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 拓は、助けようかと思った。生徒の壁で邪魔されて顔は見えなかったが、彼女がそれを到底受け入れられるとは思わなかった。

 けれど結局、拓はその場で何もすることはできなかった。英雄のように叫ばれる町田と、姫君のような目線で見られるしずくを、ただの村人のように見つめていることしかできなかった。


「ごめん」


 昼食の弁当をもそもそと口に入れながら、拓はそう言った。


「なんのこと?」ととぼける彼女に拓はあの時、とぽつりと言った。


「仕方ないわよ」としずくは首を振った。「あの状況じゃあ、誰でも止められない。そんなことしたら、ぜったい敵になっちゃう」


「けどこのままじゃ、計画が実行できないよ……」


「拓くんだけでも休んだら? 私のことは気にしないで」


「そんなの……」


 言いかけて拓はやめた。どれだけ言っても今の状況が変えられるわけじゃない。それに、彼女が修学旅行に行きたいのはみんなに迷惑がかかるからで、本心では行きたいと思っているのかもしれない。内容はどうあれ、結果的には修学旅行に行ける……行かなくてはいけない状況になったのだ。


「君がそれでいいなら……」


 拓は力なくそう言った。当日休んでも、おそらく拓は何も言われないだろう。丸田も誰も拓を責めたりはしない。むしろ心配して、メッセージを送ってくれるかもしれない。


「しばらくは、こっちにも来れないかも……なんかね、心配して保健室に来るって言ってるの。そこでみんなでお弁当食べて、私が元気になるまで、通ってくれるんだって」


 それはとても喜ばしいことだ。クラスの女子を心配して、わざわざ元気づけに来てくれているのだから。けれど実際は嘘をついているので、もしバレたらそれは嘘でしただけでは済まされないだろう。


「断れないの?」


 拓は思わず聞いていた。それは彼女を追い詰める質問だとわかっていた。

 しずくが言った。


「わたし……この時間がすごく大切だった。教室で一人でお弁当食べるより、誰もいないところで雨の音に耳を傾けてる時間が好きだった。それから拓くんが現れて、ちょっと賑やかになるかなと思ったけどそうもなくて……悪巧みみたいなことしてる時間もけっこう好きだったんだ」


 しずくは立ち上がって拓を見つめた。


「今だけだから、今だけ……私なんてつまらない相手だってわかったら、きっとみんな、自然と離れていくだろうから。そしたらまた……ここに戻ってこられるから。その時までここで待ってて……」


 そうして階段を降りて行く彼女の姿を拓は目に焼きつけることしかできなかった。

 それから二人は、教室でも外でも、声を交わすことはなかった。


 ***


 それから時間はあっという間に過ぎていった。9月も半ば、修学旅行を目前に控えたクラスではすでにグループは全て決まっていて、班員の役割を話し合う授業となっている。グループごとに場所が割り振られ、机を人数分くっつけて長机のようにして各々資料やマップを広げるなどして検討を進めていた。


 廊下側の窓際に位置する拓のグループはすでに大方の役割が決まっていた。丸田がリーダーで、地図係やタイムキーパー等の役職はもともとのメンバーから選出された。拓は言うなれば、気楽な平社員といったところである。

 丸田の班は、当日に回る観光スポットについて話し合いを進めていた。秋葉原のアニメショップとメンバーの一人が宇宙好きということあり、宇宙関連の博物館に立ち寄ることは決まっていた。


「森嶋くんは何か行きたいところある?」


 丸田が拓に意見を促す。拓は机に肘をついて、話を聞いている風な態度だったが、実際のところではまったく別の方向を向いていた。あれから一切話しかけてこなくなった彼女は、今は町田たちに囲まれている。男子が何度か話しかけるが、彼女は俯いたまま顔を上げようとしない。


「空本さんつまんなーい」女子の一人が声をあげた。


「行きたくないならそう言ったらいいのに……ねえ、なんで誘ったの?」


 もう一人の女子が町田に視線を向けた。町田が少し困った顔を浮かべて、「まあ、いいじゃんか」と笑って誤魔化す。


「森嶋くん⁉」


 丸田が顔を近づけてきて、拓はうわっと声を上げて振り向いた。


「どうしたの? 心ここにあらずだったよ」


 的確に心情を言い当てられて、拓は笑って誤魔化すことしかできなかった。


「誘ったのマズかったかな? 僕たちと一緒じゃ森嶋くんは楽しめない?」


「いっ、いや……そんなことないよ!」拓は首を振った。「誘ってもらえたのは嬉しかったよ。あんなことがあったのに」


「あんなこと?」


 丸田が首を傾げる。


「ううん、覚えてないならいいんだ」


「とにかく、何か意見があったら遠慮なく言ってよ」


 うんと頷いて、拓は視線をくっつけた机の中央に向けた。この際、修学旅行に行くのも悪くないかもしれないと思った。丸田たちは本気で拓と一緒に行きたいと思ってくれている。それは優しさなのかもしれないが、僅かでも仲良くしたいと思っていなければ、優しさだけで手を差し伸べることはあまりないように思う。


 拓は目をかっぴらいて資料に目を通す。行きたいところ……博物館には少し興味がある。食べ歩きはしたことがないが、このメンバーなら楽しめるかもしれない。丸太たちと商店街を歩いて談笑する風景を思い浮かべた。こうしたことがきっかけで仲が深まることはあるかもしれない。一度は失敗したが、今度こそうまくいく……。


「ありがとう、丸田くん」


 拓は照れくさそうに言った。

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