表と裏 3
今話と前話、2話同時更新してます!
それからもまだ時間があるとのことで、私が気になったお店を二人で見て回った。
「これは何かしら? 不思議な形だけど」
「ああ、それは魔道具だよ。こう使うんだ」
「えっ!? こんな便利なものが存在するの……!?」
「ねえ見て、かわいい動物の耳がたくさん!」
「ははっ、よく似合うよ」
「お兄様こそ、元々生えているみたい」
やはり私はまだこの世界について知らないことばかりで、全てが新鮮で楽しくて仕方ない。
なんだかこうしていると本当の兄妹みたいで、胸が温かくなるのを感じていたのだった。
◇◇◇
空が茜色に染まり切った頃、お兄様にエスコートをされた私はエンフィールド公爵邸の前で馬車から降りた。
「今日、本当に本当に楽しかった! ありがとう」
離婚についての作戦そっちのけで、ただ純粋にお出かけを楽しんでしまった、けれど。
この世界に来てからというもの、私は「遊ぶ」ということを一切していなかったように思う。だからこそ、開き直って目いっぱい遊んで、本当に楽しかった。
そしてそれは、お兄様がずっと私を楽しませようとしてくれていたからだ。常に気遣いをしてくれていたことも、私を最優先に動いてくれていたことも分かっている。
(おかしいところもあるけど、妹想いなのは事実だわ)
改めて心からの感謝を伝えたあと、私は鞄の中から綺麗に包装された小さな箱を取り出した。
「これ、良かったら」
「……なに? これ」
そうしてお兄様に差し出したこの箱の中には小さな宝石がついた、男性用のカフスが入っている。
実はこれまでもお兄様は私のために制約魔法を解く方法についてや、ギルバート様周りのことを調べてくれていて、そのお礼のつもりだった。
「お兄様へのプレゼントです。その、本当に大したものじゃないんだけれど……」
私がこれまで治療をして稼いだお金の一部で、今日ここへ来る前に買っておいた。
この世界での貴族の金銭感覚には全く慣れていないため、高価なアクセサリーでギラギラしたお兄様がつけているものに比べると、安価で地味かもしれない。
それでもとても素敵なデザインで、私はナイルお兄様によく似合うと思っていた。
「いつも助けてくれてありがとう」
「…………」
「あ、でも、いらなかったら使わなくても──わっ!?」
なかなか受け取ってもらえず戸惑っていると、突然ぎゅうっと抱きしめられ、驚いてしまう。
どうしたんだろうと顔を上げれば、嬉しそうに微笑むお兄様と視線が絡んだ。
「……嬉しい、すごく嬉しいみたいだ」
「本当?」
「ああ。イルゼから何かをもらったことだってなかったし」
お兄様の様子を見る限り、嬉しいというのは本当らしく安堵する。元のイルゼの行いが悪すぎたせいで、些細なことでも喜んでもらえるのかもしれない。
少しでもお礼になったなら良かったと思っていると、身体に回されている腕に力を込められた。
「……俺も今日、楽しかったよ。誰かと出掛けて、こんなに満足した気持ちになったのは初めてだった」
何か特別なことをした覚えはないし、こんな風に言ってもらえて嬉しい気持ちと、驚きでいっぱいになる。
「何でも喜んで楽しんで感謝してくれる姿も、俺にはないようなお前の考え方も、全てが新鮮だった」
「お兄様……」
「お前が俺のことも楽しませようとしてくれてることも、伝わってきたからかな。ありがとう」
それからお兄様は、一緒に出かけた相手が自分を楽しませようとしてくれたのも初めてだと、話してくれた。
── ひねくれた元のイルゼやお兄様が関わるような超上位貴族の女性達とは違って、珍しかったのかもしれない。
こんなことで好感度が上がるのは予想外だったものの、お互いに楽しい気持ちで過ごせたのなら良かった。
私から少し離れたお兄様は私の手にあった小箱を受け取ってくれた後、私の頰に触れ、近距離で見下ろした。
「またすぐに来るよ。お前のことがもっと知りたくなった」
「あっ、ありがとう……?」
とにかく無事にプレゼントを渡せてほっとしつつ、いつまでも門の前で立ち話もよくないと思い、お兄様から離れる。
「また連絡するわ。気を付けて帰ってね」
「何か忘れてない?」
「えっ? 特に何か──はっ」
人差し指で自身の頬を指し示すお兄様が何を言わんとしているのかは、すぐに分かった。
「か、帰り際にキスをしていたのは、嘘だったって……!」
「これからは本当にすればいいよ」
笑顔で顔を近付けてくるお兄様の圧に、推し負けそうになる。そもそも、これほどの美形のアップは心臓に悪すぎる。
その上「早く」「ほら」と急かされ、困ってしまう。
(こないだだってしたし、頬くらいなら……)
海外では頬へのキスだってスキンシップのひとつだし、ここで拒否して最後の最後で空気が悪くなることは避けたい。
そう自分に言い聞かせ、お兄様の肩に手を置いて爪先立ちをし、滑らかな肌にほんの少し唇を押し付けた時だった。
「──何をしているんですか」
背中越しに聞こえてきたのはギルバート様の声で、慌ててお兄様から離れようとする。けれどなぜかお兄様は私が離れないよう、ぐっと引き寄せた。
「ちょっ……!」
「どうして慌てるんだ? 兄妹水入らずのところに入ってきた間男はあいつの方だろう」
「ま、間男……」
それこそ水入らずの兄妹間で使う言葉ではないのではと思いながらも、まだ色々とバレていない今のところは側から見れば仲の良い兄妹のはず。
ギルバート様は私だけでなく、昔からイルゼに激甘の兄なんて嫌いだろうし、さほど興味もないと思っていたのに。
(……え?)
お兄様の腕の中で振り返った先にいたギルバート様は、はっきりと分かるくらい不機嫌な顔で、こちらを睨んでいた。