まるで別人のような 2
本日コミックシーモアさまで漫画5話が配信です!
街中のカフェでの事件から、二日が経った。
「……ギルバート様が優しすぎて怖いんだけど」
自室のソファに座る私は、側でお茶を淹れてくれているリタにそうこぼした。
「冷たいよりも良いじゃないですか」
「それはそうなんだけど、どう接すればいいのか分からなくなるのよね……」
あれからギルバート様は、別人のように私に優しい。
常に気遣ってくれているのが態度から分かるし、使用人にも私を最優先に、大切に扱うようきつく言っているという話もリタから聞いた。
死にかけたばかりの私を哀れんでくれているんだろうけれど、それにしたって優しすぎる。
(もしかしてまた、私を陥れようとしてる……!?)
身の回りを調べていたと聞いているし、油断させる作戦かもしれないと思えてしまう。
ちなみに事件の犯人は、まだ捕まっていないらしい。
あの組織が一体何なのか、イルゼとの関係も含めて気がかりだけれど、大崩壊中のストーリーからもうすぐ離脱する端役の私にどうにかできるものではないはず。
ここは然るべき人に任せて、私はもう巻き込まれないよう静かに暮らしていきたい。
十分に休んで身体の調子も良いし、これからは今後に向けての行動をしつつ、制約魔法が切れるまでギルバート様とは円滑な関係を築いていかなければ。
「……そろそろギルバート様とのノルマもこなさないと」
先日は平気だと言っていたけれど、また前回のように彼がいつ倒れてしまうか分からないし、本当なら今すぐにでもすべきだろう。
次は私から誘えと言われているせいでハードルが爆上がりしており、行動を起こせずにいた。
(でも、今日こそは勇気を振り絞って誘わなきゃ)
ドSなギルバート様に色々と恥ずかしいことをさせられた時に比べれば、義務として誘うくらい、かわいいものだと自分に言い聞かせる。
そしてしっかりと決意した私は、今夜ギルバート様の部屋に出向くことにした。
◇◇◇
ゆっくりお風呂に入って心を落ち着かせた私は、薄着でギルバート様の部屋を訪れた。
ノックして名乗ると、すぐにドアが開かれる。
「……どうしたんですか」
ギルバート様は突然の私の来訪に少し驚いた様子を見せつつ、部屋の中へ通してくれる。
「座ってください。何か飲みますか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
ソファに座るよう促されたけれど、時間が経てば経つほど恥ずかしくなり言い出しにくくなると思った私は、立ったままギルバート様に声をかけた。
「今日、しませんか……?」
心臓がうるさくなっていくのを感じながらじっと見つめると、美しい切れ長の目が見開かれる。
少しの後、ギルバート様は眉尻を下げて微笑んだ。
「すみません、俺から言うべきでしたね」
「えっ? そんなことは……」
なぜか申し訳なさそうな顔をされ、私の脳内は疑問符でいっぱいになる。
ついこの間までは偉そうに「あなたから誘ってください」なんて言っていたのに、全くの別人のような態度だった。やはり先日の事件に対し、気を遣ってくれているのだろうか。
その心情であればこれまでのように朝までコースではないだろうし、ギルバート様もさっさと終わらせたいはず。
「と、とにかく! こんな最悪な行為は早く済ませちゃいましょう! パパッと!」
「……そうですね」
だからこそ、彼のためにそう言ったのに、なぜか少し傷付いたような顔をされる。何もかも調子が狂うと不思議に思う中、手を差し出された。
その手を取ると、そのままベッドへと誘われ、ベッドの上で並んで座る形になる。
「身体はもう問題ありませんか」
「は、はい! お蔭様でとても元気です」
「良かった。……風呂上がりのせいか、少し頬が赤いですね」
「…………っ」
薄く微笑みながら優しい手つきで頬を撫でられ、そのまま髪をそっと耳にかけられる。
このやけに甘い空気感は、一体何なんだろう。
いつもならあっという間に押し倒されて雑に始まるのに、なんというか「正しい手順」を踏んでいる気がしてならない。
普段よりも妙にドキドキしてしまって、落ち着かなくなるのでやめてほしい。
「あなたをなんと呼べばいいですか」
「えっ?」
そんな中、予想外の問いを投げかけられ、さらに困惑してしまう。なぜ今さら、そんなことを尋ねられるのか分からない。
(な、なに……? なんで? もしかして、私のことを愛称とかで呼ぼうとしているとか……?)
謎の優しさや距離感にもはや恐怖を感じながらも、思ったままに「イルゼのままで」とだけ答えた。
転生した当初のうちは他人の名前で呼ばれることに違和感を覚えていたけれど、今では自分の本当の名前が思い出せなくなりそうなくらい、しっくりと馴染んでしまっている。
「……イルゼ」
やがてひどく優しい声音で、名前を呼ばれた。
これまでだって何度もそう呼ばれていたはずなのに、なぜか全くの別物に聞こえる。
(やっぱりギルバート様の様子がおかしすぎる)
ここまで急に、それでいて露骨に優しくて好意的になるなんて、何かしら明確な理由があるはず。
危険な目に遭ったから、騎士達を必死に助けたからという理由だけで、あれほど憎んでいたイルゼに対し、ここまで態度が変わるはずがない。
そして、気付いてしまう。