じゃあ ──ふれんず
駅前のベンチに座りながら私は深い深いため息をついた。
周りのベンチには、同年代の高校生カップルばかりだ。楽しそうに話をしてやがる。
中にはそっとチュウしてるのもいる。
あのなー、先生とか親とか近所の人に見られたらどうすんだよ。信じられねー。リア充、全員爆発すればいいのに。心からそう感じる。
「オイオイ、聞いてんのかよ」
と、私の隣に座ってる同地域で同級生の菊史郎が聞いてきた。菊史郎は部活の愚痴を話してやがったのだ。まるで色気がない。
他のベンチを見ろよ。みんな週末のデートの話とか、卒業旅行の話とか、親の目を盗んでどちらかの部屋にいく話をしてるってのに、テメーの顧問の話とか、OBの話とか、後輩の話を聞かされて、どうリアクションしろっていうんだよ。
私は菊史郎に問うた。
「あのっさぁー」
「ん? なに?」
「たまたま帰る方面が一緒で、クラスも一緒。部活終わる時間も一緒で、あんたはいつも、このベンチで「話足りないから少し話してこう」って一方的に話をするだけよね」
「うん、そう。それで顧問がよ」
「違う。あんたの部活に興味ない」
「え?」
「え? じゃねーよ。周り見てみろよ」
菊史郎は周りを見て、一人のカップルの女子と面識があったらしく、手を上げた。向こうもそれに応じて楽しそうに手を上げる。それをその女は彼氏に咎められていた。
そりゃそーよねー。菊史郎みたいなイケメンに手でも上げられたら、反応しちゃうのは無理もない。
私なんて小中高と一緒だから、免疫がある、なんてのはウソ。
私がムカつきながらも離れられないのは、私が中学生の頃から一方的な思いを抱いているから。だけど幼馴染みという関係がそんなのを出させない。
菊史郎から言ってくれたら、いいのに。女王気質の私からなんて一生言えん。
「誰? あの人」
「ああ、駅でよく会う人。前に連絡先貰った。あの制服、どこ高だ?」
「西二高でしょ……。連絡してんの?」
「いや。用はないし」
「はー……」
なんなの、あの女。彼氏がいて、菊史郎にもちょっかいかけてるなんてろくな死にかたしない。菊史郎が男女の付き合いに余り興味ないから助かってるだけ。私が。
「うーん、瞳は部活の話は嫌かぁ、じゃあさぁ~」
「あのさぁ、菊史郎」
「なに?」
「私が言いたいのは、この周りのベンチはみんな付き合ってる人ばっかりだよねってこと。菊史郎はなんで、いっつもこのベンチに座るわけ? 私らってそう言う仲じゃないよね?」
と問い詰めると、菊史郎はもう一度周りを見渡してから赤い顔になっていた。
アカン。こやつ、そう言うの考えないで座ってたんだわ。菊史郎が私に特別な思いがあるんじゃないかって、考えも終わったわ。やっぱりコイツに振り回されてただけ。
しかし、菊史郎はうつ向きながら小声でポツリと言ってきた。
「……じゃあ、付き合う、か?」
その言葉に私は驚いた。菊史郎が私と付き合いたいと思ってた。
パァっと心が晴れ渡り、私の周りには天使が飛び交い、祝福してくれているイメージが沸き立つが、それに女王の私はいつもの調子で返してしまった。
「じゃあって? じゃあってなに? そのじゃあ、付き合いましょう、とか、物のついでみたいな言い方なら付き合いたくない」
バカーー!!
私の拗らせっぷりご健在。なに菊史郎みたいなハイクラスの男子が付き合いましょうって言ってるのに、何を女王さま気取りか、私──!?
だが、菊史郎は慌てていた。
「いや、じゃあっとは思ってない。そーゆーつもりではなかった。ウン」
おおっと、困ってるぞ~。そうだ。私と付き合いたいなら、言ってくれよ。その甘いマスクで、とろけるような愛の言葉をよぉ~。
「まぁ~、そのぉ~、じゃあ、じゃぁあ~。あ、じゃあはダメなのか。それじゃあ、俺たちも、その~」
「いや、じゃあじゃあ言ってるけど? お前は炊飯器かよ」
「いや、炊飯器なワケねーだろ」
「知ってるわ! 早く言えよ」
「ウケる。ホント面白れーなー、瞳は」
そう言って、腹を抱えてクック、クックと笑っている。なんなのコイツ。
「それで?」
「ん?」
「じゃあ、じゃないんでしょ。続きは?」
「続きは、その~、まぁなんだな」
頬を掻きながら、しばらく無言。やがて顔を赤くして立ち上がった。そして、私の手を取る。
「ちょっと来て!」
そう言って、菊史郎は私を連れて細い路地裏へ。菊史郎の行動に、後ろからヒューヒューと口笛がなる。みんな見てたのか……。
やがてひと気のない、ゴミ集積所へ。いや、ひと気はないだろうけど、ここ? ロマンもへったくれもなくね? このシチュエーションは菊史郎は告白を考えてるんだろうけどさぁ。
「ひ、瞳! 突然でビックリするかも知れないけど……」
いや、今までのでだいたい分かるわ。付き合いたいのねー? 当然「好き」って言って貰えれば付き合うけどさ……。
「幼稚園のとき、絵本を貸してくれたよな。あの時から、ずっとお前のこと……」
よ、幼稚園? 一緒だったっけ? いやーん、それは覚えてない。小学生からだと思ってた。
「あと、小二、小三の遠足、同じ班で弁当分けっこしたよな。おやつも。あの交換したおやつ、なかなか食べれなかったなぁ……」
し、知らん! そんなことあったの? いや、私が思い続けてきた年月どころじゃねぇ。コイツ、ストーカー予備軍。
「小五の時の運動会、走るお前をずっと見てたよ。一生懸命なあの姿に憧れてたんだ」
す、すげえ入れ込みよう。鋼の私一筋。参りました。
それからも、菊史郎は今まで私を見てきた経過を語って、最後に言った。
「ずっとずっと好きだった。だから付き合って欲しい──」
オイオイ、その思いのやつが「じゃあ」でなんで片付けようとしたんだよ……。コイツ、情熱的なんだか何なんだかわからん。
でも、まあ、良いのかな……。私が促したようなもんだけど。じゃあ、で済まそうとしたけど。ゴミ集積所の横だけど。
「じゃあ、ハイ。よろしくお願いします」
「じゃあ?」
菊史郎はニヤリと笑った。ムカつく。私は即座に鞄を振り回して菊史郎の腕を殴りつけた。
「痛ァ!」
「なんで笑った? あんたも『じゃあ』つったろ?」
しかし菊史郎はなぜか食い下がる。
「いや、俺はちゃんと言い直したし。一世一代の告白もしたし。瞳にもちゃんといって欲しいなぁ……」
なにコイツ! はあ……、しゃあねぇ。
「私も。だから付き合おう」
「えー!?」
「何か不満でも?」
「いや、好きとかいって欲しいなぁって」
くぅ! なんでだよ。それは男の仕事でしょうに! なんで女王の私がノコノコと玉座から降りてお前に近づき、手を取って「わらわもそなたを愛していますぞよ」と言わなきゃならん!?
言えん。言えんぞよ。私には。
でも……。付き合うって恋人になったんだよな、そしたら恋人らしいこと菊史郎にしてもらおう。
「じゃあさ……」
「うん?」
「菊史郎の好きなこと、ひとつしてもいいよ」
と言って、菊史郎に顔を向けて目を閉じた。ゴミ集積所の横だけど、ここなら暗いし、誰も来ない。
菊史郎は、アホみたいに「ひゃあ!」と言った後で「ホントに?」と私の肩に手を添えた。
そして、私の左胸を触ってきた。即座に平手打ちを食らわせた。
「コラー!!」
「え? え?」
「なんなの、このスケベ!」
「だって、好きなことって……」
「普通、女が目を閉じてたら、キスだろうが!」
「あっそうか……」
そうか、じゃねぇ! なんなんだ、コイツ……。
「じゃあ、キスする?」
でた『じゃあ』。
その日はしらけて帰ることにした。でも帰る方向が一緒だから、何だかんだで最後の方でファーストキスを向かえてしまった……。