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演技

 私が小学校低学年であったころ、私は地元の家が近い友達たちと、よく学校近くの公園で遊ぶのを習慣としていた。私は幼いころから体を動かすのが好きであり、小学1年生の春からサッカースクールに通っていたため、共に遊ぶ友達も、そのサッカースクールに所属する運動好きな男の子たちが多かった。その日も学校で、放課後に駄菓子屋でお菓子を買ってから公園に集合と、いつもの仲間たちと約束を交わしていたのだが、話し合いの最中にある男の子が、「僕も一緒に行っていい?」と、話しかけてきた。その男の子は、普段あまり私たちと関りが無いようなおとなしい子で、運動は苦手でカードゲームやテレビゲームが好きといった、そんな子だった。ゆえに、私たちに話しかけてきた時も、少しおどおどとした表情で自信なさげで、その少し陰惨な雰囲気が私はあまり好きではなく、ある種のシンパシーを感じながらも、その子のことが少し嫌いで、同時に社交性や運動能力を鑑みて、その子のことを常日頃から見下してもいた。しかし、私はそんな感情を直接的に表に出すことはなく、かといって一切を気にしていないような明るい表情は出来なかったため、少し嫌悪の表情を持ちながら、縫い合わせたような優しい笑顔で「もちろんいいよ~」と、出まかせを言うのであった。


 その日の午後、春先の風を感じながら、私たちは駄菓子屋で銘々お菓子を買い、公園に集合し、いつも通りお菓子休憩を挟みながらサッカーをしていた。公園の中央には、祭りの神輿を置くように作られた、正方形の石段があり、それと休憩用に作られた石造りのベンチをゴールに見立てて、私たちはサッカーをしていた。学校で突如話し掛けてきたあの子は、石段の上に座って足をプラプラさせ、お菓子を黙々と食べながら私たちがサッカーをするのを少し羨ましそうに眺めていた。しばらくしてサッカーに飽きた私たちは、公園の奥にある少し丘になるように作られていた砂場で、砂遊びを始め、そのうち、ともにいたずらを繰り返すようじゃれ合い始めた。その子もそのじゃれ合いには加わっており、普段学校で見るような少しうつむきがちな表情とは打って変わって、一見楽しくて輝いているような表情だったのだが、その実その表情の奥底には、私たちに対する恐れと、それを感じていないよう半ば無理やり感情を作り出している、脅迫的な狂気が一凛見えていた。そのうち、私が仲間の一人にこかされ、皆が私の体に手ですくえるほどの少量の砂をかけ出した。皆は笑っていて、私もそれはおふざけの範疇であると認識していた為、曇りなく笑っていたのだが、その子は一人だけ、自分が砂をかけていいものか、どうなのかと、周りをキョロキョロと見ながら、不安げに辺りの様子を伺っていた。皆が砂かけに少し飽きて、私もこの一連の流れはもう終わりかと思っていた時、その子が半ば意を決したように私に砂を掛けようとしたので、私は憤慨して、「お前はダメやぞ!」と、強く怒鳴った。周りの仲間たちは、砂遊びに飽きてもう石段の方に帰って行ってたため、その声を聞いたものは一人も居ず、私とその子だけの強い戒めが、そこに交わされた。その子は、私に怒鳴られた瞬間、学校で見ていたような陰鬱な表情に戻り、悲しげに、その場に砂を落とし、私に背を向けて、石段の方に帰っていった。私はその表情を見て、少しの罪悪感を持ったが、一方であの子ごときが、たとえおふざけの範疇であっても、自分に砂を掛けていいはずがないだろうと、憤怒の思いに浸っていた。


  次の日、昨日の一連の流れがまだ気に食っていなかった私は、授業の間中、ずっと右斜め前方にいるその子の細く骨ばった背中を見つめ続けていて、学校が終わり、その子が席を立ち帰ろうとするのを見止めると、私もすぐに席を立って、彼の背中を追うよう、尾行を始めた。私の小学校はかなり田舎にあったため、そこからの帰り道も車が通れないような細い道を通ることが多く、電柱や道草の陰に隠れながら、私は彼の後ろ姿を追っていった。彼は家までの道のりの丁度半分ほどで私に気づき、さながら尾行する刑事を撒く犯人のように、曲がり角を曲がったとたんに走り始めた。それに気づいた私は、彼の姿を追うよう歩みを速めたのだが、一方で、視界に捉えながら、絶対に追いつかない程度の速度で走っていた。私の方が彼より足が速く、運動能力にかなりの差があったため、追いつこうと思えばすぐに追いつけたのだが、別に私は特別彼のことを憎んでいたわけではなく、直接的に何か制裁を加えようという気は無かった (むしろ、追いつかない程度のスピードでずっと後を付けられることが、最も恐怖感を与える尾行の仕方だと思っていたからかもしれないが)。それはある種、どの過ぎた悪戯心のようなものだった。


 しかし、次の日、いつもは何気なく終わるホームルームで、思わぬ事態が起こった。黄色人種の割には黒い肌をした長身の先生が、「昨日会った出来事で、みんなに伝えておかなければいけないことがある」と、私たちを制したのだ。その話の内容は詳しくは覚えていないが、おそらくあの子が先生に告げ口をしたようで、私は皆の前に立たされ、公開裁判が始められた。話を聞いている最中、私はクラスメイトの面前で疑いの目を一心に向けられ、焦り、今まで培ってきた私という偶像を守るため、どうすべきかと激しく頭を回していた。すると、先生から私に弁明が求められ、とっさに私は、「でも、仕方ないじゃんか」と、泣いた。悲痛を装い、同情をかうように、最も可哀そうに見えるように、泣いた、泣いたふりをした。その様子を見た先生は、「〇〇がこんなに辛そうなところ、お前ら見たことがあるか?!」と、激しく生徒に主張し、そこからくみ上げられそうなものを一心に他の生徒に伝えていた。私は、完全に黒んぼの先生を含め、全てを騙していた。その本音に気づいている人間は、もしかすると私と戒めを交わしたあの子だけだったかもしれない。

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