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家事発動!


 「おじさんにお話があります」


 朝食を食べ終わり、ごちそうさまをした直後に少女―あきらはそう言葉を継いだ。


 「話?」


 おじさんと呼ばれた彼―俊光は訝しげな表情を浮かべる。

 真面に向き合ってまだほんのわずかの間しかないが、それでもかなり真面目な話らしいからだ。

 別にあれこれと命ずる気はないし、成人するまできちんと面倒を見るつもりだ。幸いにも蓄えはかなりあるし、片手間での副業でもそれなりに潤っている。これといった不満を持たせない気でいるのだが……


 「そこです」

 「そこ?」


 「せめて……せめて家事くらいさせてください」




 このハウスに来て一週間経ちました。

 通院スケジュールも渡してもらっているし、見覚えはないけど生活をしていた部屋と言う矛盾した自室もすんなり受け入れられますた。うん。ホント意外にすんなりと。

 ええ、良い部屋っスよ。味気ないにも程があるけどな! 前の私よ、せめてカレンダーくらいは置こうぜ。漆喰の壁には何も無くて、窓には一応カーテンはあるけど無地のものだし、押し入れ戸棚に一応は服があるけど買ってきた服の方が多いってなんぞ……下着もほぼ同数だし。無地だし。

 ま、まぁ、これから飾れば良いよね? つってもポスター一つ持ってないから今度カレンダーでも買ってもらおう。部屋には時計も無かったよジョニー。誰やジョニーて。

 因みに周囲の環境はステキだ。

 田舎あるある宜しく隣近所まで距離あるから凄い気楽だし、何者かが来ても分かり易い。十字路からこっちには他に道無いから、明らかにこっち来てるなって感じに気付ける。


 それに自分、まさかの超感覚持ちの可能性高しなんスわ。

 対象男性のみだけどなっ ホンマに郵便屋さんとか向かって来ると視界に入るとかバイクの音とかじゃなく、ぞわわって分かるの。シャレにならん。

 それは置いといて、何でか防犯カメラもあるし、おじさんがまめに掃除するタイプの男性なのでお家もきれいだしホント環境はいたせり尽くせりな訳ですよ。

 ……でもね、あれですわ。


 自分のやる事のなさと無職っぷりがキツイんスわ!!


 いやね、自分の着る物の整理やら教科書――何かいたずら書きやら破られてたりするけど――を見直して勉強したりとか、そこそこ忙しいかったとは言っても、この一週間ずっと上げ膳据え膳されっぱなしだった訳ですわ。流石に自分の下着とかは洗ってますけどね。え? 服は男物と一緒に洗っても良いのかって? スンマセン、嫌がる意味ないかなって。

 あ、おじさんのご飯は美味しいですよ? 料理上手いっスねっ! おじさんのイケオジ度さらに爆上がりですよ。はい。

 確かに自分にはキッついネックとして例の症状(男性恐怖症)がありますわ。その所為で普通の就学は無理っぽいし。つまり現状だと就学にせよ資格にせよ選択の幅がごっつ狭いんですわ。

 そんな私という負担を強いらせつつ生活まで任せっきりでだらだらするのは居候としても人としてもアカンじゃないですか。

 だからせめて家事くらいはやらせてもらいたい訳ですわ。


 「別に俺が全てやるだけで、お前は好きにしてていいんだぞ?」

 「勘弁してつかぁさい」


 マジ切実に。ハート痛むんよ? ニートマンっスよ? いや今は女だからニートマンレディか? いやそんなんどーでもええわっ!! ともかーく! このままじゃ生活無能感が纏わりつきそうなんスわ。


 「それに、ただただ甘え続けるだけじゃあ自立不可じゃないですか」

 「症状が症状だけに自立の目途は……」

 「それは横に置いといて!」


 淹れてくれたお茶を手にしつつシャラップと手で制す。こんな風にごく自然に世話を焼かれると、ずるずるとダラダラ症になりそうで怖い。自堕落って穴はね、一度堕ちたら沁みがついて中々抜け出せないんだよ。

 それにキチンと理由もある。何もしないでいるより家事手伝いなどして動いていた方がリハビリになるし、何より宅配やら郵便局の人とか来ても玄関にすら行けないのは自立の道からほど遠すぎるし大問題だ。だから家事。家事をするのだ。大いなる一歩でも踏み出さなきゃ地団駄なんだよ。

 そう論理武装で押してみた。


 「まぁ、そこまで言うなら……」


 おじさんもリハビリと言われると弱いのかそう折れてくれた。ありがとー

 自分の弱みをチラつかせてつけ込んだ気がしないでもないけど今は棚に上げて置く。

 どっちにしろ下着とか自分で洗う訳だしおじさんの分が増えても誤差だ。だいたい下着って手洗いなんだぞ。めんどいぞ。コットンだけど。おじさんのトランクス程度でビビるもんか。こっちは月一で血見てビビる体だし。今は精神(ココロ)がごたごたしてて不順になってるらしいけど。

 ともあれ食器の片づけから始めさせてもらえる事となったとさ。めでたしめでたし。




 甲斐甲斐しく食器を片付けて洗い物に入るあきらを少々心配はしていたが、意外と危なげない手つきだったのでそのまま見送った。

 新妻宜しく楽し気に食器を洗う様は見ていて微笑ましい。何しろまだ14なのだから初々しさも当然なのであるが。

 見ると、飯を入れていた碗は先に水に漬けており、皿類は一度キッチンペーパーで拭い、それからスポンジで洗っている。今日の朝食は焼き鮭だった為、油が付いているからそうしたのだろう。俊光は食洗器を持っていない…というよりわざわざ買う気も無かったので洗って乾燥機に掛けるのが常だ。

 少女はささっと、それでいてて丁寧に汚れを落とし、水気を切ってから乾燥機に入れ、シンクを別の専用スポンジで洗い流して二つのスポンジをぎゅっと絞って脇のカゴに入れて乾燥機をかけた。

 これはこの三日の間彼がやっていた事をなぞっいてると思われる。見様見真似ではあるが見ただけでその通りできれば苦労はない。家事をしていた者だからこそできる見真似だ。

 その後、よしとばかりに風呂場の方にかけて行き、色柄物などをチェックしつつ洗濯作業に入った。

 意外と洗濯法も知っているのか、白地で汚れているものは石鹸をすりつけてブラシで擦っていた。

 確かに洗濯用石鹼とブラシは置いてはあるが、そもそも洗濯用ブラシなぞ使う事を知らねば使おうとはしない。特に洗濯用石鹸は知らない者も多いのだ。擦り方にも手慣れたものを感じられる。本当に危なげが無かった。


 考えるとあの事件(・・・・)まできちんと向かい合っていなかったように思う。会話らしい会話も交わした覚えが無いほどに。

 大切な人だった女性の一人娘。

 引き取り手のいない…誰も名乗りを上げようとしない中、両親の位牌の横にぽつんと独り染みのように蹲っていた少女。

 自分が名乗ってみるとこれ幸いと皆が厄介払いできると喜びの表情さえ浮かべていたのが思い出しても腹立たしい。

 この家に来て二か月もの間もそもそと食事をし、ふらりと学校に行き、いつの間にか戻り部屋に閉じこもる日々。

 接し方も分からず会話の欠片すら届かないそんな日々だった。

 そして事故が起き、入院し…あの事件だ。

 ぎりぎり間にあったとはいえ、自分の見知った街であんな事を…それも身内にされてただで済ませたりはしない。八つ当たりと言われればその通りなのだが、事件の加害者は勿論、あの人を失った事故の件(・・・・)も許す気は更々ない。せいぜい苦しんでもらう。細かい部分は全て弟分…ナオ(直樹)に任せたのだからただでは済まないはず。

 『そこそこ金にはなります』と言っていたから搾り切られるだろうが知った事ではない。


 「おじさん、お昼作らせてもらえます?」


 気が付けばそこそこ時が過ぎていた。

 時間としてはまだ早いが、用意をし始めるにはちょうどいい時間にあきらがそう声をかけてくる。


 「え? できるのか?」

 「自信はないけどできる思います。いいですか?」


 そう真剣にお願いをしてくる彼女の表情に今までの暗い思考は飛び、頬を緩めつつ快諾で返した。


 「やたっ! じゃあ台所お借りしますっ」


 素直で…記憶がないというのに芯の強い子だ。いや、空元気なのは分かってはいるがあえて指摘するものでもないし。

 まだまだ不安は残るがあの元気な背を見ると少しは気が楽になった。もはやあんな奴らを気に掛ける気はない。彼女のささやかな幸せを願うのみだ。


 だから――この娘の幸せの糧になるよう、足掻き苦しんでくれよ?



 朝は普通の焼き鮭定食(味噌汁付き)風にしてくれたから、お昼は少しはボリューミーにしたい。

 冷蔵庫開けて最初に目に入ったのはツナ缶。これ使おうと即決。

 ご飯はお昼分はまだあるし丁度いい。香の物…あ、沢庵あるね。しそ風味か、いいよこれ。

 朝の味噌汁が残ってたから温めなおして味見…おじさん、出汁の味の方が濃い系。豆腐と玉ねぎの味はまだ邪魔してないから味噌足したりしなくていいね。

 フライパンは20㎝サイズ。使い勝手良いやつ。これを熱してごま油を垂らして伸ばし、砂糖を加えた卵を炒る。おじさんは分ってる人(・・・・・)のようで菜箸が何本もあったから遠慮なく使わせてもらう。後で洗うの私だし。

 そぼろが出来たら取り分けてフライパンを綺麗にしてからツナ缶の中身を全部投入。火加減弱目で細かく炒り潰しつつ醤油とみりんを加えて味を調える。元々いい味してるから水分飛ばすだけで出来上がるのが良い。

 んで、どんぶりにご飯淹れてそぼろにした卵とそぼろにしたツナをのっけてできあがり。

 シンクの窓際に置いてあるコップに三つ葉が入れられてたから、使っていいか聞き、許可が出たから葉をとって丼の上にのっけて完成! 陸海他人丼!(+タクアン&味噌汁)

 手抜きで雑だと笑わば笑え。何か食べたくなってもたんや。しゃーないやん。

 でもってだ……おじさん、どないスか?




 「意外だな」


 と、俊光は感心して目を見張った。

 「酷ぅない?!」と責める少女をすまんすまんと謝りつつ席について料理を前にした。

 料理の間も何気なく見守っていたのだが、危なげなさはなく手早く正確だった。戸惑いらしき動きはなかった。これは料理の経験が身についている事を示している。記憶はなくとも体が…といったところなのだろう。

 しっかりと箸置きも置かれて箸先をテーブルに付けていないし、思い出し見るとこの一週間の食事もきちんと三角食べをしていた。記憶はなくとも両親の教えが染みついているのかもしれない。

 簡単なものではあるが、その分手間を省きそうなのに器用に菜箸四本持って炒り卵を細かくしていたし、ツナを炒る時も同様だ。そして鍋底を菜箸で引っ掻く音はほとんどしていない。そぼろの味見も手の甲に置いて口に入れていたから本当に慣れているのだろう。

 香の物が沢庵しかなく、卵と色が被って申し訳ないと言っている様からして彩も頭にあったのだろう。ちょこんと乗せられている三つ葉…それもゆるく結んで乗っているのも可愛らしい。

 元々ツナ缶は何にでも合う食材だが、成程こうすると立派な日本食だ。甘い卵との落差も面白いし、かかった時間のわりにかなり美味しい。味噌汁は自分が作ったものであるが相性もいい。

 これなら任せても大丈夫かな……と、彼はこれからの事を楽しみに見守ってゆくことにした。




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