりました」


 入り口を通り過ぎたすぐの所で、二人の従業員(クラーク)が高校生たちを出迎えた。どちらも顔の整った美男子で、女子が韓流アイドルにでも会った声をあげた。


 生徒たちは受付で差し込み式のルームキーを受け取り、拓は丸田と一緒に部屋を訪れた。


「おお」と部屋を見た途端に丸田が声をあげる。「すごいね、こんな部屋見たことないよ」


 分かりやすくはしゃいでいる丸田をよそに、拓は荷物を床に下ろした。


「夜景もすごいよ」と拓は言って、窓から外の景色を眺める。


 すると丸田が隣に立って夜景を見ながら言った。


「僕、東京ってずっと来たかったんだけど怖くて行けなかったんだ」


「そうなんだ」


「うん。地元からは遠いし、ホテルは高いし人は多いし、行きたい場所があっても、それを目的に行くにはやっぱりハードルが高くって……だから修学旅行でここに来れてよかった」


 拓は、そっかと少し安心したように言った。


「丸田くんでも、そういうことがあるんだね」


「うん、あるよ。いっぱいある。一人だと行けない所でも、友達とだったら結構行けたりするし。勇気出して言ってみて……たまたまそれが、共通の趣味で盛り上がったりしたらすごく楽しいし」


「楽しくないことでも、誰かと一緒だったら楽しめたりするのかな……?」


「どうだろ。好き嫌いってやっぱりあると思うし、我慢してまで楽しもうとする必要はないと思うけど……そうだな、もし君が何か目的があってそれをするんじゃなくて、ただその友達と一緒にいたいからだったら、何でも楽しめるんじゃないかな」


「丸田くんは……大人だね」


 拓は窓を見つめながら言った。そして、視線を丸田の方に向けて、真剣なまなざしで見つめる。


「折り入って、話したいことがあるんだけど……」


 ***


 二日目はそれぞれの班が予定していた観光スポットを回るスケジュールだった。

 一階のロビーに集合している生徒たちは、待っている間、スマホをいじったり、談笑したりしていたが、ふと入り口の方に視線を向けた。


 入り口が開いた瞬間、新規の宿泊客が駆け足で入ってきた。こういう日のためか、常駐するクラークの手にはタオルが握られており、それを男性に渡す。男性は助かったと頭と顔を拭き、タオルをクラークに返した。


 ニュースでは近年稀にみる大荒れの模様だと取り上げてられていた。昨日に引き続き、いや昨日以上に天候は良くなかった。

 少し遅れてロビーにやってきた拓は、昨日と同様、隅の方にこじんまりと固められている生徒たちと、そのすぐそばで険しい顔を浮かべる教師陣を見て異変に気づく。


「予定通りにはいかなそうだね」丸田がとなりで呟いた。


 拓は頷いて、生徒たちの中にしずくの姿を探す。

 集合時間五分前、町田たちのグループが駆け足でロビーにやってきた。しかしその中に彼女の姿はなかった。先生も気づいてリーダーの町田に訊ねると、同室の女子に目線を配る。


「空本さん、体調悪いって部屋に残ってました」


 やむなく、時間になると教師陣のまとめ役の先生が先頭に立ち、生徒たちへ今後の動向が説明される。


 ——出歩くのは許可するが、行動範囲はホテル周辺数キロ圏内の屋内施設のみとする。万が一、建物の倒壊などに備え、商店街への立ち入りは禁止とする。ホテル内の娯楽施設への立ち入りは原則として規制しない。


 不満が出てもおかしくない内容だったが、生徒たちから不満の声は聞こえてこなかった。

 これでも教師陣が話し合い、反対意見も出たなかで決定された結果だということは生徒たちは知る由もない。


 ミーティングが終わると、ほとんどの班が個別に集まり話し合いを始めた。制限エリア外への外出を計画していた班も多い。その中には、散策を諦め、ホテル内で時間をつぶすという結論に至った班もあった。


 拓も丸田たちと集まり、今後のことについて話し合う。丸田の班は、かなり綿密に計画を練ったこともあって、行動範囲はかなり広かった。ほとんどの観光スポットを諦めなければならず、辛うじて行動範囲内に収まっているのは、拓が最後に提案した場所だけである。


「よかったね、森嶋くん」


 丸田班のメンバーの男子が拓にそう言った。彼は最初に博物館を提案した班員だった。

 すると拓は、一瞬丸田の方に視線を向けて、小さく頷いて言った。


「そのことなんだけど……みんなごめん! 今日は一人で行動させてほしいんだ」


 丸田以外の全員が目を丸くした。どういうこと、と怪訝そうに訊ねる班員に拓は答える。


「この場所には、ある人と二人で行きたい」


「おれたちとは行きたくないってことか?」班員の一人が顔をしかめる。


「ちがうよ」拓は首を振った。「僕はそもそも、この修学旅行に行く気がなかった。けど丸田くんが誘ってくれて、みんなとだったらどこに行ってもいいと思ったんだ」


 班員たちは拓の今までにない顔を見て、じっと黙って耳を傾ける。


「けど僕の選んだ場所は、みんなと行くことを考えて選んだわけじゃない。ひどいと思うだろうけど、みんなが真剣に考えている前で嘘はつきたくなかった」


 それが結局、仲間たちを裏切る行為なのは言葉を尽くしても変わらない。許してもらおうとも拓は思っていない。


「今まで言えなかったのは、言いづらいことだっていうのもあるけど……一番はみんなに嫌われたくなかった。僕を仲間に入れてくれた丸田くんやみんなを傷つけてしまうのが怖かったし、あの時は……みんなが喜んでくれて、僕も心のどこかで、みんなとそこに行ってもいいと思ったんだ」


 心が決まったきっかけは、他でもない丸田の言葉だった。本心を話して嫌われるとわかっていても、打ち明けずにはいられなかった。


「けどみんなに嘘をついたまま、僕はこの班の一員ではいたくない。まだ友達って認めてもらえてないし、騙したまま……友達になるのは僕は違うと思うから」


 心がひねくれているからこそ、せめて相手の前では本心に誠実でいたい。それが意図せず誰かを傷つけてしまうこともあるけれど、そんな不器用な自分を受け入れて……少しずつ、前に進んでいければいい。不器用だけど、素直な自分を認める努力を……。


「森嶋くんも……泣いたりするんだね」丸田が言った。


 拓は、えっと目をぬぐった。涙というにはあまりに小さいが、たしかにしずくが、手の甲に付いていた。


「僕は、もうとっくに友達だと思ってたよ」


 丸田の言葉に、班員たちが自分もと声をあげる。


「友達だって、言えないことの一つや二つたくさんあるよ。嫌われたくないなんて、みんな思ってることだし……むしろ仲間外れにされたらどうしようとか、そういうこと思ったりするんだよ」


「そう……なんだ」拓は頷いた。


「けど森嶋くんは、僕たちが傷つくことを心配してくれた。友達でもそういうことはなかなかできないと思う。僕たちが傷ついてしまうことも考えた上で、それでも本心を伝えてくれた森嶋くんは、僕は友達以上の関係になれるって思ったよ」


「丸田くん……」


「ありがとう、正直に言ってくれて。僕たちはもう君の友達なんだから、気にせず行ってきてよ」


 拓は、その言葉を受け止め胸の中に刻みこんだ。今までは単なる称号のような、肩書きのようなものだと思っていたけれど、直接聞くとそれはじんわりと心の奥に広がって、心にもう一つ火が灯ったような気持ちになる。


 拓はようやく、探していたものを一つ見つけられた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ