虚像と実像 5
同時にギルバート様との昨晩の出来事を思い出し、さらに恥ずかしさでいっぱいになる。
(病人のくせに、よくもあんな恥ずかしいことを……!)
寿命なんてひどく重たいものがかかっているからこそ、私が断れないと踏んだのだろう。
ギルバート様は次々と私にとんでもない命令をしてきて、一生分の恥ずかしい思いをした。
『誰が休んでいいと言いました?』
『そんな顔で嫌だと泣いても、何の説得力もありませんよ』
思い出すだけでも、消えてなくなりたくなる。一方のギルバート様は終始楽しげで、復讐だけでなくあれは元々かなりのドSなのだと思い知らされていた。
(あ、あれで小説のシーラは平気だったの……?)
憧れのピュアな両片思いをしていた二人が実は裏でSMプレイをしていた、なんて事実があったら立ち直れなくなりそうなので、どうか私限定であってほしい。
けれどその甲斐あってか、ギルバート様の体調は落ち着いたようだった。そして月2回というノルマがある以上、また近々しなければいけないと思うと、気が重くなる。
「あの、イルゼ様……大丈夫ですか……?」
ぐるぐると色々考えては内心頭を抱える私に、シーラは気まずそうに声をかける。
その声は今にも泣き出しそうなくらい震えていて、本当にやってしまったと私も泣きたくなっていた。
「ご、ごめんなさい、こんな姿を見せてしまって……」
憧れの大好きな人にこんな姿を見られて恥ずかしさで死にそうな上に、いずれギルバート様と愛し合うシーラに行為がバレてしまったなんて、あってはいけないことだろう。
元の恋人だとか浮気相手だとか、他の女性の影はずっと付き纏うと聞くし、今の私は純粋なシーラにとってかなりショッキングな姿に違いない。そもそもギルバート様の性癖を疑われて、好感度が下がってしまいそうだ。
とにかくお互いに愛はないこと、これは望んでいることではなく公爵家の跡取りのための義務だとか、そんな理由があることを伝えなければと、焦燥感が募っていく。
「あ、あああの、これにはその、仕方のない事情があって」
「……事情、ですか?」
私は毛布で身体を隠しながら、シーラに向き直った。シーラは両手を胸の前で組み、悲痛な表情を浮かべたまま。その姿を見ていると余計に動揺してしまい、私は慌てて続けた。
「こ、この行為には愛なんてなくて、ただの義務なの」
「…………」
「それに私、ギルバート様に対して恋愛感情は一切抱いていないの。本当よ、だから気にしないで! お願い」
恥ずかしさやパニックで自分が何を言っているのか正直よく分からなくなっていたものの、必死に「ギルバート様のことは何とも思っていない」という顔をする。
私がギルバート様に好意を抱いているなんて勘違いをされては、私を恩人だと思っている誠実なシーラは絶対に彼に恋心を抱かないようにしようとするはず。
だからこそ、全力で否定しておかなければ。
するとシーラはゆっくりとベッドの上に座ったままの私の側へやってきて、床に膝をつけて跪く。そして無造作に置いていた私の手をそっと取り、両手で優しく握りしめた。
「イルゼ様、大丈夫です。全て分かっていますから」
「えっ?」
「ですからもう、何も言わないでください」
正直まともなフォローができた自信はなかったため、シーラの言葉に脳内は「?」でいっぱいになる。
(全てってなに……? 何を分かってくれたの?)
けれどシーラはとても聡い子だったはずだし、色々と事情を察してくれたのかもしれない。もう何も言わないでと言われたこともあり、これ以上は黙っておくことにした。
「ありがとう、本当にごめんなさい。今日はあなたとゆっくりお茶をしたりおしゃべりをしたりしたくて──」
「イルゼ様、お風呂に入りましょう。今すぐに」
「えっ? あの」
「こちらですよね、お手伝いいたします」
そんな中、なぜかシーラは私を立ち上がらせると、腰に手を回して部屋に隣接しているお風呂場へ連れていく。
(もしかしてお風呂に入っていないのが嫌だった……?)
確かにあんな行為をして、お風呂に入らずに寝て起きて今なのだから、汚いと思われても仕方ない。再び恥ずかしさで消えたくなりながら、私は大人しく連行された。
「一人で入れるから大丈夫よ! 本当に!」
「いえ、全て私にお任せください。それに内出血は温めると早く治りますし、全て綺麗にしてみせます」
やけにはっきり綺麗に、と言ってのけたシーラに「やっぱり汚いと思われていたんだわ……」とかなりのショックを受けた私は、もう大人しくお願いすることにした。
(どうしてこんなことに……でも、すごく気持ち良い)
メイド経験のお蔭かシーラはてきぱきと動き、手慣れた様子で身体から髪まで驚くほど丁寧に洗ってくれる。
普段お願いしているメイドと違って、無性に恥ずかしいけれど、もう開き直って湯船に浸かったまま目を閉じた。
「イルゼ様は、本当に何もかもが綺麗ですね」
「そ、そう……? でも、こんな状態じゃとても……」
今の私の身体はとても綺麗とは言えないほど、色々な跡だらけになっているというのに。正直こんな目にあっては、もうお嫁にいけないくらいの気持ちだった。
するとシーラは、今にも泣き出しそうな顔をする。
「……とてもとても、お辛かったでしょう」
思ったよりも彼女は心配をしてくれているらしく、このままではギルバート様が悪者になってしまうと焦った私は慌てて口を開いた。
「でも、元々は私がお願いしたことなの! それにすごくお上手だから痛いとかも、なく、て…………」
「…………」
そこまで言いかけて私は何を喋っているんだろうと、自分の愚かさに泣きたくなった。
けれど事実、精神的に恥ずかしい想いをするだけで、身体に関しては「短時間で元のイルゼを満足させていた」というのが納得できるほど、知り尽くされている感じがしていた。
(毎回、最後には意識を失ってしまうくらいだし……)
シーラは髪を洗っていた手を止めると、桃色の唇をぐっと噛み締め、長い金色の睫毛を伏せた。
「私にも、イルゼ様のような身分があれば良かったのに」
「えっ?」
やはりシーラは平民という身分の中で、もどかしさややるせなさを感じているのかもしれない。
そんな中で、偽物の私が公爵家の人間として恩恵を受け続けるなんて間違っている。
「……私だって、貴族として生まれてきたかった」
「シーラ……」
平民落ちやギルバート様の報復に備えて安全を確保してからだとか、もっと良いタイミングもあるはず。けれどシーラのこんな思いを聞いて、黙っていられるはずがなかった。
それに今のシーラとの関係なら今すぐに追い出されたり、周りに広められたりすることもないだろう。
そう思った私は全てを話すことを決意し、湯船から身体を起こすと、シーラの手を取った。
「……イルゼ様?」
「シーラ、実はあなたはゴドルフィン公爵家の人間なの」
そう告げた瞬間、シーラの口からは「え?」という、戸惑いの声がこぼれ落ちた。
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