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雨女クラブ

 雨が降ることで困ることはたくさんあるが、中にはこの前のように上手くいくこともある。彼女が雨を好きでいながら、雨女である自分を受け入れられていないのは、きっと悪い結果ばかり見てきたからだろう。


 大抵の人間は、何かが起こると悪い方に考えたがる。大雨が降って土砂崩れが起きるだとか、電車が止まるだとか……それらは危機的意識が高いともいえるが、この際、不必要な想像力でしかない。

 雨が降ればよいことが起こる。そんな軌跡みたいな展開でないかぎり、雨に対する人々の意識が変わることはないだろう。自分の身の回りにも、きっとそうした幸せに気づいていない人々はいるはずだと拓は思った。


 次の日に彼女は休んだので、拓はより計画を具体的なものにしていく作業に取り掛かった。今の時代、面識がなくても会話ができるほどだ。であれば、特に正体を知られるリスクもなく、正義の味方を演じることも可能ではないだろうか。

 木曜日、拓は屋上に続く階段の踊り場でしずくと鉢合わせる。


「おはよう」


「うん……」


 教室で顔を見ているはずだが、見合わせているわけではないので挨拶をしないと少しもどかしい。彼女の空けたスペースに腰かけると拓は向き直って言った。


「少し、聞いてもらいたい話があるんだ」


 彼女が緊張した様子で振り向いた。「……なに?」

 拓はポケットからスマホを取り出し、とあるSNSサービスの画面を見せた。


「これは……?」


「僕たちの活動場所だよ。SNSには日々さまざまなつぶやきが投稿される。そこで僕たちは雨を降らせることで人の助けになるようにするんだ」


 いきなりのことで彼女も困惑気味だった。拓は一度息を吐いた。


「雨を降らせるって、本来もっと褒められていい力だと思うんだ。だって誰にもできるわけじゃないし、良いことに使えれば絶対感謝されると思う」


「もしかして、この前のこと……?」


 しずくは怪訝な面持ちで拓の方を見つめた。「けどあれは偶然で……」


「偶然だからだよ。あれくらいじゃ誰だって運がよかったくらいにしか思わない。けど本当は、君が降らせた雨なんだ。雨が降ってなかったら、あの女子生徒は告白できなかったかもしれない」


 わかっている。全部都合のいい口実だ。けれど、発見も発明もきっかけは、わりと突拍子もないことだったりするものだ。見逃しているだけで、きっかけになり得る出来事はもしかしたらたくさんあるのかもしれない。

 少なくとも拓は、あの出来事があったからその発想に至ることができた。


「雨が降れば喜ぶ人は探せば絶対にいる。僕たちが知らないだけなんだ。だからSNS(ここ)で呼びかければきっと反応はある。本当に困っている人だったら、嘘だと思っても信じてみたくなるものなんだ」


 話しながら、まるで詐欺師みたいだなと拓は思った。根拠も事実も何もない中で、相手を説得するのは簡単なことじゃない。嘘のことを本当のように見せつける素質がいる。


「わかった、ちょっと不安だけど……やってみる」


 拓は見られないように拳を握った。


「けど、なにをやればいいの……」


 何もわからないと零すしずくに、拓は大丈夫だよと答えた。


「僕たちは雨を降らせるだけでいい。何に使えるかは、読んだ人が考えてくれるよ」


 そうして二人は、まず活動用のアカウントを作成した。アカウント名は、発信者の個性を表す重要な要素だ。ここでヘンに「自称」なんてつけた場合には冷やかしだと思われても仕方がない。名前は簡潔にわかりやすくするのが一番なのだ。


「雨女クラブ……あからさまじゃない?」


 不安を顔に出した彼女に拓はいいんだよと答えた。


「こういうのはドストレートなくらいがちょうどいいんだ。一人じゃなくて団体(グループ)で活動してるっていうのもちゃんとやってる感があっていい」


 雨呼びの○○とか、雨の調律者とか、肩書きみたいなものがあってもいいかと迷ったが、他の自称活動家が明らかにスベっているのを見て、拓はそこを凝る必要はないんだと安心したこともある。


「次はプロフィールだ。実績はまだないからまずは簡潔に雨女であることをアピールしよう。そして雨を降らせることで誰かの役に立ちたいことを強調するんだ」


 なかなかそれっぽいプロフィールが出来上がる。ここでアイコンを決める必要があったことに気づき、無難にいくか、ホラー系でいくかの二択になった。


「しずくちゃんはどっちが良いと思う?」


「わたしはそういうのやったことないから、拓くんに任せる」


「とはいってもなー……あ、そういえば、雨降りの歌ってなんかイメージキャラみたいなのっていなかったっけ?」


「雨といえば……みたいな?」


「そうそう!」


 雨らしい動物、キャラクター。子供の頃に見た記憶がある。こう……小さくて丸い。

 実物はとてもそうは見えないのに、なぜかイラストではかわいく描かれている生き物……。


「カエル……とか?」


「それだ!」


 拓はネットから手頃なカエルのイラストを検索した。カエルといえばハスの葉だ。傘に見立てたハスの葉を握っているカエルの画像を調べると結構な数がある。リアルさよりも親しみやすさを優先して二人は画像を選んだ。


 プロフィールが完成し、いよいよ登録の時が来る。


「いよいよだね……準備はいい?」


「うん……」


 おそるおそる指を画面に近づけると、タップする直前にチャイムが鳴った。視線を廊下に奪われてその瞬間を眺めることはできなかったが、拓はさらに、「あー」と叫び声をあげた。


「お昼ぜんぜん食べれてないや!」


 焦って弁当を書き込む拓を見て、しずくはクスッと笑った。

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