表と裏 6
本日からコミックシーモアさまでコミカライズ配信です!
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一気に3話まで配信(1話無料)&2話はゼロサムオンラインではカットされた大人なシーン9Pもノーカットです///
とても信じられない話に、目眩さえした。公爵家の人間が入れ替えられるなんて馬鹿馬鹿しい話、絶対にありえない、あってはならないことだからだ。
そんな事態を許し、気付かないまま平民を娘として育てていたゴドルフィン公爵家だけでなく、妻として迎えたエンフィールド公爵家も嘲笑の的になるはず。
何よりあの傲慢で誰よりも貴族らしい人間だったイルゼが平民だなんて、信じられるはずがなかった。
「何かの間違いじゃないのか」
しかしモーリスは怒りを隠せない様子で「間違いありません」と言い、固く拳を握りしめている。
「我が国の法律に則れば、平民の身で旦那様を脅すなど死罪に値しますよ。どうされますか」
「…………」
「制約魔法は相手が命を落とした場合、無効になります。あと五ヶ月間も続く忌まわしい呪いから解放されるためにも、殺すべきでしょう」
モーリスの言うことは正しい。全てが事実なのであれば、イルゼによる過去の俺への許し難い行為は、極刑にされてもおかしくはないほどのものだった。
何より最も苦しめられていた制約魔法から解放されるためにも、それが正しい選択と言える。
「旦那様、ご決断を」
「……分かっている」
モーリスは最近のイルゼを評価していたこともあり、本当は彼女を殺すことに躊躇いもあるはず。
それでも俺のためを思い、強く言ってくれているということも分かっている。
(二ヶ月前の俺なら、彼女の生まれや悪事を表沙汰にして全てを奪った末、迷わず殺していただろうな)
だが、今はすぐにモーリスの意見を受け入れられそうにはなかった。彼女が変わり始めているという事実から、いい加減目を逸らせなくなっている。
「……この件に関しては俺が対応する。お前は忘れてくれ」
今すぐに決断を下す必要はないと自身に言い訳をしながら、きつく拳を握りしめた。
◇◇◇
ナイルお兄様と出かけてから、もう二週間が経つ。
朝食を取るために食堂へ向かう途中で、私は側を歩くリタに声をかけた。
「……確か今日も、午前中からナイルお兄様が来るのよね」
「はい。そのようにお約束されていたかと」
「はあ……」
確かに「またすぐに来る」と言っていたけれど、三日に一回のペースで会いにくるなんて、誰が想像できただろうか。
我が家でのんびりお茶をしたり、街中へ出かけたり一緒に実家へ行ったり。お兄様はとても良くしてくれているし、私を楽しませようともしてくれている。
それでも、気は重くなるばかりだった。
(……どんなに仲良くしていたって、いずれ突き放されることは決まっているもの)
今は可愛がってくれていても、いずれ平民の血が流れていると知れば、二度と口をきこうともしなくなるだろう。
距離が縮まれば縮まるほど、異常な一面はあっても優しさがあることを知るほど、絶対にやってくるその時がより辛くなってしまう。そう思うと、心から楽しむことができずにいた。
今日こそはもう少し頻度を減らすよう言おうと決意したところで、ギルバート様に出会した。
「おはようございます、ギルバート様」
「……はい」
顔を逸らされた後、適当な返事をされる。ギルバート様はそのまま去っていき、あっという間に姿が見えなくなった。
(……もう嫌がらせにも飽きたのかしら)
実は二週間前、お兄様と出かけた翌日からずっと、この調子だった。
あの日は「自分のことだけ考えていろ」なんて言っていたくせに、やけに素っ気ない。顔を合わせる頻度も減った上に、遭遇しても最低限の会話のみ。
放っておいてほしいこちらとしては好都合だけれど、ほんの少しだけもやもやしてしまう。
「朝食をとった後はどうされますか?」
「そうね……お兄様が来るまでは勉強をして過ごすわ」
あの日の夜、ギルバート様の側近のモーリスが部屋を訪ねてきて「明日以降、しばらく屋敷内の仕事はしないでほしい」と言われてしまった。
何かミスをした記憶はないし、身体を休めるよう気を遣ってくれているのだろうか。
(でも、妙に深刻な顔をしていたのよね)
ギルバート様の態度がいきなり変わったことにも、関係している可能性がある。
(まさか何かイルゼの過去の大きな悪事がバレたとか……? 余裕であり得るわ……)
気がかりだったけれど、尋ねたところで私を嫌っている彼らが教えてくれるはずもない。とりあえず言われた通りに大人しくしておこうと思う。
難病の子ども達の治療も無事に終えたし、制約魔法の件を除けば、急ぎの用事はないのだから。
「……はあ」
朝食を終えて部屋に戻り、離婚後のためにこの国についての本を読んでいても、なかなか集中できずにいた。
(……ギルバート様、大丈夫なのかしら)
結局、前回の制約魔法のノルマを一度しかこなしていないまま。今朝も顔色が少し悪いように見えたし、心配になる。
次は私から誘うよう言われていたけれど、あからさまに避けられているこの状況で「抱いてください!」と言い出すことなんてできそうになかった。
「シーラのことも、どうすればいいのか分からないし……」
彼女の矢印が私へ向きすぎている今、ただギルバート様と引き会わせるだけでは恋に落ちることはないだろう。
私を嫌うように仕向けるのも一つの手だけれど、そうなると断罪の際に助けてくれる人が誰もいなくなってしまう。
どんどん問題は複雑化しており、頭が痛くなっていた。
「奥様、ナイル様がいらっしゃいました」
そうしているうちに、ナイルお兄様の来訪を告げられる。部屋に通すようリタに言うと、すぐにお兄様がやってきた。
「やあイルゼ、会いたかったよ。今日はゆるく髪をまとめているんだね、かわいいな」
「あ、ありがとう……」
もはや当たり前になっているハグや頬のキスにも、未だに慣れることはない。高価そうな派手なアクセサリーをたくさん身に付け、ギラギラと輝くお兄様は私の隣に座った。
お兄様が来ている間はリタのみ部屋に残ってもらっていて、すぐにお茶の準備をしてくれる。
度が超えた兄妹間のスキンシップや、お兄様がよく言うギルバート様の悪口などを報告されては困るため、他のメイドには退室してもらっていた。
(それに最近、距離がまたさらに近くなったし……)
今だってぴったりと隣に座り、私の腰にしっかりと腕を回している。色気と眩しさに溢れたお兄様が、いちいち話すたびに顔を近付けてくるのも落ち着かない。
とにかく今日こそは頻度を減らすよう言わなければと、私はきつく両手を握りしめた。
「ねえお兄様、こんなにも私に会いに来てくれるのは嬉しいんだけど、お兄様も忙しいだろうし……」
「そのことなら心配ないよ。全て上手くやってあるから」
さらっと笑顔で言葉を遮られたものの、負けじと続ける。
「で、でも、最近は第二王子殿下からのお願いで、お兄様の世代の方々の集まりをするって……!」
この間カフェでお茶をした際、第二王子から人を集めるようお願いをされたと聞いた。
現在は第一王子の勢力が最も強いというのは、国のことを学ぶ上で知っていた。そんな中で第二王子派に付くような動きをするのは、かなりリスクのある行為だろう。
だからこそ、人を集めるのは大変で時間がかかるだろうと思っていたのに。
「それはもう大丈夫だよ。第一王子派からも結構引き抜いてきたせいで、予想以上の人数になって困っているくらいで」
「えっ……」
お兄様は大したことのないように言っているけれど、間違いなく簡単にできることではない。
その影響力や人を動かす能力は、私が想像しているよりもずっと強大なのだろう。
──お兄様の異常なほどのカリスマ性、人を惹きつける力については私もずっと感じていたことだった。
(私だって、なんだかんだ絆されてしまっているもの)
血に執着する異常性だって知っているし、首を締められて脅されたというのに、こうして一緒に過ごしているなんて冷静に考えるとおかしい。
私もとっくにナイル・ゴドルフィンという人に、歪められているのかもしれない。
「今のお前と一緒にいるのは楽しいんだよね。これが『癒される』って言うのかな」
先日、お兄様は私の「素直さ」「真面目さ」「純粋さ」を気に入っているのだと言っていた。
私以外にもそんな性格の人はいくらでもいそうだけれど、お兄様が関わる上位貴族の人達となると違うのだろうか。
(けれど、そんなことくらいで癒されるなんて……)
よほど人を簡単には信用できない環境にいるのだと思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「でも、今の三日に一度が限界だしな」
お兄様は少し悩んだ末「そうだ」と明るい笑みを浮かべた。
「離婚したら、二人で暮らそうか」
「えっ……ゲホッ、ゴホッ」
とんでもない提案に口に含んだばかりの紅茶を吐き出しそうになり、咳き込んでしまう。




