16 ピアノ。
《ぁ、ぁりがとう》
「いえ、俺も興味が有ったので。それに、手配してくれたのは渡辺さんですから」
《い、言わないでくれたから、居ない、渡辺さん》
「あぁ、気を利かせてくれたのかも知れませんね」
《あ、ぁ、そうですか》
魔法の有る世界なのに、どうして楽器が無いのかと思ってた。
でも違かった、敢えて大事に隠してた。
守る為に、大切にする為に。
ごめんなさい鈴木さん。
討伐させて、ごめんなさい。
「ど、何か違いましたか?」
《ぅうん、同じ、望み通り》
優しい良い音色、演奏者も上手、きっと前世も演奏者。
「五ノ竜さん」
《り、竜が暴れたのは、わ、私のせい》
「それは何か、間違いが」
《こ、怖かった、す、鈴木さんが、怖かった。い、いつか殺されると、分かってたから、だから、怖くて》
私の恐怖が兄弟姉妹に伝播して、だから鈴木さんに襲い掛かった。
私を守る為に、自分達を守る為に。
「でもそれは瘴気の影響で」
《それも、でも、わ、私は、分かってた。す、鈴木さんは優しくて、良い人で、でも、つ、強いから、怖くて》
「お酒は飲んだ事は有りますか」
《す、少し、だけ》
「大量に飲むと意識が朦朧とするんですよ、それこそ日本神話では強い竜が酒に負ける。他の話でもそうです、酒吞童子は酩酊して負ける、それ位にお酒って実は危ないんです、だからココでも絶対に未成年の口に入らない様になってる。瘴気ってお酒と同じだと思うんですよ、寧ろお酒以上に危ない薬と同じ、何をしでかすか分からない」
《で、でも、意識は》
「お酒でも薬物でも全く意識が無いワケじゃないんですよ、途切れ途切れでも意識は有る、それこそ認知症の患者だって不意に全てを思い出す。最初から最後まで全てアナタが望んでした事じゃないなら、瘴気のせいにしても良いと思います」
《でも、止めなかった、何処かで死んでくれたらって》
「誰だって圧倒的に強いモノには恐怖する、それこそ熊だって、ワニだって怖いじゃないですか。しかも死闘を繰り広げたって、倒す為に戦った、生きる為に倒そうとしただけです」
《でも、前は、人だったのに》
「確かに僕は転移者ですから分かりません、でも想像は出来ます、どれだけ竜の感性や本能に引っ張られたのか。だから本能って言うんですよ、生存本能、そして直感が死を予見した。僕は当時を知りませんがコレも予想が付きます、アナタ達が襲わなくてもいつか誰かがアナタ達を襲った、襲わせた。だから鈴木さんをあの時に襲い、死闘にまで持ち込めた、もっと後になってたら確実に死んでいた。でも、鈴木さんが現れて直ぐには襲わなかった、その間、ずっと抗ってたって事じゃないですか」
《でも、でも結局は》
「それも正解だと思います、飼い殺しにされ苦痛と屈辱を与えられるよりは、死んだ方がマシな場合も有りますから」
《でも、私は私を、許せない》
「他の竜が良い家族だからですよね、あの時にもっと抑えられていたら、誰も死なずにこうなっていたかも知れない。でも俺にしてみたらそれは理想論です、皆さんが口を揃えてクソだと言う世界で、それは叶う筈が無い。あの鈴木さんが死に追い込まれる位クソなんですから、絶対に誰かが何かした。でも、居なかった俺が言う程度じゃ、難しいですよね」
《山本君を、信じてるけど》
「良いんです、鵜呑みにしないのは賢さの証でも有りますから。待ってて下さい、信じて貰える様に、証明してみせます」
《で、でも》
「大丈夫です、直ぐに終わらせますから、待ってて下さい」
どもらなければ、引き留められたかも知れない。
こんな自分に労力を割かないで欲しいと、そう言っても、それが無駄だと分かっていても。
「竜人との対話、か」
「はい、来歴は知ってますが、お願いします」
正直、誰も言い出さないままで、俺はどうすべきなのかずっと悩んでいた。
触れない事が正解の場合も、触れる事が正解の場合も有る。
ただ、俺は謝る気は全く無いし、向こうに謝られたいとも思わない。
なら、このままでも良いだろうと思っていたんだが。
『山本君、口を挟む様で悪いんだけど、どうしてその結論に至ったのかな』
「田中君」
「五ノ竜の為です」
「あぁ、だがもう少し、詳しく良いだろうか」
「クソみたいな世界と、五ノ竜の能力のせいなんです」
『それがどうして対話になるのかな』
「仮に、あの時、七大竜が暴れずに居たら、絶対に狩らないでいられた世界線がありましたか」
「いや、無いな。俺が来る前から既に七大竜の名は世界に轟いていた、1匹でも狩れたら英雄、それこそ勇者だと。そうか、俺が脅威となるまで誰かが抑えていたのか」
「それが五ノ竜であり、襲う原因となったのもまた、五ノ竜なんです。死を直感的に予見し、瘴気に恐怖を増殖させられ、兄弟姉妹にまで伝播する事となった、と」
『あぁ、だからか、それで五ノ竜は自分を責めてるんだね』
「はい、もしあの時に自分がもっと抑えられていたらと」
「だが増殖させられるのは恐怖だけじゃ無い筈だ、勇者としての俺の感覚としては、半分は戦いを楽しんでいたぞ」
「それでも、彼女は自分を責めています」
「分かった、だが五ノ竜だけで良いのか」
「一先ずは、はい」
「何故だ、山本君」
「俺の父親は冤罪に死に追い込まれ、俺にも、被害が出ました。だから誤解や思い違いが許せないんです、それに恩義の無い行動も、裏切りも、苦しむ必要が無い人が苦しむのも嫌なんです」
『つまり、君の個人的な事で鈴木さんに動いて欲しいとすると、その対価は?』
「忠誠を」
『じゃあ五ノ竜を殺す命令が出たらどうする?』
俺を守りたいのは分かるんだが、田中君。
いや、寧ろ後で労っておくべきか。
「事情に、よります」
『忠誠より個人の正義を押し通すんだね』
「時と、事情によります」
「それで構わない、俺が間違っていると思えば、寧ろ進んで言って欲しい。そして、出来るだけ、命懸けで間違いを正して欲しい、それが対価だ」
「はい」
「よし、行くか」
偉くなるのはやはり性に合わないな。
誰かに嫌な事を言わせるのは、愉快な事じゃない。
《ぅ、勇者、鈴木》
「謝らない事を謝らせて欲しい、アレが悪い事だとは、今でも思えない」
《ち、違うんです、あ、謝るのは私の方で。す、鈴木の、事は、分かってました。け、けど、どうしても、怖くて》
「ココに来る前に一と三ノ竜に確認したが、楽しさも有ったそうだ、それに倒されるとは思わなかったとも、お前が1番に優しい竜だとも。オスの竜は戦う事こそ本能、メスは家族を守る、それが本能なのだと」
《で、でも、わた、私、前、前は人だったんです》
「すまなかった」
《違うんです違うんです、ひ、人だったのに、分かってたのに抑えられなくて。だ、だから、本当は、だ、誰にも言わないつもりで、な、なのに》
「言ってませんよ、言うつもりも無かった、でも言わせたかったのでこの手を使いました、すみませんでした」
《な、なん、なんで》
「苦しむ必要が無いと思ったからです、それに、知っても揺らがない強さが鈴木さんに有ると思ったからです」
「五ノ竜が望む事は出来るだけ叶えるつもりだ、それこそ俺が記憶を失くす事も厭わない」
《そ、そんなの望んでません、た、ただ、ざ、罪悪感を、抱いて欲しく、なくて》
「すまんが無い、七大竜を倒した事については。だが、五ノ竜の事に気付けなかったのはすまないと思うが、あの時の俺には気付けなかったのも事実だ。少し、昔話をするが、暫く付き合ってくれ」
私が知らなかった事、兄弟姉妹がどうやって鈴木さんと戦ったか。
鈴木さんはどんな状況だったのか。
当時、兄弟姉妹はルーティンを組んで、敢えて街中に居る鈴木さんを襲っていた。
そうして街の外で野営させ、時に魔獣を追い立てて襲わせる。
《け、結構、姑息です、ね》
「完全に怒りに我を忘れているとは到底思えない行動でな、しかも俺が怒りで叫んだ時、笑った様にしか見えなかった」
《あぁ、それは多分、三ノ竜ですね》
「狩りとしては確かに上手いが、同時に楽しかったのだろうとは思う。だが俺の強さが閾値を超えたのか、何か逆鱗に触れたのか、綿密さが失われ力技になってきてな。あの時にダンジョンが有れば、確実に逃げ込んでいただろうな、お互いに全てが限界だった」
そうして先ずは三ノ竜がしつこく食い下がり、負けてしまった。
そして次は二ノ竜が向かい、一ノ竜。
巣の周りを守っていた姉妹達の最後に、私。
《ぜ、絶望しました、やっぱり来た、と》
「泣いていたものな、あの咆哮で完全に耳がやられ、食い殺されるかと思ったんだが」
《大剣、もう1本、有りましたね》
「アレで最後だった、少しでも間違えば俺が死んでいた」
《でも、そこは良かったです、違う後悔が出たと、思いますから》
「俺もだ、だから山本君の言う通り、クソな世界のせいだ。俺は君達の本質を変えてはいないんだが、今でも、俺が怖いだろうか」
《いえ、でも、祝福を》
「竜の本能にだけ縛られるな、俺が願ったのはそれだけだ。それに、あの時よりももっと俺は強い、死の直感はどうだ」
《無い、ですけど、でも》
「例え俺が倒さないにしても、アホが仕掛けて来た可能性は十分に有る。あのままなら死んでいた、抗う事は悪じゃない、俺が逆でも同じ結末の筈だ」
《でも、鈴木さんは優しいし、強いし真面目だし、私、あんなに頑張れない》
「俺を襲わない様に抑えて我慢してくれてたんだろ、恐怖や葛藤を。他の魔獣も、四大魔獣だが、アレも相当な戦闘狂で。あぁ、呼ぶか」
鈴木さんが魔王になっていた事は直感で分かっていた。
でも、目の前で見ると、やっぱり鈴木さんは優しい魔王様だって。
「少し、心臓が止まるかと思いました」
「すまんな、コレでも時差が有った方なんだが」
《やっぱり凄いですね鈴木さんは、四大魔獣を呼び出して人化させちゃうんですから。無理ですよ私じゃ、逆でも私には無理です》
五ノ竜のどもりは、心的ストレスから。
興奮して素直に話すと、殆ど現れない。
それだけでも、俺の心はかなり楽になった。
けれど。
「鈴木さん、一応は俺に魔王だって事を隠してたんじゃ」
「いや、気付くなら気付けば良いし、何か言いたい事が有るなら言うだろうと思って放置していただけだ。それに、鑑定スキル持ちに隠せるとも思えないんでな」
「あぁ、俺のスキル分かってるんですね」
「幾ばくかは、覗き見るのはあまり好きではないし、渡辺さん達を信じてるからな、要所だけだ」
《あ、わ、じゃあ、私、言わなければ》
「先ずは話し合ってからと思ったんだが、全く想定していなかった、すまん」
「あ、謝り合わないって約束でしたよね、鈴木さん」
「すまん」
「四大魔獣から戦闘は楽しかった事、瘴気の作用は相当だとも証言が取れたんですし、もう、次に進みましょう」
「どうだろうか、こうなると五ノ竜と呼び続ける事に違和感が有るんだが」
《そ、その、わ、私、凄い、き、稀少、名字で》
「正直俺は凄く羨ましいんだが」
「分かります、何人振り向くんだって時が有りますからね」
《で、でも、すすす、直ぐに、と、特定、されるので、わ、私は、か、変えたかったです》
「山本君、伊集院」
「いえ二階堂で」
《それ、なりたい名前、ですよね》
「成程、三文字では無いのか」
「意外と四文字かも知れませんよ、思い付きませんけど」
《に、二文字、以下です》
「全く想像が付かん」
「あ、漢数字の一で、一」
《凄いですねその読み》
「ドラマとか観なかったんですか?」
《ぴ、ピアノと、勉強で、すみません》
「俺も知らないんだが」
「それは追々で、何かヒントをくれませんか?」
《し、植物、です》
「広いな」
《く》
「あ、そこから連想しましょうか」
「く、植物で、く。栗の木」
「クシの原料かも知れませんよ、ツゲの変わった字とか」
「そのクシは、串か?櫛か」
《クシでもツゲでも無いです、読みは三文字です》
「南で、くすの」
「あー、有りそうですね、難読に有りそうですけど」
《あぁ、楠の木を無しにして、成程》
「違うか」
「でも有りそうですよね、本当。薬さん?」
「あぁ、有りそうだが」
《違います、漢字二文字、読みは三文字で植物関係です》
「く、桑野」
《違いますけど、惜しい》
「惜しいのか」
「成程、果物、ですかね」
《はい》
「イチゴか」
《いいえ》
「じゃあ、蜜柑」
「あぁ、確かにな」
《いいえ》
「バナナの漢字は有るのか?」
「あー、どうなんでしょう、遠藤さんなら知ってますかね」
「確かにな、だが正解まで知ってしまいそうなんでな、追々聞いてみよう」
「ですね、あ、キウイ」
《有ると思います?》
「ちんすこうも漢字有るんですよ」
「そうなのか」
《名字ですからね?》
「あぁ、すまない」
「あ、林檎」
「それこそ名前、下の、まさか」
《はい、林檎です》
「下の名前考えるの凄く大変そうですね」
《そうなんですよ、本当に、もう、完全に特定されちゃう》
「黙っておこう、山本君」
「ですね」
「よし、俺は帰る、じゃあまた」
「あ」
急に気を利かされても。
《ぁあ、ぁりがとう、ございました》
「いえ、余計な事にならずに済んで、良かったです」
《ぉお、お礼を、しないといけないんですが、わ、私、得意な事が、無くて》
「ピアノは」
《そそそ、そんな、き、聞かせられるものじゃ、無いですし。て転生者だと、バレるのも、嫌なので》
「じゃあ、暫くして覚えたって事にしませんか、もし弾くのが嫌では無いなら、ですけど」
《あ、あの演奏者の方が、じょ上手なので》
物語みたいに上手くいきませんよね、やっぱり。
でも、物語の様に上手く流れを作るには。
「一緒に、料理を習いませんか、兄弟姉妹への贈り物にもなりますし」
《皆、味に煩いので》
「あぁ、ですよね、確かに」
《そ、その、何か、誰か好きな人が出来たら、その人を見れば分かりますよ、み、脈が無いかどうか》
「因みに、七ノ竜と松本さんって」
《無いですね、全く》
「あぁ、まぁ、子供ですからね、松本さんは」
《はい、七ノ竜にも良く言って聞かせてるので、大丈夫です》
「蛙化現象って、知ってますか?」
《それは、どんな現象、なんでしょう?》
「恋愛で起こる事なんですけど……」
物語なら、どうしたら素直に受け入れて貰えるんだろうか。
どう言えば、分かって貰えるんだろうか。
俺が知るより、知って欲しい。
俺の気持ちを。
キャラ紹。
名前 五ノ竜(元林檎 名字ランキング66,157位
称号 七大竜人
性別 一応女
特徴 直感
《り、リア充は、死ね》
名前 山本 名字ランキング7位
称号 付与術師
性別 男
「それでも限界は有りますけどね」
名前 鈴木 名字ランキング2位
称号 勇者→魔王
性別 男
相手 メリッサ、田中
「本当に、すまないと」
名前 田中 名字ランキング4位
称号 ???
性別 男→両性具有
学歴 経済学部経済学科中退
『お疲れ様です、鈴木さん』




