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5 聖女。

 今は聖女と呼ばれる私と、交渉人の称号を持つ井上さんは、一緒にココへと転移した。

 それこそ召喚なら良かったんだけれど、森の中に転移してしまっていて。


 コレは死ぬな、と思い井上さんと共に遺書を書いていた時。

 井上さんが少し離れた時、不運にも荒れ狂った魔獣が現れ、私にまっしぐら。


 不幸にも熊っぽい魔獣だったので、私は楽に死ねる様にと願った。

 私の地域で、熊に襲われ亡くなった方が居るから。


 だから、どうか一瞬で終わります様に。

 目を瞑り、そう願っていると全身が生温かく感じた。


 コレは、血液なんだろうと悟った。

 粘りが有り、何処か生臭い匂いに、死を悟った。


 けれど自分の血では無く、魔獣の血だった。


 《すまない》


 目を開けると、大剣を魔獣の頭上から突き刺している鈴木さんと目が合った。

 私は男性が好きじゃないのだけれど、コレは普通なら惚れるだろうな、と。


 けれど、後になってその考えは地元民によって覆される事になる。

 事切れる寸前で、魔獣の凶暴化は解けていた事が、問題視される事に。


 しかも、それは私の聖女の称号によって問題化してしまった。


 正直、他の人と違い私も井上さんも神様と会ったり話したりした記憶が無くて、半ば勝手に付けれられた称号だったから。 

 それが鈴木さんを追い詰めてしまう事になるなんて、思わなくて。


《やっぱり、井上さん、私から連絡したらダメですかね?》


「僕が男だからこそ、とは言いませんが、どんなジェンダーであれ、この状況で心が折れない方がおかしいですから。コチラから刺激する事は避けましょう、敢えて保つべき自尊心も有りますから」


《私が、聖女じゃなければ》

「いえ、寧ろ地元民の民度の問題ですよ、本来なら平和の礎を築いた鈴木さんを丁重に扱うべき筈が。生活を改善した者を優遇し、今は役に立たないからと古参を蔑ろにする、忠義心も恩義も無い者のせいです。それこそ、鈴木さんがブラック並みに労働していた事実は変えられたんですから。その先、コレから先をどうするか、ですよ」


 瘴気が魔獣を凶暴化させていた。

 そして私は、聖女は浄化が出来る。


 だからこそ、鈴木さんが倒してくれた魔獣は事切れる寸前、凶暴化が解けた。

 既に共存を始めていたからこそ、余計に問題となった。


 魔獣の死体の様子は勿論、そこから出た魔石からしても、正常化が認められた。

 確かにその評価は正しい。


 けれど、魔獣は私の0距離で事切れた。

 魔獣が息を引き取る時に吐いた息を、肌で感じる距離に私は居た、コンマ数秒でも遅れていたら本当に私は死んでいた。


 なのに、凶暴化していない魔獣を狩った、余計な事をしたと鈴木さんは責められた。

 しかも、聖女を血塗れにした、とも。


 私がどんなに説明しても、どんなに言葉を尽くしても。

 聖女様はお優しい方だから、と取り合って貰えなかった。


 そして、井上さんは抗議すらしなかった。


 でも、直ぐに後から理由を説明され、納得してしまった。

 攻撃能力が殆ど無い自分達が、居場所も財も何も無い自分達が身を守るには、暫くは流されているしか無いんだと。


 自分よりも大人の井上さんが居てくれて、本当に助かった。




「井上さんが結婚ですかぁ、早いですね、月日が流れるのって」

「急かされましたからね、山田さんに」


 夜道で女性とすれ違い様、落下感と同時に暗闇に包まれ、気が付くと森に倒れていた。

 先程すれ違っただろう女性と共に、薄暗い森で起き上がった瞬間、先ずは社会的死を考えた。


 救命ですらもセクハラで訴えられる昨今、どうやって自分の身の潔白を証明するか。

 もう、その事ばかりを考え、まさか異世界だろうとは思いもしなかった。


 けれど、スマホが圏外だと確認出来た事で、幾ばくかの冷静さは取り戻せた。

 少なくとも、会話の糸口にはなる、どうにか人となりを探らなければと。


 そうしてお互い圏外だとなり、アプリの方位磁石を試し、先ずは東を目指す事に。

 けれど直ぐに薄暗くなり始め、僕は遺書を書く事を提案した。


 山田と名乗る女性もまた、危機的状況だと察してか、休憩し遺書を書く事に同意した。


 そして僕が先に書き終え、所用で少し離れた。


 そして戻る途中、何処からかバキバキと音がしている事に気付いた時には既に、大型の獣が目視出来る距離に居た。

 しかも獣は僕を一瞥した後、呼吸を整え、山田さんへと駆け出し始めた。


 もう、見ている事しか出来無い。

 そう悟り、意地でも僕は目を見開くつもりでいた。


 けれど、一瞬だった。

 何か光ったかと思うと同時に、大きな音と、血飛沫と。


 もう、あっと言う間に、僕らは救われた。


 何処へ行けば良いのか、どうすれば生き残れるのかは勿論、世界最強の勇者が居る。

 その事に救われた。


 けれど、同時に絶望させられる事となった。


 山田さんの称号が聖女だと分かり、僕の称号が交渉人だった為、明確に扱いの差が出た事。

 そして僕らを救った筈の鈴木さんが責められているのを見て、僕と山田さんは絶望した。


 あまりの民度の低さに山田さんは憤り、何も言わなかった僕へと怒りを向けた。

 けれど、僕らの立場を再認識して貰う事で、一応の納得はして貰えた。


 そうして山田さんは聖女として国や世界に貢献する事に。

 なんて事には当然の様にならなかった、僕らには不信感しか無かった、帰りたかった。


 そんな中、山田さんの気持ちを変えたのは、この高橋さんだ。


「鈴木さんをね、呼べたら良かったんだけど」

「いえ、寧ろ逃げ場として使って貰う為にも、表面上は親交が無い方が有利に働きますから」


「あぁ、そっか。やっぱり知能が上がるスキル系、ゲットしとけば良かったなぁ」

「結局は使いこなせるかどうか、ですよ、僕は戦闘系を得てもダメでしたし」


「試したんだ、凄い」

「念の為、一応。でも結局は称号から得られる通りのスキルが最善ですし、高橋さんは寧ろ頭が良い方ですよ」


「まぁ、ココの民度にしてみたらね」

「それでも、素直さと疑いのバランスが良いかどうか、度胸が有るかどうかですから」


「結婚する度胸って、どうやって出来たの?」


「信頼を築こうと努力して頂いた真摯さ、真面目さや律儀さ、それと情愛ですかね」




《高橋さん、考えて貰えました?》


 私は今、聖女の山田さんから、付き合うかどうかの答えを迫られてる。


 最初は冗談なのかなって、でも、凄い真剣で。

 それこそ魔王に、鈴木さんに会いに行って土下座して感謝と謝罪した後、祝福を授けて貰って7大竜の呪縛を解いたり。


 大賢者の遠藤さんに、私の事を相談したり。


 極めつけは一緒に居た井上さんの結婚、実はお互いに全く興味が無いのに、自衛の為に付き合ってるかもって雰囲気を出してただけだって。

 まぁ、私も伊藤君をその手に使ったから分かるんだけど。


 でも、本当の相手は私って。


「もし、もしだよ、その場合はどっちかが男になる、とかだと」

《私ですね》


「でもさ、称号が聖女なのに、男になったら聖男?つかスキル一新されそうじゃない?」

《別に、もう聖女なんて要らない世界にしたので大丈夫ですよ。って言うか鈴木さん憎しで私を持ち上げてた者も居ましたし、本来はもう、瘴気は出ない筈なんですから》


 どうして瘴気が出るのか。

 それは妖精狩りのせいだった、無惨に殺された妖精の怨念が、魔獣に仇討ちをさせていた。


 じゃあ妖精狩りを止めれば良いだけなんだけど、装飾としても魔道具には欠かせない物で、それこそ向こうで言うプラスチックと同じ状態になった。

 代替品の案は直ぐに出ないし、何より勇者鈴木さんと聖女が居るから、大した問題じゃないと言う始末で。


 だから聖女が、山田さんが妖精の姿を隠した。


 そして妖精は狩られなくなり、瘴気は抑えられ、魔獣の凶暴化は劇的に減った。

 でも困るのは魔道具職人、それと鈴木さんだった。


 過労死しないのが不思議な位に働いてるのに文句は言わない鈴木さんだったのが、果ては無職なのかと言われる位に減り、更には婚約破棄まで。

 戦いに意義を見出してた鈴木さんは、どんどん気迫を失い。


 山田さんは凄く落ち込んだ。

 意図しなかったけど、結果的に恩を仇で返してしまったって。


 だからこそ、伊藤君と渡辺さんは計画した。

 鈴木さんを使って世界を革命する計画。


「でも、偶に凶暴化するよね、魔獣」

《ですね、妖精の悪戯だと思いますよ、忘れるなって》


 少し、山田さんが妖精にやらせてるんじゃないかなって。

 でも、未だに妖精が恨んでるかもで。


「悪戯、ね」

《もしかして私を疑ってるなら、それは違いますよ。ただ、そうなれば良いなと思う場所の近くで、凶暴化はしてますね》


 魔獣が凶暴化しなくなり家畜化が可能になった途端、魔獣を狩ってた鈴木さんは酷い奴だ、残忍だって。

 親が魔獣に殺され魔獣を恨んでた子すら、鈴木さんを無視したり、蔑ろにする様になったり。


 でも、結局は殺して肉や皮を得てるし。

 酷い環境で育ててたりする、だからそうなると凶暴化するんだけど、行動は改めない。


 この世界も、なんて醜いんだろうって、キレそうになった。

 でも民度さえ上がれば、道徳心さえしっかり備われば、良い世界になる筈だって伊藤君と渡辺さんが言うから。


 だから協力してたのに、果ては鈴木さんを魔王化させるって。


 そんなの、また鈴木さんに負担を押し付ける事になるのにって。

 でも、予想とは違った、魔王って概念が地元民に無かったから無害な魔王が成立した。


 そして今は。

 平穏無事に過ごしてる。


 だから。


「もう、良いか」

《えっ?良いの?》


「あ、いや、そうじゃなかったんだけど。まぁ、うん、試してみて良い?相性が有るって聞くし」

《よっしゃ》




 井上さん、鈴木さんに救われたのは勿論。

 混乱の最中に駆け付けてくれた高橋さんに、私は救われた。


 大して正義感も無い私が、自己犠牲とか最高に嫌いな私が、聖女として少しは働いてやろうと思った理由。

 それが高橋さんだった。


「本当に、そんなに前から?」

《やっぱり生き甲斐って必要だと思うんですよね、頑張る理由、生きる理由だったんですよ、ずっと》


「何かごめんね?鈍感で」

《気取られてたら寧ろ困ってたと思うので、良いんですよ、コレで》


「あのさ、男が好きじゃないのに、男になるのは良いの?」

《抱かれるとなると嫌なだけで、まぁ、切り替えも可能ですし》


「魔王って本当、何でも出来ちゃうんだよねぇ」

《魔道具まで作っちゃえるって、チートですからねぇ》


「でも鈴木さんは不便だって言ってるよ、ちょっとした事でも、何でも叶うから困るって」

《あぁ、きっともしかしたら最初の神様も、そう困ったのかも知れませんね》


「あー、だから会えないのかな、ココの神様に」

《若しくは単に恥ずかしがり屋さんか、居ないか》


「えー?居ると思うけどなぁ」

《じゃあ私も、そう思っておきますね》


 居るのに居ないと思われるのって、本当に苦痛ですからね。

 大嫌いなんですよ本当、無視するのもされるのも。

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