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蜜柑

 母の運転する軽自動車に揺られながら、ぼんやりと窓の外を眺めていると、生い茂る木々の様相が、視界の端から端へと足早に去っていく。ここはある田舎の山の中腹地帯であり、私たちは小学校の冬休みの期間を利用して、母の実家に泊まりに来たのである。その家は、この平山の頂上付近にあり、そこには母の両親と母の兄夫婦が住んでいる。私の左隣に座っている二つ上の兄が、手に持っているルービックキューブを揃えるでもなくもてあそびながら、じっと座っていることに辟易とし、「あとどれくらいで着くの?」と質問すると、母は正面を見つめたまま、「あと十分くらいかなあ」と、少し煩わしいように返事を返した。私は三人兄弟であり、車の助手席で母のスマートフォンを使い、パズルゲームをしているのが私の三つ上の姉で、隣で足を少しバタバタとさせているのが二つ上の兄である。私は三人兄弟の末っ子で、上兄弟二人と大変仲が良いのだが、兄と姉は家の夕食の際にも、ろくすっぽ会話を交わさないような犬猿の仲で、私は自分が年下として可愛がられてうれしい反面、二人がずっと何処か相容れない様子であることに、常日頃から酷く気を焼いていた。そんな中の実家帰りであるから、私は久しぶりにあの優しさの権化とも言えるようなおばあちゃんに会えることが楽しみでありつつも、母を除いて兄弟三人でお泊りをすることが、少し億劫に思われてもいた。


 山道を上り詰め、急な斜面が三回にわたって続いている坂道を登り切り、小さな多目的ホールのある突き当りを右に曲がると、視界の左側に見えるコンクリートの壁と向かい合うようにして、母の実家があった。おばあちゃんは居室で、この真夏だというのに何か編み物をしていたようで、私たちの車に気が付くと、駐車場に面する大きな窓を開け、「よく来たねえ」と、少し窓から身を乗り出して出迎えてくれた。私は、途中スーパーによって買ってきた果物の詰め合わせを、駐車場から直接おばあちゃんに渡し、玄関に上がった。するとすぐに、通路を挟んで居室に向かい合う形で、おじいちゃんの書斎のドアが開け放たれているのを、私は見止めた。おじいちゃんの書斎は、約四畳のこぢんまりとした部屋であり、入口に対して正面の壁に面する小さな小窓の下に、大きな一脚の机があり、それを取り囲むようにして、壁伝いにたくさんの書物が並べられていた。私がもっと幼かったころ、おじいちゃんはその机でよく書き物をしていた。小窓から差し込む一筋の日光を丸まった背中に受けながら、原稿用紙に向かって一心に何かを万年筆で書き留める祖父の姿は、常にどこかこの世に存在していないようで、なぜか私の記憶に強く焼き付いている。しかし、それから幾年経ち、足腰が弱くなった祖父は長時間座ることが難しくなったのか、自室の布団の上で本を読んでいることがほとんどになった。居室に入ると、おばあちゃんが果物の詰め合わせを食卓の上に置いているのが横目に捉えられ、その奥には、おじいちゃんが布団に横たわりながら、仰向けで本を読んでいるのが分かり、おじいちゃんは私たちに気づくと、「おぉ」とゆっくり体を起こし、「よく来たな」と、私たちをおおらかに迎え入れた。


 私たちは、居室のテレビの前に座り、昼下がりに流れてくる報道番組のニュースキャスターの声をBGMに、最近の近況や、母の兄夫婦の話などを聞いた。小一時間ほど話した後、母は夕飯の買い物に行く必要があったため、「いい子にしておくように」と実家を後にした。母が帰ったのち、私たちは二階に上がり、母の兄夫婦が使っている部屋で、三人でWiiのマリオカートをした。姉はパズルゲームなどの一人で黙々とやるゲームは好きだったが、他人とともにやる協力ゲームや対戦ゲームはそれほど好んでいなかったため、私は兄と二人でゲームをし、姉は、部屋に合ったドラゴンボールをソファに寝転がって読みながら、横目に私たちのゲームを観戦していた。何レースかを終え、少し疲れた私は、水分補給にお茶を飲むため居室へと向かった。


 半螺旋状の階段を降り、居室のドアを開けると、そこには誰の姿もなかったが、私は食卓の上に大きな木のボウルに山積みにされた蜜柑があることに気づいた。私たちが持ってきた果物の詰め合わせの中に、蜜柑は二つしか入っていなかったため、それはおばあちゃんが自身で用意したもののように思われたが、そんなことは小学生の私には全く関係なく、その山積のてっぺんに君臨しているそれを、私は手に取りすぐに剝き始めた。私は小さいころから蜜柑には目が無かったのである。へたの部分に親指を入れ、そこから皮の繋がりを途切れさせないように、皮がひとつなぎのらせん状になるように、一歩ずつ丁寧に剥いていく。赤青のDNAらせん構造の片割れになったそれを、食卓の上にボトッと落とし、その半分を捥いで口に入れると、旬の季節の山北蜜柑らしいジ、ューシーな果汁が口中全体に広がり、それはとてつもなく甘美であった。すぐに一つ目を平らげてしまった私は、同じ要領で二つ目の蜜柑も食べ始め、それからはデカ盛りメニューに挑戦するフードファイターの如く、その山を頂点から一心不乱に切り崩していった。


 気が付くと、私の手の右側には大量の蜜柑の皮が置かれており、私は「塵も積もれば山となる」と書かれてあるカルタのイラストは大体こんな感じだよなと漠然と想い、あれだけの蜜柑を一人で平らげてしまった少しの罪の意識を感じながら、腹いっぱいに蜜柑を食べた満足感に満たされていた。ふと何気なく窓の外を見ると、もう夕暮れ時で外はオレンジ色に染まり、そんな暖かな光の中で、兄と姉が柔らかいゴム製のボールを使って、キャッチボールをしているのが見えた。その光景に少し心踊らされた私は、山積みの皮を片付けるともなく、兄と姉の輪の中に加わりたいと、すぐさまその光の中に駆け出して行った。

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