まるで別人のような 3
本日、紙・電子ともに小説1巻が発売です!
(もしかして毒煙事件の犯人に仲間認定されたことを、騎士達から聞いたとか……!?)
もしくは自白剤を飲んだ後、余計なことを話してしまった可能性だってある。
優しくして近付いて何かを聞き出そうとしたり、罠に嵌めるために油断させたりしようとしているのではないだろうか。
事件の直前には家のことをするなと言われたり、ギルバート様に避けられたりしていたし、もしかすると仲間認定の件に関わることも元々何かバレていたのかもしれない。
(ほ、本当に元のイルゼは何をしていたの……!?)
小説には書かれていなかった未知の悪事が恐ろしすぎて、冷や汗が止まらなくなる。
ストーリーだって大崩壊している今、既に娼館行きの手筈が整えられていたっておかしくはない。
「優しくしますね」
すると私が不安になっているのを悟ったのか、ギルバート様は困ったように微笑む。
理由は全く違う上に、これ以上優しくされるのは恐ろしくてたまらなかった。
「んっ……」
そんな私の頬にするりと触れたギルバート様の顔が近付いてきて、唇が重なる。
何度も軽く口付けられた後、そっと舌が割り入ってきた。
「もう少し力を抜いて」
「っ……ふ……」
「そう、上手ですね」
繰り返されるキスの合間の声も優しくてひどく色っぽくて、ドキドキしてしまう。
それからもギルバート様の言動はすべてこれまでと別人のように甘くて丁寧で、どうしていいのか分からなくなる。
やがて羞恥に耐えきれなくなった私は、両手で熱くなった顔を覆った。けれど許さないとでも言うように両手首を掴まれ、乱れたシーツにぐっと押し付けられる。
「やだ……見ないで……」
首を左右に振っても、ギルバート様は笑みを深めるだけ。
「あなたのその、恥ずかしさと気持ちよさでぐちゃぐちゃになった顔が好きなんです」
初めて向けられた「好き」という単語に一瞬だけどきりとしたものの、ぐちゃぐちゃになった顔が好きだなんて絶対におかしい。
やはり嫌がらせでしかなく、悔しさや恥ずかしさでまた視界が滲む。それでもギルバート様が止まることはないまま。
「や、優しくするって、言ったのに……!」
「これでも優しくしているつもりですよ」
両目からは生理的な涙が溢れ、きっと今の私は彼の言うぐしゃぐしゃな顔をしているのだろう。
「ギルバート様……っ」
思わず名前を繰り返し呼びながら、背中にしがみつく。
すると頬に柔らかな感触を感じ、きつく閉じていた目を開けた私は、息を呑んだ。
「……こんなにも違うのに」
揺れる視界の中で、なぜかギルバート様は切なげな、自嘲するような笑みを浮かべていたから。
どうして今、そんな顔をするのか分からない。
「本当にかわいいな」
「…………っ」
そして戸惑う私の頬を撫で、彼はこれまで見たことがないくらい優しく微笑む。
その瞬間、どうしようもなく胸が高鳴ってしまった。
「もっと俺の名前を呼んでください」
こんな風に笑う理由だって、やっぱり私には分からない。
だって今のは、どう考えても憎んでいる相手に向けるような表情ではなかった。
私に触れる手も声音も全部があまりにも優しくて、愛されているのではないか、なんて勘違いをしてしまいそうになる。
これが全て演技なら、どうしたって敵わない気がした。
◇◇◇
意識が浮上する中、とても温かくて心地よい何かに包まれていることに気付く。
「んう……」
まだ眠たくてこのまま微睡んでいたくなり、すり、と顔を寄せる。するとふっと誰かが笑い、優しく頭を撫でられたのが分かった。
その感覚がやけにリアルで、違和感を覚えて顔を上げる。
「おはよう」
すると目の前にはギルバート様の顔があり、固まった。
それから自分の身に何が起きているのか理解するまで、かなりの時間を要したように思う。
「な、ななななんで……!」
ようやく状況を把握した私は動揺でいっぱいになり、慌てて後ろに飛び退こうとする。けれど背中にがっしりと腕を回されており、逃げることができない。
「自分のベッドで眠っていることに、何か問題でも?」
そして朝とは思えないほどキラッキラの眩しい笑みを向けられ、思わず目を細めた。
「だ、だって……」
今まで何度もギルバート様に抱かれてきたけれど、決まって目覚めた時は一人だったからだ。
彼も憎い私とは少しも一緒にいたくないのだと察していたのに、なぜ今日に限って朝まで一緒に眠っていたのだろう。まさかこれも、懐柔作戦のうちなのだろうか。
その上、ギルバート様はとっくに目覚めていたようだった。
なのにどうして、わざわざ私を抱きしめたままベッドの上にいたのか理解できない。
「心地良さそうに俺にすり寄ってきていたくせに」
「それは寝ぼけていただけで……とにかく間違いです!」
「とても可愛かったので残念です」
「か、かわ……?」
柔らかく目を細めて笑う目の前の人は、一体誰なのだろう。昨晩同様に何もかもが甘くて、転生した当初とはまるで別人で戸惑いを隠せない。
恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じていると、ギルバート様は私から離れ、身体を起こした。
「食事もここへ運ばせるので、一緒に食べませんか」
「えっ?」
「すぐに用意させますね」
まだ頭がまともに働いておらず、全く状況が理解できていない私を他所に、ギルバート様は眩しすぎる笑みを浮かべ、そう言ってのけた。