虚像と実像 3
メイドに案内されてギルバート様の寝室へ入ると、ベッドの上で横になっている彼の姿があった。
気を利かせてくれたのかメイドはすぐに退室し、静かな部屋の中には二人きりになる。
初めて入ったギルバート様の部屋は、最低限のものしかなく公爵家の主とは思えないほど簡素だった。
「ギルバート様……」
ベッドの側へ行って声をかけると、ギルバート様は横たわったままこちらへ視線を向ける。意識はあるようで少し安堵したものの、身体の内部がどうなっているのかは分からない。
普段より青白い顔を見て泣きそうになる私に対し、ギルバート様は呆れを含んだ笑みを浮かべた。
「これくらい問題ありません。立ちくらみがしただけですし、放っておいてください」
「……ごめんなさい、私のせいですよね」
そう尋ねてみてもギルバート様は、何も言わないまま。
そっと両手をかざして治癒魔法を使ってみたけれど、彼の体調に変わりはなさそうで、予想が確信に変わっていく。
──ギルバート様が倒れたのは、制約魔法のせいだ。
月に2度という決まりを破ってしまったせいで、体調に影響が出てしまったに違いない。
(どうしよう、もう1ヶ月から何日が過ぎた? どれくらいの寿命が削られたの?)
既に期限が過ぎている以上、今この瞬間も寿命に影響が出ているかもしれないと思うと焦燥感が込み上げてくる。
「どうして何も言わなかったんですか」
「あなたを抱く気分にならなかっただけです」
「…………」
その言葉が嘘だと、すぐに分かった。ギルバート様は我が儘で彼への重い愛を抱えた痴女の元のイルゼとだって、毎月行為に及んでいたと聞いている。
きっと多忙な私の体調を気遣ってくれたのだろう。ふらついてしまった姿だって、ギルバート様は見ていたのだから。
(この間は泣いて嫌がる私を、無理やり抱いたくせに……)
心の底から憎い相手としての扱いを受けたり、彼自身の優しさに救われたり。私自身、ギルバート様に対しての感情の整理がついていなかった。
けれどそれは、ギルバート様も同じなのかもしれない。
「……もう問題ありませんし、仕事に戻ります。あなたも部屋に戻ってください」
そう言ってベッドから起きあがろうとしたギルバート様の肩を私はぐっと掴み、ベッドに押し戻した。
そんな私に対し、ギルバート様は形の良い眉を寄せる。
「何の真似ですか」
「今からしましょう」
「……は」
もちろん、こうして口にするだけでも死にそうなくらい恥ずかしくて仕方ない。それでもギルバート様の命がかかっている以上、このまま何もせずにいる訳にはいかなかった。
遅くなればなるほど寿命が縮まってしまうのなら、今すぐに行動を起こすべきだろう。
ギルバート様はしばらく感情の読めない瞳でじっと私を見つめていたけれど、やがて口を開いた。
「では、服を脱いでください」
「…………え?」
「服を脱ぐよう言ったんです。まさか俺に脱がせとでも?」
「そ、そういうわけじゃ……」
前回もギルバート様に器用に服を脱がされたし、そういうのは男性に任せるのかなという浅い知識しかなかったため、一気に顔に熱が集まるのを感じる。
けれど相手は病人であり、立場としてはこちらが悪なのだから、やるしかない。羞恥で逃げ出したくなるのを必死に堪えながら、ゆっくりとドレスを脱いでいく。
「では次に俺の服を脱がせてもらえますか」
「えっ」
半泣きになりながら脱いだドレスで身体を隠していると、今度はそんなことを言われてしまった。
「あなたが言い出したんでしょう」
「そ、そんな……」
命がかかっている上に、体調が悪いのは間違いない。そう言われてしまえばもう、断ることなんてできなくなる。
やるしかないと決意し左手で必死にドレスを押さえつつ、震える右手でギルバート様のボタンを外していく。もちろん上手くいくはずなんてなく、全く進まない。
「…………っ」
そんな私の様子を、ギルバート様は冷ややかな表情で見つめている。その温度差が余計に恥ずかしくて悔しくて、視界が揺れるのを感じながら、ぐっと唇を噛んだ。
「な、なんで笑っているんですか……!」
そんな私を見て、ギルバート様が小さく笑っていることに気付いてしまった。
「いえ、あなたのそういう顔はかわいいなと」
「え」
間違いなく嫌がらせで、馬鹿にされていることくらい分かっている。それでも初めて見た素のような笑顔と「かわいい」という言葉に、不覚にも少しどきりとしてしまった。
(これは人命救助、人命救助……)
何度も自分に言い聞かせながら時間をかけて、何とか全てのボタンを外すことができた。
鍛えられたギルバート様の美しい身体が露わになり、この後のことを考えるだけで直視できなくなり、顔を逸らす。
「きゃっ……!?」
するとギルバート様の両手が伸びてきて、腰を掴まれて身体が浮いた。軽く持ち上げられ、そのままギルバート様の上へ移動させられて、彼の上に跨る形になる。
「な、なんで……」
「この先も当然、あなたが頑張ってくれるんですよね」
「えっ」
笑顔でそう言われ、嫌な予感しかしない。受け身でも散々な恥ずかしい目にあったというのに、こちらが「頑張る」なんてどう考えても無理だった。
前回も前々回もひたすら翻弄されて泣かされて、まともな記憶すらないのだから。
「む、無理です! そんなの、できません!」
「では俺にどうしてほしいんですか」
「それは……っ」
自ら行動を起こすか、いちいち言葉にしてお願いするか。
どう転んでも羞恥プレイでしかなく、どこまでもギルバート様は意地が悪くて私を苦しめたいのだと思い知らされる。
「これ以上、寿命が縮んでもいいんですか……!?」
「全てあなたのせいでしょう」
「うっ……」
今度はこちらに罪悪感を覚えさせて苦しめる作戦らしく、正論でしかない以上、やはり言い返せない。
とはいえ、私自身のせいじゃないという気持ちで葛藤していると後頭部を掴まれ、ぐっと引き寄せられた。
「んんっ……!? ん、……っ……」
そのまま唇が重なり、抵抗しようとしてもさらに深く口付けられる。元のイルゼとはキスをしていなかったなんて信じられないくらい、何度も角度を変えて繰り返されていく。
唇が離れた後、至近距離でギルバート様はふっと笑った。
「早く」
「…………っ」
けれどある意味背中を押され、最初の一歩を踏み出せたような感覚になって、腹が決まった気がする。
もうするしか選択肢がない上に恥ずかしい思いをすることに変わりはないのだから、開き直った方が楽だろう。
「め、目を閉じてもらえますか……?」
「少しだけなら」
最低最悪な制約魔法をかけた元のイルゼを恨みながら、私はずっと左手で掴んでいたドレスから手を離した。