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友人

 それからしばらく、拓たちは雨女クラブの活動を休止した。理由はいくつかあるが、活動内容が明確に定まっていないというのが一番大きかった。SNSのアカウント自体消そうか迷ったが、フォロワーが増えてもいないし、反応もないのでそのままにしておいた。


 そうすると必然、二人の会話も減って来る。

 一学期も中盤に差し掛かってくると、拓にもしずく以外に話をする相手ができた。


「森嶋くん、この前教えてもらった本読んだよ、すごくおもしろかった」


 丸田幸助が拓の席の横に立って肩を叩いてきた。名前の通りふくよかで、食べるのが大好きみたいなほのぼのとした顔をしている。


「ほんと? ならよかった」


 丸田とは一年のときから同じクラスで、何度か同じ班になったこともある。グループ内では遠慮がちだが、話してみると意外と積極的な面がある。とりわけ読書に関しては拓とも好きな作家が同じということもあり、とても話が合った。


「この本、あんまり話ができる人がいなくてさ……おもしろいんだけど」


「SFはぼくもあんまり得意じゃないんだけど、この本は読みやすかったよ」


 内容はひょんなことから七夕の夜に現代にやってきた織姫と出会った主人公が、同じく現代に迷い込んだ彦星を探すなかで、織姫がやってきたその理由と歴史の真実に迫るというストーリーである。ジャンルはSFだがコメディ要素が強いのが売りだった。


「織姫がとにかくかわいてくてさ。主人公も最初は居候の彼女を嫌ってるんだけど、なんだかんだ面倒を見てあげるのがすごくほほえましくて」


「童話の織姫はすごく綺麗でどっちかというと近寄りがたい感じだけど、この本の織姫は子供っぽいからキャラがすごく立ってるよね」


 うんうんと丸田が頷いた。拓もこれほど気に入ってもらえるとは思っていなかったので、丸田の満足気な顔につい顔がほころんだ。


「僕も丸田くんが勧めてくれた本読んでみたよ」


「ほんと?」


「うん。実をいうとミステリーは苦手で、映画とかの方がよく観るんだけど、オリエント急行殺人事件は本も買って読んだんだ」


「映画は僕も観たよ。俳優さんの演技がすごく光ってて、先に映画を観てたら良かったかもってちょっと思ったよ」


 丸田は笑顔で語った。拓が本の話でここまで盛り上がれるのは丸田が初めてだった。

 ふと、教室の前の方の席を見ると、ふてくされたように廊下の方に頭を背けるしずくの姿があった。周りの女子が声をかけようか迷っていて、結局反応がないので諦めた。


「そうだ、今度中学校の友達と映画観に行くんだ。森嶋くんもよかったら来ない?」


「え?」拓は丸田の方を振り向いた。


「友達の一人が用事で来れなくなってさ、チケットまだ一枚余ってるんだ」


「あ……そうなんだ」


 チケットを見せてもらうと、テレビのCMでは見かけないタイトルの映画だった。いわゆる玄人向けの作品で、素人が観ても楽しめる保証はない。

 拓は少し迷った。興味のないことを楽しめる自信が他の人よりも少ないことを拓自身よく理解している。相手が興味を持っている話題(もの)が自分にとってそうでもなかった場合、拓は心の底から楽しむことができない。


 映画も気まぐれに観る程度で、映画館に行った経験が実はほとんどない。それに観るのは興味のあるジャンルのいわゆる三ツ星料理のような映画ばかりである。


「僕でも楽しめるかなあ……」


 不安げな表情を見せると、丸田が「大丈夫だよ」と励ますように言った。


 ***


 子供の頃に流行った映画を改めて観たとき、同じようにハマることができるだろうか。

 童心に帰ったような気持ちで観られるものもあれば、子供の頃にはわからなかった、新たな発見が見つかることがあるかもしれない。

 昔は好きで夢中で読んでいた本が、小難しい本ばかり読むようになって、改めて読んでみたとき、何も感じなくなってしまった時は少しばかりショックだった。


 待ち合わせ場所は、中に映画のある県外で一番近くのショッピングモールである。事前に登録していた丸田のアカウントを眺めていると、ちょうど連絡があった。


『もうすぐ着きます』


 拓は既読だけして、スマホをポケットの中に仕舞った。屋根のある入り口で通りの方を眺めていると、波のような人の往来が視界に映った。ビニールの傘もあれば、深い紺色の傘を差している人もいて、咲き乱れるような中に個性的な色の傘も目に付いた。


 集団行動をしているように濡れた地面を踏みしめる足音は一定で、不思議と緊張感が漂っている感じがする。しかし、話し声や溜め息が聞こえるよりもずっといい。

 どこか時間が止まったように感じていると、人混みの中を二つの傘が横切って近づいてきた。


「おはよう、すごい雨だね」苦笑いを浮かべて丸田が言った。


「こんにちは」拓が返事をする前に挨拶をしたのは、丸田の親友の長井だった。丸田と同じように大人しい印象だが、声が女性のようで中性的な顔立ちたった。


「どうも」と拓は少し緊張気味に頭を下げた。「森嶋です、今日はよろしくお願いします」


「あっいや……こちらこそ」長井は慌てた様子で頭を下げた。


 すると、丸田が拓に向かって言った。


「長井くんとは中学が同じだったんだけど、高校はべつのとこに行ったんだ。すごく頭が良くてね、県外の高校に進学したんだよ」


「親の引っ越しが重なっただけだよ」長井は謙遜したように言った。


「へえ、そうなんだ」拓は必死に笑顔を作った。どうでもいい、と思ったが、丸田が上機嫌なので場を濁すわけにもいかない。


「長井くんもミステリーが好きなの?」


「うん、親の仕事が物書きなんだ。子供の頃はSFばかり読まされてたから、反発してミステリー小説をこっそり買ってたらいつの間にかハマってて」


「へえ……そうなんだ……」


 いよいよ笑顔がきつくなってきた。ミステリーにも興味があるなんて話をするんじゃなかったと拓は内心後悔した。

 ショッピングモールの自動ドアが、大きな口のように開いて、拓は抗いたい気持ちを必死に抑えて二人の後ろを付いていった。


 ***


 映画ははっきり言って面白くなかった。拓は伏線やトリックよりもキャラクターにスポットの当たる展開が好みだったが、この映画はそれとは真反対で、軽い気持ちで待っていたところ、いきなりクラシックを聴かされたような感覚だった。犯人に感情移入できればまだ救いはあったものの、それすらクライマックスになっても濁してきたので、いよいよ前向きな感想が思い浮かばない。


 映画が終わり、重い物を食べたような顔で劇場を出ると、フードコートで昼食にしようという話になり、拓はようやく解放された気持ちだった。


 注文が届くまでの間、丸田と長井は映画の感想を楽し気に話し合っていた。あれはこうした意図があるのではないか、最後までタネのわからなかったトリックについて、試験後の答え合わせのような雰囲気で話し合う二人。


「森嶋くん、大丈夫……?」


 丸田が気づいて声をかけると、拓ははっと気づいて首を振った。


「ああ、うん……ちょっとお腹が痛くて」


 ストレスを感じると、拓はよくお腹が痛くなった。気の合う人と話をしているときは特に何も感じないのだが、話が通じなかったり、笑顔が疲れてくると胃がキリキリときしんだような辛さに襲われる。


 ———早く帰りたい……。


「ごめん、ちょっとお手洗いに……」


 背中を丸めて席を立つと、拓は足を引きずるようにして最寄りの手洗い場に向かった。

 運よく扉が開いているのを見て、倒れこむように中に入る。

 拓は大きなため息をついた。


「どうして僕なんか誘ったんだろ……」


 嫌味を言うつもりはなかった。丸田は純粋な気持ちで拓を誘ったことはわかっている。自分が好きなものを相手も好きになってくれたら嬉しい気持ちは拓にも理解できた。より深い話ができれば交流も広がるし、より深い仲になれる。


 だから拓は、映画を通して心底自分の興味のなさを見せつけられた気分だった。彼らのような本物を目の前にして、自分はにわかもいい所である。


 スマホの着信が鳴って、観ると丸田からメッセージが届いていた。


『森嶋くん、辛かったらもう帰っていいよ』


 直接丸田の声を聞いていたら、きっと素直に受け止められていたかもしれない。優しさゆえに、余計な言葉を使わずに見た文章はあるがまま受け取ると、ひどく淡白で無感情だった。


 友達になれるはずだった。すごく近い距離にいると思った。しかし実際は、ほんの少しだけ重なる部分があっただけである。しかも丸田の持つ作品に対しての教養の幅は拓よりもずっと広く、深かった。


 家でいつものように横になって、適当に映画を漁る方が自分には性が合っている。


 そもそも、雨の日にわざわざ映画館で映画を観るなんて、よっぽどの映画好きじゃなければできない芸当だったのだ。


 自分には早すぎた世界だと拓は反省した。


 そしていつの間にか、腹の痛みは消えていた。

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