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舞台裏

 うとうとしていた少女に気付き、男――狩野(かのう) 俊光(としみつ)は少女が使っているベドのリクライニングを倒して布団を掛けてやった。

 口元に残っているカスタードに気付き、その子供らしさに苦笑しつつウェットティッシュで軽く拭いてやる。

 彼を継ぐように女医が窓のブラインドを閉めてやる頃には、あきらは静かな寝息を立て始めていた。

 二人は軽く笑みを浮かべでそっと病室を出て扉を静かに閉める。


 「面倒掛けるな」

 「仕事だし。いいのよ」


 女医はニコリともせず、だからと言って突き放す風もなく言葉を返す。

 彼女の名は伊藤(いとう) 葉子(ようこ)。実は彼との付き合いはそこそこ長く十年近くになる。

 ()の付き合いは無かったのだが、()の付き合いの果てに裏に繋がった。そんな年月だ。

 女でありながら一人で病院を動かしているのは、表だけではどうしようもない案件―人に言えない病やら怪我の治療―のお陰であり、生きていける分には別段困る事のない収入がある。

 来院者は主に女性が多く、婦人病か性病、風俗でのトラブルによる怪我等なのでどうにかなっている。後とは風俗店の定期検査くらいなので、下手すると表社会の病院より楽とも言える。何しろ表街道同様に彼女以外の闇医者もそこそこいるのだから。

 そんな中で数少ない信用できる医者である彼女が快く引き受けてくれたのは、俊光にとってありがたい話だった。

 幸いにもこの辺りの治安はかなり高い。警察が睨みを利かせている訳ではなく、地元が睨みを利かせているのだ。


 「だけど、心の方はどうしようもないわ。

  カウセリングは彼女に任せてるけど、芳しくないわね……」


 葉子の言う彼女とは、知人の精神科医後藤(ごとう) 真季江(まきえ)の事である。

 件の女医は葉子とは違い表一辺倒の個人医院に努めており、そこからわざわざ来診してもらっているのだ。

 表の人間には違いないが、裏の人間を知らない訳ではないという事である。

 あきらが転院する羽目になった一件は当然ながら詳細に説明しており、相当に憤慨していた。


 「そういう欲を持つなとまで言うつもりはないが、患者を巻き込むのは言語道断。どうなろうと知るか」


 との事。

 刑事罰の適応するのが正しいだろうし、被害者もきっちり洗い出した方が良いに決まっている。無論、被害者の傷口をわざわざ掻っ捌くのは頂けないが、被害者不明はそれはそれで性質が悪い。しかし病院側も実際には疑わしい患者(・・・・・・)を把握していたらしく、それらは金で黙らせているらしい。

 それに当の加害者は行方不明(・・・・)なのだ。


 「今の世の中で日本人相手に肉屋に出番を回すなんてなぁ……」

 「ゼロ、じゃないでしょ? 日本人でも出物は多いわ」


 肉屋…この場合は臓器屋の事。

 以前は借金で首が回り切らなくなった相手に割と行えていたそれであるが、それはバブル期のように大口の借り手出し手がいくらでもいた時代ならではの話で、今現在は長く搾り取れる方が望ましい世になっている。

 下手に寿命を縮めさせてしまうと金口が途切れてしまうのでもったいない(・・・・・・)のだ。

 パチスロ等のギャンブルに狂い、小金をちびちび借りて積み重なった借金の挙句、回す仕事も無くどうしようもない状態というのなら話は別であるのだが。


 兎も角、そういった臓器屋専門の医者は別にいる。そして彼女も俊光も件の臓器屋の医師の顔を見知ってもいる。裏の顔を知らねば普通に会話してしまうだろう程に、見た目だけ(・・)はごく普通の温厚そうな壮年の医師なのだ。

 真面目な普通の病院の内科医で、本気で真摯に患者と向き合い、治療し、その回復を心から喜ぶ好人物である。しかしその陰には臓器検体者を嬉々として切り刻み決して死なさないサディスト極まりない面が隠れている。人でなし相手だと罪悪感を持たず好きにできるのがいい(・・)らしい。

 このように裏と表との落差が大きく、そして人格も全く別モノという壊れ具合の人間である。こんな案件以外では決して関わり合いたくない人間の一人だ。


 「ナオが無表情で引き摺って行ったからな。俺に合わせる顔が無い顔が無いと」

 「そりゃあ、ね……」


 何しろあきらが転落事故に遭い、救急車で運ばれた際に俊光が弟分に色々と手を回してもらえるよう頼みこんだのだ。

 その彼が「任せてください」と自信をもって勧めた大病院の医師が仕出かした不始末だ。責任を感じるのも仕方のない話だろう。

 憂さ晴らしと言わんばかりに事故に遭った原因を突き回って調べ、警察から情報の横流しすらもらって裏をとった程だ。

 少女が虐めに遭っていた話や、事なかれ主義の担任など胸糞悪い情報が山のように手に入ってしまった。

 件の性犯罪医師は勿論、学校内で虐めに加担した者達も大変だろう。何しろ筋モノにそんな裏情報を八つ当たりの感情と共に持たれたのだから。


 「ま、そこらは任せるさ。こっちはあきらの身の周りで手一杯だしな」

 「ホントにね」


 何しろ男性恐怖症の方は取っ掛かりが見つからない。

 兎にも角にも症状が重すぎる。こうまで酷いのならあの晩の一件以上のショックがどこかにある筈なのだが、その辺りの記憶すらも無いときている。

 転校前の裏も洗ってもらったがそれらしいものはないとの事。

 となると、両親と共に受けた交通事故時に何かしらあったのか、虐めを受けていた中で育まれていったのか、或いは双方が関係しているかになるが、それすらも不明なのだ。


 彼女が手持無沙汰だったか暇だからか、そう長くない廊下を経て玄関先まで俊光は見送ってもらった。

 三階建ての小さなビルを丸々病院として使ってはいるが、目立つ看板等の目印も無い建物には駐車スペースすら無い。ここから近くの駐車場まで歩いてゆくのだ。


 「じゃあまた明日」


 ほんと忠実(まめ)ねぇ…という言葉を背に受けつつ軽く手を振り、俊光は家路についた。

 二か月という短い間とはいえ二人で暮らしていた家に。

 今のあきらにとっての新居となる家に。

 


お目汚し御無礼。

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