実像と虚像 6(告知あり)
「……私が、ゴドルフィン公爵家の人間……?」
「ええ。私達は産まれてすぐに取り違えられたみたい」
小説ではゴドルフィン公爵夫妻に恨みのある人間のせい、とだけ書かれていて詳細は分からない。けれどこれは間違いのない事実で、いずれ調べれば分かることだろう。
「何かの冗談、ですよね……?」
「信じられないかもしれないけど、本当のことなの」
シーラは戸惑いや驚きを隠せない様子だったものの、それも当然だろう。家族も取り巻く環境も、これまで生きてきた全てがひっくり返るようなものなのだから。
「私も知ったのは最近で、お母様があんな事故にあったばかりだから、タイミングを見て伝えようと思っていて……」
「…………っ」
けれど私が嘘を言っていないと伝わったのか、シーラは息を呑んだ。彼女に触れていた手を、ぎゅっと握り返される。
「つまり、母と私は血が繋がっていない赤の他人、ということですか……? そしてイルゼ様が、母の本当の……」
「……ええ。あの時も実の母だなんて知らなかったの」
やはりあれほど大切にして一緒に暮らしていた母親と血が繋がっていない、というのはショックのようだった。
その様子に胸が痛んだけれど、どちらにせよあと数ヶ月後には知ることになるのだから、受け止めてもらうしかない。
「この先のことは、あなたの意志を優先したいと思ってる。お母様と引き離したりなんてこと、絶対にしない」
「イルゼ様……」
「事情があって私は今すぐにここを出て行くことはできないんだけど、どんなに長くても五ヶ月後、ここを去ってあなたに全てを返すつもりでいるから」
まっすぐに伝えると、シーラの瞳が大きく見開かれた。
「イルゼ様、私はそんなつもりじゃ……!」
「元々、全てあなたのものだもの。それに私はギルバート様と離婚をして、ここを出て行くつもりだったから」
ギルバート様にはまだ恨まれているし、ナイルお兄様も血縁関係がないと知ればどんな対応をしてくるか分からない。
シーラと結託し、良いタイミングで全てを明らかにして逃げ出せれば私としてもありがたかった。
本来、ギルバート様が全てに気付くのはシーラと愛し合い散々すれ違った後だから、まだ時間はあるはず。
「公爵様とも、離婚されるんですか……?」
「ええ。そもそも平民は公爵夫人の座に相応しくないもの」
「……ここを出て、どのようになさるおつもりですか」
「平民として生きていくわ。治癒魔法でたくさんの人の治療をしながら、生きていけたらって思っているの」
するとシーラは、ぐっと果実のような唇を噛み締めた。
「いけません! イルゼ様が平民になるなんて……!」
「これが正しいんだし、問題ないわ。本来、私はあなたと会話をすることすらできないような身分なんだから」
天使のように優しいシーラは、自分のことよりも私のことを心配してくれているようだった。
けれど私としても、ここを離れるのが自由で、ある意味安全で、1番の幸せの道だと思っている。
私は「とにかく」とシーラの手を握る手に力を込めた。
「あなたはいずれ、ゴドルフィン公爵家の娘になるのよ。本当の家族からも大切にされるはずだし、これからはきっと、どんな願いだって叶えられるわ」
身分が欲しい、貴族として生まれてきたかったと溢したシーラが、どんな願いを抱いているのか分からない。けれどこれまで苦労をした分、幸せになってほしいと思っている。
彼女をずっと大切に育てていたシーラの母──イルゼの実の母にも公爵家は感謝するだろう。
この先の暮らしに困ることもないはずだし、私もできる限り陰ながらそのサポートをできたらと思っている。
「どんな願いでも、叶えられる……」
シーラは小さな声で呟き、じっと私を見つめながら考え込むような様子を見せた。
そして少しの後、柔らかく目を細めてふわりと微笑む。
その笑顔は思わず心臓が跳ねてしまうくらいに綺麗で、それでいてなぜかぞくっとするような何かがあった。
「話してくださってありがとうございます。私はイルゼ様のお望みのタイミングで、公爵家に戻ろうと思います」
「ほ、本当に……?」
「はい。まだ不安なことも多いですし、驚いていますが……何も分からない私を助けてくださいますか?」
「もちろんよ! 私にできることなら何でもするわ!」
シーラが受け入れてくれて良かったという安堵、全力でアシストするというやる気が溢れ、つい前のめりになる。
結果、私のせいでバスタブの中のお湯が波打ち、側にいたシーラの身体に思い切りかかってしまった。
「ご、ごめんなさい! すぐに替えの服を用意するから!」
「……これだけ濡れちゃったら、もういいですよね」
「えっ?」
するとなぜかシーラは濡れたワンピースを着たまま、湯船に入ってきた。バスタブに座ってお湯に浸かっている私の上に乗っかるような体勢になり、彼女の重みを感じる。
(な、なんで……こんな……)
綺麗な金髪が湯船に広がり、顔と顔が近づく。
私はというとあまりの驚き、そしてシーラの色気や美しさにより、動けなくなってしまっていた。
「ねえ、イルゼ様」
「…………っ」
「私、もう我慢したりしませんから」
シーラの言う「我慢」が何なのか、分からない。それでも聞いてはいけない気がして、ただ熱を帯びた空色の瞳を見つめることしかできずにいた。
するりと首に両腕を回され、柔らかな身体と水を吸った服が自身の身体に張り付く。
「大好き」
そして耳元で酔いそうなくらい甘い声で囁かれた私は、もう指先ひとつ動かせなかった。
シーラからこれまで感じていた一歩引いた距離感や、遠慮するような態度がなくなった気がしてならない。
(シーラの望みって、まさか……)
そして自意識過剰なんかではなく、彼女の望みに自分が関わっているような気もする。
本当にこのまま私が目指す未来に辿り着けるのかと、心の中に不安が広がっていくのを感じていた。




