27 トシオと遊郭。
《ワシが、遊郭の、妓楼の楼主》
「もし、嫌なら」
《嫌と言うか、何となく分かるんじゃが》
『あ、そこは僕がご説明しますね』
ワシより若いが物知りの遠藤さんが言うには、どうやら花街を作るんだそうで、その地区を遊郭と呼び。
その区画の1つに、妓楼を、ワシの同種族サキュバスと共にそこで暮らすのはどうかと。
《管理とかワシ、不得手なんじゃけど》
『でしたら管理はコチラでも担いますね。遊女の管理は元々他の上位種の方に任せるつもりでしたので、もし何か不便だなとか、改良した方が良い所を見付けたら教える。助言役、相談役として居て下さい』
《流石にワシ、甘え過ぎじゃなかろうか》
『大丈夫ですって、年上に相談出来るのはココでは本当に貴重な事ですから。昔取った杵柄がいつ何処で使えるか分かりませんから、僕らの図書館としても、どっしり構えていて下さい」
《すまんね、ありがとう、暫く甘えさせて貰います》
『いえいえ、トシオさんにも快適に過ごして貰える様にするのも、僕らの仕事だと思っていますから。奥様の為に馴染むにしても、先ずはココを知って下さい』
《ありがとう遠藤さん、ありがとう皆さん、宜しくお願い致します》
情けない事に、ワシは本当にココを良く知らんので。
先ずは店先に立ち、お客さんを勧誘し、色々と教えて貰う事にしたんじゃよね。
『あの、もしかしてアナタがトシオさんですか?』
《あぁ、ワシですじゃ。どうも、佐藤トシオ82才、今は18才のふたなりサキュバスとして生きております。どうぞ、宜しくお願い致します》
『あ、どうも、僕は佐藤と申します。治癒魔法、殆どの怪我を治せる者です』
《おぉ、素晴らしい能力じゃのう、羨ましいですな。もしお暇な時が有れば、どうかお話を聞かせに来て下さいませんか》
『その、僕、一応相手が』
《あぁ、じゃったらこう、あんな風に茶だけでも飲めますで。奥様もどうぞ、来て貰えば誤解も無いじゃろ》
『あ、あそこはお茶をするだけの場所なんですね』
《まぁ、偶にそのままヤってしまう者も居るんじゃが。まぁ趣味は色々じゃから、大目に見てやって下さい》
『あ、そう、ですね』
《やはりお茶は、お茶だけの方が良いですかねぇ》
『まぁ、ですね』
《ありがとうございます、改良しますで、また来て下さい》
『はい』
そうして、妓楼の間取りを幾ばくか改良して貰い、案内を配る事に。
そして裏には、探し人の記載も。
佐藤 ミツヱを探しております、と。
コレで会えると良いんじゃが。
元気にしてるじゃろか、婆さん。
『妓楼かぁ』
「田中君は、興味が有るのか」
『そりゃね、凄いテクニック知ってそうだし』
「そうした場だけでは無いんだが、転移転生者はそう思う、か」
『そうだね、この案内を見ても、裏ではもっと何か有るんじゃないか。とか』
「どう、誤解されない様にすべきだろうか」
『見て回れば誤解も何も無さそうだけど、行って欲しくない?』
「まぁ、男も、居るからな」
『もー、嫉妬じゃなくても嬉しいなぁ。大丈夫だよ、鈴木さんだけだから』
「それが、まぁ、フェロモンに掛かるとそうでも無いんだ」
『もしかして、しちゃったの?』
「いや、ただ、凄くムラムラするんだあの店は」
『あぁ、当てられちゃうんだ』
「どうして魔王にも効くんだ」
『それは人だからじゃない?』
「まぁ、確かに人型にのみ効くらしいが」
『行こうよ、いざとなったら部屋を借りれば良いんだし』
「大丈夫なのか、こう」
『大丈夫だって、行こう』
花街はお掘りと塀に囲まれ、3つの区画が和洋中と更に内部が塀で分かれている。
そして花街に入るには、同じく3ヶ所に設けられた橋を通してのみ入る事が出来る、その橋の前後には門と見張り台。
内部にも詰め所が有るけれど、未成年や信用度の低い者を入れない為にも、門が検問所としても機能している。
そして掘りと橋は防衛の為は勿論の事、火災等の災害対策でも有る。
昔は逃げ出さない為の措置だったかも知れないけれど、中で暮らす者は出入り自由、コレは完全に守る為。
そして橋を通った先には、更に塀。
洋風娼館が立ち並ぶ地区は黄土色のレンガで塀が建てられており、中華風は灰色の石造り。
そしてトシオさんの居る区画は三叉路の正面、和の妓楼は白い漆喰と瓦の堀で作られている。
そこの門をくぐって、漸く妓楼へ。
大通りの真ん中には桜が植えられ、引手茶屋と呼ばれる休憩所が両サイドに立ち並ぶ。
花魁への仲介は勿論、花魁の手が空くまで滞在したり、客同士相談し合ったりする場所。
コレだけなら、正に江戸時代なんだけど。
「機嫌が良いのが不可解なんだが」
『デートだし、良い街だなと思って』
獣人もエルフも居る、そして客の殆どは洋装、従業員は和装。
不思議な空間だけど、ココで働く者は喜んで和装を身に付けてくれている。
それこそ時代がバラバラで、袴にエプロンの女性だとかも居て、大正の雰囲気も有って。
本当、平和なファンタジーしちゃってる地区。
で、この大通りを曲がった先が花魁達の居る場所なんだけど。
僕らが行くのは大通りの正面に有る、楼主の館。
ココだけ3階建て、他は2階建て。
「寄り道しなくて良いのか」
『する』
脇道に入ると、本当に見た目は遊郭そのもの。
朱塗りの建物に提灯に。
窓の代わりに格子で仕切られた、張見世がズラリ。
手前から小見世、中見世、大見世。
価格の違いは格子、籬の面積が多い程に高い。
大見世の格子は全面、中はその半分、小は更にその半分。
本来は格式付け用らしいけれど、ココはもう、金額そのもの。
大見世に毎日通わなければ身を崩さない程度の額に設定した、維持費は掛かるからね。
そして重要なのが、ヤれるかどうか。
それはもう、本当に遊女の好み次第、男娼次第。
お喋りが好きだからと小見世に行って声を掛けるだけだったり、疲れたからと言って大見世の張見世でマネキンになりつつ本を読んだり、本当に好きに働いて貰えているらしい。
そして小見世より下も有る、それが切見世。
長屋に2畳分の空間と身支度用の鏡、それと布団だけ。
「エロいな」
『確かにエロいね』
ココに遊女は居ない、見物に来てフェロモンに当てられた者が使ったり、お客さんの指名で敢えてココでする場合も有る。
なので敢えてシャワーとトイレは共用、しかも押し入れの中には一応着物セットが置いて有る筈。
確認したかったけど、今のぼくらは一般人。
もしココに入りたかったら、長屋の入り口で使用料を払うんだけど。
「後で、中を確認しておくか」
『だね』
そして再び道を戻ると、確かに少しムラムラした。
今は見世には誰も居ないけれど、フェロモンが漂っているんだと思う。
そしてコレは多分、性別がどちらかに分かれている場合に強く感じるらしく、僕や上位種にはさして効かなかった。
それは勿論、トシオさんにも。
「田山さん、トシオさんは居るだろうか」
『はい、暫くお待ち下さいね』
田山さんはココで見世が開いて無い時だけ、お手伝いに来てくれてる。
お互いに後期高齢者だからこそなのか、色々と話が合うらしく、一ノ竜が眉間に皺を寄せながらも許可していた。
《おー、どうもどうも、鈴木さんに田中さん。さ、どうぞ、先ずは上がって下され》
ココで1番不思議な存在って、やっぱりトシオさんだよね。
後期高齢者の美少女でサキュバスのふたなり、そして奥さんを探してる。
鈴木さんも、もし僕が居なくなったらこうして探してくれるかな。
「トシオさんは、本当に大丈夫なんですか、フェロモン」
《いやー、ワシも頑張ろう、そうした気分にはなるんじゃけど。こう、やはりミツヱが居らんで、そう思う事も無いんじゃよね》
『だからこそ、上位種のふたなりなのかもね、神様の配慮』
「あぁ」
《成程、じゃがあまり上位種が居らんのは、少し寂しいのう》
『殆どが人になるらしいからね』
「精霊らしいとも思うが、少し寂しい気もするな」
《悪い事では無いとは分かっとるんじゃけどね。幾人かの友にも旅立たれてるでな、こう、置いて行かれるのは寂しく感じてしまうもんじゃよね》
「もし会えたら、どうしたいですか、何処で暮らしたいですか」
《んー、ココって結構安全じゃからなぁ。しかも暮らし易い、場所が場所だけに婆さんの反応が心配じゃが。んー、婆さん次第じゃな》
ココが落ち着く少し前、トシオさんの奥さんらしき者を捕捉したんだが。
最悪は。
いや、どうにか平和にココへ連れ戻そう。
例えどうなろうとも、俺が魔王として何とかすれば良い。
先ずは夫婦を会せるのが先決だ。




