シンデレラの最愛 2
ゴドルフィン公爵邸の前で馬車から降りた途端、辺りから一斉に視線が集まるのを感じた。
「まあ、エンフィールド公爵様よ。今日も素敵だわ」
「お姿を見ることができて嬉しいけれど、この場にいらっしゃるなんて珍しいのではなくて?」
「イルゼ様と不仲なのは有名な話ですし……」
「なぜ公爵様はあのイルゼ様とご結婚されたのかしらね」
世の人々は、俺達がなぜ結婚したのかを知らない。
イルゼが元々悪評高かったこと、二人で社交の場に出ることはなくイルゼはいつも一人だったこともあって、俺が弱みを握られている、なんて噂は尽きないという。
「エンフィールド公爵様、どうぞこちらへ」
「いや、結構だ」
これまでゴドルフィン公爵邸に足を踏み入れたのは、結婚の挨拶の際、たった一度だけ。
一応、身内とはいえ、目立つ登場はしたくない。だからこそ普通の招待客と同様の形で、会場に足を踏み入れた。
「公爵様、ようこそいらっしゃいました」
「忙しいだろうに、ありがとうな」
まずは主役であるゴドルフィン公爵夫妻に挨拶に向かったところ、夫妻は笑顔で出迎えてくれた。
愛する娘が俺を脅して無理やり結婚したという事実を、彼らも知らない。それでも失礼に値するほど義実家と付き合いがないことに対し、責められたことは一度もなかった。
夫妻には傲慢で見栄っ張りな部分はあるが、根は悪い人間ではない。俺自身も少ない関わりの中でそう感じているし、周りの人間の評価も同様だった。
「やあ、来てくれたんだね。いつも我が家の催しには絶対に参加しないくせに、どういう風の吹き回しかな」
だが、この男──ナイル・ゴドルフィンは違う。
嘲笑うような表情を浮かべ声をかけてきたナイルは、今日も派手な装飾品を全身に纏い、まるで自らが主役だと言わんばかりの装いだった。
「俺がエンフィールド公爵邸に行ったって、一度も挨拶すらしにきてくれないじゃないか」
「…………」
社交界でもその容姿や地位から、かなりの人気を誇っているとは聞いている。
だが異常なほどの身分主義者であり、気に入らない相手に対しては手段を選ばないと、良くない噂も多い。
「義弟に無視をされるとは悲しいな。お前、イルゼの離婚の申し出を断ったんだろう?」
「なぜ夫婦の話を部外者のあなたに話す必要が?」
「はっ、夫婦ねえ……イルゼをどうする気だ?」
妹を溺愛しているこの男は、俺がどんな理由で結婚したのかを知っている上で、妹を蔑ろにしている俺を心底憎んでいるのだから、救いようがない。
そしてイルゼもイルゼで、離婚についてこの男なんかに相談していたのだと思うと苛立ちが募るのが分かった。
「彼女もこれまで好き勝手してきた以上、何をしようと俺の自由では?」
だからこそ、相手を煽るような返事をしたというのに。ナイルは怒るどころか、なぜか考え込むような表情を見せた。
「……まあ、場合によっては問題ないか」
「…………?」
場合によっては問題ない、という呟きの意味が理解できず眉を寄せる。これまでのナイルなら、イルゼに対してこんな発言をすれば、掴みかかってきてもおかしくはなかった。
(この兄妹の関係にも変化があったのかもしれない)
だが、ナイルはすぐに貼り付けたような笑みを浮かべる。
「まあ、楽しんでいってくれ。別室で親戚に囲まれていたイルゼもそろそろ来るはずだから」
そして俺の肩に軽く手を置き、去っていく。
相変わらず読めない人間だと息を吐いたところで、背中越しに「ギルバートじゃないか」と声をかけられた。
「よお、どうした? お前がゴドルフィン公爵家の集まりに来るなんて、珍しいこともあるんだな」
振り返った先にいたのは、友人であり次期侯爵であるエディだった。真紅の髪が目立つエディとは幼少期から家族ぐるみの付き合いで、数少ない信頼できる人間でもある。
「それに奥方はどうした? いつもエスコートしろって大騒ぎだったじゃないか」
「いや、今回はあっさり受け入れられた」
「……本気で言ってるのか?」
イルゼがどれほど俺に執着しているかをよく知っているエディは、心底信じられないという顔をする。
そして最近のこと、今日この場に来たのも彼女を見張るためだということなどを掻い摘んで話せば、その表情は驚きから俺への同情へと変わっていった。
「……お前、本当に追い詰められていたんだな。そんなやり方をしていたら、相手だけじゃなく自分も傷付くだろうに」
「今更これくらいで傷付いたりなんてしない」
「そもそも、あれが一晩で変わるなんて信じられ、な……」
そこまで言いかけたエディは俺の背後を見つめ、両目を見開いたまま、硬直する。
辺りにいた人々もみなエディと同じ方向を向いては、同様に息を呑んでいた。
「────」
人々の視線を辿った先には純白のドレスを身に纏ったイルゼがいて、目が合った途端、ふわりと微笑みかけられる。
ドレスに合わせた化粧や髪型も含め、黒や赤といった濃い色の派手なドレスばかり着ていた姿とはまるで別人で、清らかで愛らしい。初めて誰かを「綺麗」だと思ったくらいに。
「ギルバート様、いらっしゃっていたんですね」
静まり返った場に、彼女の声だけが響く。俺だけでなく、この場にいる全員が間違いなくイルゼに目を奪われていた。
ブクマや↓広告下の☆☆☆☆☆をぽちっと押して応援してもらえると励みになります……!よろしくお願いします。