28 ミツヱ、享年81才。
私はミツヱ、享年81で亡くなりました。
お爺さんを置いていくつもりは無かったんですけどね、病気には勝てませんでした。
子供は私達が40代の頃、交通事故に遭い、亡くなっておりまして。
この世界に生まれ変わっていないか、探しておりました。
狂戦士として。
理不尽にも不条理にも、娘を奪われたからか。
気が付くと私は、ココに狂戦士として存在していた。
人も何もかもを襲いたくなりながらも、何とか堪え、各地を放浪しておりました。
ですが、もう、年貢の治め時かも知れません。
目の前には、魔王鈴木と名乗る青年が、大剣を手に私の前に立ち塞がっているのですから。
『ミツヱ、参ります』
私、コレでも薙刀を嗜んでおりました。
せめて、最後だけでも。
私の名を残し、いつか来る爺さん、娘の為にも。
「待ってくれ」
『どうか本気で、倒して下さいませ』
この姿では、きっと娘も爺さんも分からないだろう。
そう分かっておりました。
ですが、もし、ココに居るのなら。
せめて、一目でも。
「待てと言っている、アンタまさか、佐藤 ミツヱじゃないのか」
『どうして、それを』
「81で亡くなり、夫の名はトシオ」
『ぁあ、まさか』
「いや、俺は鈴木だ。アンタに会わせたい人が居る、一緒に来てくれないか」
もしかしたらあの人が。
けれど、私は狂戦士。
つい、人を殺してしまった、この手は既に血に染まっている。
『あの人に、伝えて下さい、ごめんなさいと』
私は煮え滾る闘争本能を抑え、何とか言葉を振り絞った。
この狂戦士の血を、能力を抑える術を私は持っていない。
しかも、こんなにも強い者が目の前に現れたとなれば、滾るのは必須。
「くっ」
『アナタは強い筈、手加減しては死を招きますよ』
見事な剣捌き。
道場で修行した者とは違う太刀筋、強さ。
しかも経験も豊富。
私とて油断すれば死を逃れられない。
本当なら、今直ぐにも切り捨てられたい。
けれどコレは戦い、死闘でこそ私の死は得られる。
それに、手を抜くのは失礼に当たります。
武人には武人の心意気をもってして、全力で挑む事こそが礼儀。
「強いな」
『狂戦士ですから』
この打ち合い、本来なら人種の体力を削る程の猛撃。
ですが、彼は上手く受け流し続けている。
「頼む、殺させないでくれ」
『すみませんが、お願いします、私は性を抑えられない』
彼は私を大きく弾いた後、大きく息を吸い込んだ。
次の一撃で、私は終わる。
終われる。
「女に手を挙げる趣味は全く無いんだが」
『私、コレでも男ですから、どうかご遠慮なさらないで下さい』
また、アナタを置いて行ってしまうけれど。
どうか許して、トシオさん。
「行くぞ」
『来なさい』
最後の一撃は、今までの中で最も鋭いモノだった。
「肉を切らせて骨を断つ」
『あぁ、どうして』
「会わせたい人が居る、大丈夫だ、何とかする」
『嫌よ、無理、もうこの手は』
《婆さーん!婆さんは何処じゃー!》
明らかにか弱い魔力。
そしてそのまま視線を向けると黒い翼が、あぁ、夢魔なのね。
『来ちゃダメよ!ココは危ないわ!』
《ワシー!婆さんに会いに来たんじゃー!ミツヱー!何処じゃー!》
『トシオさん』
「やっぱりな、ココ数年前から不可思議な行動をする者を探していたんだ」
『あぁ、でも、来ちゃダメ!私は狂戦士なのよ!』
《大丈夫じゃーよ、大丈夫じゃミツヱ、ワシと魔王様が何とかしてやる。もう手を離して良いんじゃよ、婆さん、家に帰ろう》
『でも、私は』
「心配するな、俺は魔王、アンタを配下とする」
使役、服従の魔法は嫌いだったんだが。
もしかすれば、こうした時の為に、この魔法は存在していたのかも知れないな。
《ぁあ、鈴木さん、婆さん》
「大丈夫だ、治療魔法師の佐藤さんに直して貰う」
『でも、移動は危ないわ、きっと大動脈を貫通しているもの』
「俺には転移魔法が有る、こう、だ」
《鈴木さん!》
『ダメよお爺さん、動かしたら危ないわ』
《あぁ、婆さん、血が》
『大丈夫、コレは鈴木さんの血、彼ってとっても強いのね』
《そうじゃよ、魔王様なんじゃ》
『でも、見た目が普通よ?』
《それはな》
『トシオさん!鈴木さんは』
『ごめんなさい、たった今意識を失ったの、この薙刀が大動脈を貫いてしまったから』
『あ、アナタは』
『トシオの妻、ミツヱです』
《それは後じゃ、鈴木さんをこう、何とかしてくれんか》
『引き抜くと同時に一気に塞ぎます、タイミングを合わせて真っ直ぐに素早く引き抜いて下さい』
『分かったわ、任せて』
『いきます、3、2、1』
婆さん、薙刀強かったんじゃけど。
また更に強くなっておった。
ワシ、全く見えんかった。
『はぁ、大丈夫かしら、加減出来無くてごめんなさい』
『いえ、狂戦士だとお伺い、してたんですけど』
『そうなの、けれど配下にするって言われて、周りがパーッと明るくなって。それから何だか、凄く自由になれたの』
『あぁ、使役や服従の魔法が効いたんですね』
《それもじゃけど、鈴木さんは》
『あぁ、もう大丈夫ですよ。ただ、少し血を失ってしまったのと、気が緩んだんでしょう。ずっと、どうすべきか悩んでましたから』
『そんな、ごめんなさい、私なんかの為に』
《婆さんや、悪い口癖が出とるよ》
『あ、ごめんなさい』
《良いんじゃ良いんじゃ、こうして無事に会えたんじゃ。大変じゃったなミツヱ、ずっと待つばかりで探しに行かんで、すまんかった》
『いえ、良いの、アナタは夢魔だからウロウロしたら危ないものね』
《婆さん、夢魔の事知っとるのか》
『ふふふ、少しだけ』
『あの、すみませんが、鈴木さんを運んで貰えませんか』
『任せて』
婆さん、力持ちになっとる。
《ふぉお、凄いの婆さん》
『だって狂戦士ですもの、ふふふ』
性別は逆になってしもうたけど、この世界じゃ、却って婆さんの方が強い方が安心じゃし。
ワシ可愛いしの。
婆さん、可愛いもの好きじゃしな。
『はぁ、ありがとうございます、コレで暫く寝かせておけば大丈夫だと思います』
『この、泉に寝かせるだけで大丈夫なの?』
『はい、コレは精霊の泉と言って。あ、ココへ来てどの程度なんですか?』
『実は私、それが曖昧で、大体3年程だと思うわ。ほら、人里とは関われなかったから』
《そうかそうか、すまん婆さん、ワシはまだ来て1年少しなんじゃ》
『あ、私達の娘は』
『60年前ですと、もしかしたら既に、すみません。僕や鈴木さんでも知らないので』
『あぁ、そうよね、私達に時差がさして無かったのだし』
『ですけど多分、もしかしたら、他の世界に居るんじゃないかと』
《他?》
『はい。ココとは違い、今は既に大きな戦争も無く100年平和に過ごせている、そんな世界が有ると確認されてるんです。魔法が有って、それこそ魔王も居た、世界』
『あら過去形ね?』
『魔王として生まれた魔王が、人間になれた、そんな幸せな世界なんです』
『そう、そうね、向こうとは違うココが有るんだものね』
多分、ワシらの娘はココに居らんのじゃよね。
婆さんを探すのに、とだけ神様は言っておったんじゃし。
けど、居らん証拠も無い。
しかも何もせんでは、婆さんもいたたまれないじゃろう。
《今回の事も有ったんじゃし、ワシ、宣伝しようと思うとるんじゃよ。狂戦士も休まる妓楼、そうやって、ワシらの娘を探そうと思う。そうじゃ、色々と案内してやるで、婆さん。先ずは、風呂かの》
『そうね、ありがとうお爺さん』
ワシら、少し種族と性別が違っとるけど。
人型じゃし、何とかなるじゃろ。
一緒なんじゃからな、ワシら死んでも夫婦じゃから。




