25 トシオ、82才。
婆さんには2年前に置いていかれ、子供はもう、ワシと婆さんが40代の頃に亡くなってしもうてな。
ワシ、もう良いかなと思ったんじゃよね。
生きる気力も無い、目的も無い。
じゃから、敢えてオレオレ詐欺に引っ掛かったんじゃ。
金はどうせあの世まで持って行けんし、もしかすれば困っておる若者の為になるかも知れんと思って、渡しに行ったんじゃ。
そこでな、言わんでも良い事を言ってしもうてな。
老婆心から【出来るなら、良い事に使っておくれ】と。
それがいかんかった、バレたと分かり慌てたんじゃろうな。
真っ青になって、ワシを突き飛ばして。
まぁ、そこからはいきなり神様に会ったんじゃが、その神様が随分と優しい方で。
婆さんを探しに行ってみないか、と。
ココへ寄越してくれたんじゃよ。
ふたなりサキュバスとして。
何の事か良く分からんで、最初は困っておったんじゃが、魔王様が親切に教えて下さったんじゃよ。
ワシの種族は人種ではなく、夢魔とか言う種族じゃ、と。
ワシ、分かったんじゃよね。
婆さんもきっと、人種ではない何かかも知れん、それこそ女子では無いかも知れん。
じゃからこそ、この姿なんじゃと。
そして皆を幸せにする中で、いつか婆さんに会えるんじゃろうな、と。
じゃからこそ、この妓楼を任せて貰ったんじゃ。
婆さん、着物が好きだったから、いつか訪れてくれるんじゃなかろうかと。
《あの、その、どうしてトシオのままなんですか?》
《何、あんまりにも多い名字じゃてな。あぁ、それこそ佐藤なんじゃよ、しかもこの外見じゃ。トシオ82才、そう名乗っておれば、いつか婆さんに気付いて貰えるかも知れんと思っての》
《その、お子さんは》
《交通事故じゃった、それこそ相手は無免許無保険の飲酒運転。結婚前じゃったが、もうお腹に子も居たんじゃがな、ダメじゃった》
ワシらもう40代じゃったし、もう、次を作る気力も無くての。
それからは婆さんと2人、休みの日には交通安全運動や講演会に出たりと、遠出をしての。
今まで働き詰めじゃったんで、少しワシは嬉しかったんじゃよね。
こんな事で申し訳無いけれども、婆さんと遠出が出来る、旅行が出来ておると。
かと言って、何かするワケでも無いんじゃけどね。
宿の近くの川辺を散歩したり、そこの名物を食べてみたり、近所の人にお土産を買ったり。
婆さん、気丈でな。
娘が生きておったらって、言わんかったんじゃよ。
きっと心の中で思ってたんじゃろうけど、もし言うたら、しんみりしてしまうで。
ワシの為に、我慢してくれてたんだと思う。
ワシね、食えなくなってしまったんじゃよね。
何も食いたく無くて、腹も減らんから、折角の婆さんのメシを残してばかりで。
それでも働いてたんで、倒れてしまったんじゃ。
偉い心配を掛けてしもうて、泣かれたんじゃよ。
思い出させる事ばかり言ってごめんなさい。
そう泣いて謝られて以降、娘の事は滅多に言わなくなって。
それがまた、逆に申し訳無くてな。
《それで講演会や、交通事故運動に》
《お医者先生にも言われたんじゃよね、無理に忘れようとするのも、無理に思い出すのもいかん。ふと思い出した時に後悔だけでなく、良い報告もしてやれる方が良いだろう、そう言われての》
ワシも男だから、あんまり泣くのは恥ずかしいんで、講演会で話すのも恥ずかしかったんじゃけど。
目の前の子供達を見て、あの子を思い出すと。
自然と言葉が出たんじゃよね。
それは婆さんも同じじゃったのか、いつも立派にこなしてくれて。
ワシの自己満足かも知れんかったけど、ワシ、こうして生きていこうと思ったんじゃよね。
子が居なくても夫婦、ワシら家族なんじゃから。
《ずみまぜん、ごんな若者で》
《何を言っとる、勇者なんじゃろ、良く選んだと思う。ワシが選べたとしてもそう選べんよ、それこそ婆さんが魔王に囚われとると知って選べるかどうか、もしかしたら魔王の手下を選んどったかも知れん。魔王が居ると知って尚、勇者を選んだんじゃろ、偉い偉い。お前さんには勇気と活力が有る、若い頃の失敗なんぞ直ぐに取り戻せる、その気力と体力が有るんじゃ。大丈夫、お主なら出来る》
《ありがどうございまず》
《年ばかり食うて碌な事は言えんが、いつでも来てくれれば良い、ワシの失敗した話なら幾らでも有るで。いつでも、そうじゃ、この割符をやるでな。勇者様御用達となれば格も上がる、好きに使っておくれ、タダで遊び放題じゃよ》
《そんな、こんなの貰えません》
《大丈夫じゃよ、妓楼と言っても体を売るだけでは無いで、殆どが金を払って話をするだけじゃ。と言うか普通にメシ食いに来とる者も居るし、したければしたいで構わんよ、若者なんじゃ溜まるもんも溜まるじゃろうて》
ココは遊郭を模した妓楼、お茶や食事、信用度が高いとお酒も飲める場所。
ダンジョン産のワインやお酒を使う為にも、そしてこのトシオさん(サキュバス)の為にもと建てられた場所。
《あの、アナタは》
《ワシは婆さん以外とはせんよ、婆さんが許しても、ワシは他とする気は無いで。それにな、ワシは上位のサキュバスなんじゃそうで、溢れる精気で十分、省エネでエコらしいで》
《あ、そうなんですね》
《優しいのう、流石勇者様じゃ。大丈夫大丈夫、この肌艶で分かるじゃろ、ココは栄養満点じゃ》
僕は渡辺さんに紹介され、視察は勿論エキドナの事、父親像や家族について相談したくてココへ来た。
けれど、だからこそ僕は、中身は勇者失格だと思う。
本来なら仇の筈の鈴木さんを父親と慕う五ノ竜や、優しいお兄さんだと語った聖乙女の松本さん、相手としては見れないけれど尊敬していると言った聖女の山田さん。
そして山本君や大賢者の遠藤さんは、男として、父親としても尊敬する。
愚痴も弱音も無しにひたすらに戦い続け、地位が落ちても尚、ただひたすらに戦い続けた鈴木さん。
だからこそ、鈴木さんは勇者、今でも勇者だと誰もが言う。
僕は到底、鈴木さんを超えられる自信が無い。
無骨で真っ直ぐで、強いのに驕らなかった鈴木さん。
僕は、本当に勇者の称号を持っていて良いのだろうか。
本当に、僕なんかが勇者で良いんだろうか。
《僕なんかが、勇者で》
《なんか、はダメじゃ。鈴木さんと同じでは無いからと言って、自分を卑下する必要は無い、皆違って皆良い。皆の魔王像は其々じゃ、ワシは魔王と聞いて第六天の魔王織田信長が浮かんだで、勇者も皆其々の勇者で構わんと思うぞ。お主が思う勇者として生きる、それで十分じゃと思う、生きてさえいればどうとでもなるんじゃから》
僕の思う勇者像。
《すみません、ありがとうございました》
《ほれ、ワシの分まで戦い平和を維持してくれるお礼じゃ、持って行きなされ》
《はい》
俺とトシオさんとの出会いは、突然だった。
「鈴木さん、空から女の子が」
「あぁ、どうする山本君、君が受け止めるか」
「え、ココは主人公格が受け止めるべきでは、それに俺には五ノ竜が居ますし」
「俺にも相手が、しかも2人も居るんだが」
「折角なんですし、もうハーレムに」
《もー、君ら良い年して。鈴木さん、空から女の子が》
「森さん、頼んだ」
《え、ちょ、そんな》
「ミーミルさんと全然進展して無いんですし、いっそ偽装に使えば良いんじゃないですかね」
「まだ受け入れて無いのか」
《いや、それは、てか加速してません?》
「あぁ、不味いな」
「鈴木さん、もしかして何か能力も持ちかもですし行って下さいよ」
「まぁ、仕方無い、か」
そうして空中で抱き留め、城の医務室へ寝かせていると。
《んー、婆さーん、婆さーん》
婆さん。
《婆さん》
「この人、もしかして転移転生者なんじゃ」
「あぁ、かも知れないな」
《お爺さん、朝ですよ》
「森さん」
「あ、起きた」
《婆さんは、ココは、何処じゃ》
見た目は美少女、けれど中身は。
《私は森、この人は鈴木さん、で隣の彼は山本君》
《あぁ、どうも、佐藤トシオ、82になりました》
後期高齢者男性が、何故、美少女に。
「あの、ココが何処だか分かりませんよね」
《神様に婆さんを探しに行ってみないかと問われて、承諾したんじゃけど、なんじゃこの手は》
《トシオさん、はい、鏡》
《ぬぉっ》
トシオさんは鏡をまじまじと見つめると。
顔を撫で、鏡から視線を外し、今度は全身を眺め始め。
《あのー》
《ワシ、可愛くなっとる》
《ですね》
《何でじゃ》
《神様に選ばせて貰ったりとかは》
《無かったが、こう、普通は姿形を選べるんじゃろか?》
《そこはまちまちですね、選べない人も居ます》
《はー、ワシ、婆さん探したいだけなんじゃけど、コレ良いんじゃろか》
「あの、失礼ですが、その奥様のお名前をお伺いしても」
《あぁ、ミツヱ、佐藤ミツヱ。享年81で、ワシが、ワシ、多分、亡くなったんじゃよね》
「はい、多分」
《ワシコレ、幾つなんじゃろ、明らかに未成年なんじゃが。探しに行けるんじゃろうか》
「あの、僕、そうした事を見抜ける技が有るんですけど。使っても良いですか?」
《頼む、ワシがワシを良く分からんのは何だかむず痒いでな、頼む》
「はい、分かりました」
そうして山本君の鑑定の結果。
「夢魔属、サキュバス種上位」
《しかも、ふたなり》
《ふたなり?》
「トシオさん、前も両性具有でした?」
《いや、ワシは男じゃったよ》
《トシオさん、ふたなりって、つまり両性具有なんです》
《ワシに、両方、付いとるのか》
「はい」
《コレ、ワシ、婆さん受け入れてくれるんじゃろか》
《それは寧ろ、トシオさんの方が心配すべきかと》
《ほう?》
《妖怪、女郎蜘蛛とか猫女とか居るじゃないですか、もしかしたらミツヱさんそうした生き物に生まれ変わってるかもなので》
《そうか、ワシもこうじゃし、そうか、ミツヱも》
「あの、もし何か有れば俺らが何とかしますから、一先ずは生活基盤の立て直しと」
「いや、先ずはココを知って貰おう、トシオさんは暫く賓客扱いで」
「はい」
《すみませんが、何も知りませんで、宜しくお願い致します》
こうして、俺達はトシオさんの面倒を見る事になった。




