退院復帰!
「お世話になりました」
と頭を下げると仕事だからと返すセンセー。クールというより素っ気無い。面倒見は良いんだけどなぁ。
兎も角、着替えを入れたバックを一つ持ち、私はおじさんの傍にかけて行く。自分的には駆けたつもりだけど速足程度だよ。悲しいね。
そんな自分に優しく微笑んで手を差し出してくれるおじさん。ああ、何か眩しいっス。
やっぱ無骨っぽい大人の男性のスマイルってキますわぁ。テイクアウト幾らっスか? 私、財布開いちゃうよ。
兎も角、そんなおじさんに促され、よっこらしょっと車に乗る。
……文句ある? 実際、よっこらしょなんだよ。シートがデカいんだよ。
おじさんの車ってランクル…所謂オフロード4WDなんだよ。だからシートもやや高め出し、私の体格がちっさい事もあって一跨ぎさせられるんだよ。嗚呼、後ろでセンセーが笑ってるのが分かる。少女に大股させるなと言いたいけど、車に文句言ってもしゃーない。
私の微妙な葛藤を知らずか、おじさんはドカっと運転席に座りエンジンを掛けた。
今日は私の退院日でぇす。
あきらにとっては初めて…実際には一ヵ月ぶりの俊光の住居に向かう中で、何だか遠足の引率者になった気分だ。と、彼は微笑ましい感情が湧いていた。
軽い、というよりはゆるやかな空気が少女から伝わってくるのだ。
実際には彼女の症状は相当に重い。重度の男性恐怖症で、担当医になってくれた精神科医の後藤 真季江は、普通なら実生活もままならないレベルだと語っている。
何しろモニター越しの男性キャスターにすら硬直するのだ。画面が近ければ錯乱すらする。
それでいて、構成された映像…つまり過去の映像には全く拒否反応を見せない。だからドラマや映画等も普通に見る事ができる。通常の男性恐怖症なら例え映像でもそれなりに反応を見せるのにだ。
面白い事に、所謂LIVE中継されている男性…同時間軸で動いている男性にしか拒否反応が出ない。
ホラー映画で男性シリアルキラーが出たとしても、それはホラー映画として怖がるだけで、男が怖い訳ではない。しかし、現在進行形の舞台等ならば例え中継映像であろうとはっきりと恐怖するのだ。
だから線引きができない。いや、正確には難しい。
彼女自身の安全ゾーンの判定が解り辛いのだ。
何しろ、ナオ…俊光の弟分である津田 直樹は安全ゾーンに入る事が可能なのである。
真季江医師は、
「おそらくおじさんとして慕っている貴方が基点になっているのだろう。
貴方が信頼している男性だから、という安心感が彼女を保たせているんだ」
と診ている。
尤も、安全ゾーン中に入る事ができる、というだけで硬直は避けられない。会話を成り立たせる事ができる。コミュニケーションをとる事ができる、というだけであるがそれでも他とは大違いなのだ。
しかし俊光の信頼がそこまで高いのならば普通は依存傾向に入ってもおかしくはない。彼が信じているのだから安心――転じて、彼がいるからそれでいい、と。
だがあきらは反対意見が言える。自分の意思で否応を告げられる。申し訳ないという謝罪と強い恩義を感じてはいるが、俊光を頼りにはしていても傾倒はしていない。
そこが分からない。
ぶっ壊れてもおかしくない恐怖症の中で彼女を支えている芯がしっかとある。その芯の部分が分からないから治療が難しいのだ。
「問診していて分かったのだが、精神年齢が異様に高い。
少なくとも同年齢代の少女のそれではない。
身内の不幸云々以前に、記憶喪失の上に重度の男性恐怖症。
もっともっと取り乱しているのが普通だ。
だが、彼女に混乱は見られない。今を受け入れてしまえる芯がある」
記憶が無いという自覚を持ち、それでいて慌てふためく事もなく落ち着いていて、困ったねと軽口を吐ける。
嘯いているのではなく、単に記憶が無くて困っているだけなのだ。
だからこそ明らかにおかしいのである。
彼女をそこまで異様に強い自己を保たせている何か。ここまで精神に成長させた何か…それが鍵になるのだろうと真季江は見ている。
――そう見てはいるのだが……
と、彼女は真季江は溜め息を吐いた。
分からない事だらけなのだ。この少女の個性は。
ハンドルを握っている為にこっちを向いたりしないけど、意識は向けてくれているおじさん。
歳の頃は40歳手前くらいか。身長は180くらいあってガッチリ系。耳がギョーザじゃないから柔道系じゃないと思うけど、武道やってたんじゃね? という感じがある。ソフトスーツに身を包んだ短めに纏めた髪でやや焼けた肌の色がイカス。
眉は太く、目はやや垂れていて細い。鼻筋も通った良い男だ。
うん。この渋さが堪らない。超好み。チャラつきが無いのが更にポイント高いよコレ。こーゆーの考えてる私の前世がもし男だったらアレだけど、今は女の子だからセーフなのだ。
その上名前まで俊光というカッコ良さ。ステキですわ奥様っ。奥様って誰やねん。
自分は…どうだろう?
鏡はトイレとかでよく見てるけど、全体がやせぎすなんで容貌の良し悪しが付けられん。
これでも多少は肉が戻ったっぽいけど、自分じゃ分かんねぇ。
ホラ、太っていくときのアレ。無駄肉付いていっても何時も目にしてるから自覚が持ち辛いやつ。お医者さんによるとまだまだ理想体重じゃないらしいから増やさにゃならん。
髪は無駄に長い。肩甲骨の下くらいまである。ボサボサしてたけど入院中、先生にトリートメント教え込まれて少しはいい艶になった…と思う。毎度洗えと申すか。濡れると重いんだよ首痛いわ。乙女って大変だよ。
まぁ、お陰で少々癖があるけど綺麗な髪にはなった。と思う。
胸は……カップでいうとBくらい。痩せてたから一気にへこんだらしい。悲しいのぉ。私の年齢は14らしいから未来はあるだろう。多分。いやこの年頃の平均なんぞ知らんし。
ウエストはほっそい。痩せすぎやろってくらい細い。自分のベルト穴見てぎょっとしたし。
そのくせケツでけーのな。安産型って言えばそこまでだけどさ。男性恐怖症に安産とか持たされてもなー……
ケツ>胸>ウエストだからバランス良いかも? 未来は明るいか。恐怖症さえなければな!! うん。自分で言ってて悲しい。
兎も角、そんな私だけどやっとこさ入院生活から解放されておうちに帰れるよーになった。通院は必須だけどな。
車の後部座席は食材やら生活必需品やらで埋まってる。病院に来る前に買い込んだそうな。そりゃ私を置いて買い物行くのも不安だよな。申し訳ねぇ。
食料品を買い込むくらいだから都心部からちょいと離れた自然多めなトコらしい。助かるわぁ。今の自分は人口に比例して不安感増すもん。
お陰で窓の外の景色を楽しむ余裕さえ出てきた。窓越しでも爺さんや少年にすら反応して身が竦むて何ぞ……
田舎って程じゃないにしろホント家少なくて助かるわぁ。
あ、犬連れて走ってるおばさ…いや、おばあちゃんがいる。元気やのう。しかし犬良いなぁ。ぬこも良いけど。
そんな風に流れてく景色に意識を向ける事凡そ二十分。
「もうすぐ着く」
おじさんはそう教えてくれた。
建物が無く、御庚申さんがぽつんと目立つ交差点を左折して直進するして更に数分。
これから私が住ませてもらうお家が目に入ってくる。
「おぉ…」
思わず声が出た。
「ここ、ですか?」
「ああ」
おお…何という……
ユニットハウスだ。
四角いブロックユニットを連結して部屋とか作るアレ。立派なプレハブというか、そういうやつだ。
もちろん壁とかもシックな色に塗られてて安っぽさは無いし、何よりおじさんがそこそこ住んでからだろう、その生活感がある所為か周囲と違和感もない。
強いて言うなら何か広い庭と、その大半を占めている畑。農家ほどではないけど、本格的にやってます感が強い菜園がある事か。
しかし…
「がっかりしたか?」
妙な事を聞いてくるおじさん。何を言っているのか。
この家を見てガッカリとな? ちゃいまんがな旦那。
だからこそ私ははっきりと返した。
「ワクワクします!」
と。
ユニットハウス!! 最高じゃないか。部屋が欲しくなったりいらなくなったり、何かしらで破損したりしても改築改装が楽でいいじゃない。某ゲーム宜しく箱型って好きなんスよ。ブロック式? 楽しいじゃないっスか!! 自分、絶対に部屋接続する作業見てたら脳内でカシーンッ! とかブッピガァンッ! とか言ってるぞ。
それにこの家、独りで暮らすには広いけど、4人とかじゃちょっと狭いという絶妙なサイズ。トテトテ寄って壁にペトリと手を当てて再確認。やっぱり塗られているのは断熱塗料。完璧だ。
正面右にあるガレージが微妙に大きいのは来客時の為かな。さっすが解ってる。
これだよ。これ、男の家って感じで堪らん。
「浪漫を感じるわぁ」
思わずそう漏らしてしまったほどに。
おじさんは一瞬キョトンとしたけど、すぐに苦笑しドアを開けて招き入れてくれた。
ああ、男の家に渋い男の人が招き入れてくれるって素敵やん。
その浪漫シチュにやや酔いつつ、私は新生活の最初の一歩を踏み入れたのでした。
一先ずここまで。