復活転院!
まずは第一話。
お目汚し御無礼。
気が付くと何もないところにいた――
先に言っておくけど、来たくて来たわけじゃない。ホントに気が付いたらこんな場所にいたんだ。
ここは何もない空間。
ほんっとに全く何も無い。物質云々以前に光も闇も無くてまともに周囲を表現すらできないくらいというね……。
真っ黒い光とか、真っ白な闇といった矛盾した空間? そんなイメージが近いかも。だけど何かに包まれてる何かの場にいる実感だけはある奇妙奇天烈な空間だった。
おまけに自分の身体も無いっぽい。手足とかの感覚がまるでねーの。
更に自分に何が起こってこうなっているかすらも分かんねぇとキたもんだ。
もしかしたらココは死後の世界とやらかもしれんが、生憎とその生前の記憶とかいうのすら曖昧。性別は……なんだっけ? あやふやにもほどがあるなぁ。
ここまで個人情報とか全然全くサッパリ残ってねーと逆に清々するね。あ、多分ニホン人だった気がする。何だ思い出せたじゃん。
つっても『あーでこんなでコレでそれな奴だった』って情報がすぽーんと無くて、何時ごろ何処そこに住んでたか等は全然思い出せん。下手したら忘れたとかじゃなくて無いのかもしれんが。
そんな無い無い尽くしなのに、どーゆー訳か精神は微妙にも安定してたりする。うん。何かゆったり~としてて余裕がある。涅槃に入る時って皆そうなのか?
で、今更アレだが死んだと仮定してもやっぱり死因とか全く不明。死んだ(仮)時のショック、或いはラノベでよくある神様のうんたらかんたらの弊害とかかもしれんね。
神様の仕業なら出てきてくれい。不安感はないけど、座りが悪いというか居心地悪いというか気分的に不安定なんよ。
だけど無言無音は続く。耳鳴りしそーなほどの静寂なのに何か静かなだけで気配があるような無いような変なトコだなオイ。
そんな中をどこかへと向かって…じゃないな、向かわせられてる?
どこか知らない遠い遠いトコに飛んでく(引っ張られて…が正しい気もする)感があるし。所謂、死んであの世に行く道中っつーか行程つーかそんなのだろうという気がする。
そう思うと何か漠然とやっぱ死んでたかーって納得できてくるのだから不思議。
しかし来世とやらに向かっているとして、自意識持ったままなのは如何なものか? つかこれが普通なのか? 前例とか聞いた事ないしなぁ……
兎も角、そんな感じにふわふわ~とどこかへと流れに任せて行ってた訳だ。
と、その途中で点みたいなのを見つけた。と言うか感じた。
遠くなのか近くなのか上か下かとか感覚的に不明だけど、とにかくちょっと距離があった気がしないでもない。
何でそんなトコのそんなモンに気が付いたかなんて知る訳も分かる訳もないけど、多分…波長が合ったってやつだと思う。あくまでも勘だけど。
で、そんな点にウッカリ意識というか視線とか向けてしまったのだよ。
そしたら突然に距離が無くなり、それの位置は目の前になった。
驚いたかって? いやそれが全然。何つーかここじゃあこんな事がフツーに起こるって理解してた感じ。ここってドコよとか聞かないで? 聞かれたって解んないし。
兎も角、その点だけど、近寄ってみたらこれがまた真っ黒い球。
つるつるとかそういうのじゃなくて、艶一つないズズ黒いって言った方がいいかな? そんな色の球体。
こう、世間を完全に拒絶してる。そんな感じが伝わってくるような黒さ。ドロッとした黒じゃなくて煤を固めたような……なんだろコレ?
そんな球を前に自分はボ~っと佇んで(?)いた。どれくらい見つめてたか解んないけど、何故かその場から離れ難かった。
傍にいたかった、とかじゃなくて離れられなかった。
その球と黒さは見ていられないのにような気もした。だけど目が離せない。
何だか悲痛そうなのものも伝わってくる気がする。何も応えられないのだけど。
不安も気まずさも途切れず、離れれば後悔しそうで……急ぐ目的があった訳でもなくただ流されていただけに過ぎない自分は、只々そこに居続けてしまった。
と、どれほどの時が過ぎたのか不明だが、その塊は奇妙な動きを見せ始めた。
といっても移動とかをし始めた訳じゃなく、単に変化を見せ始めたってのが正しい。
何とそれは縮み始めたんだ。
いや、元々の大きさは比較するものが無いから例えられないけど、多分人一人が丸まってるくらいのサイズ。それが、ぎゅぅうう~……って音が聞こえてきそうなくらい、めきめきとパキパキと軋む音が聞こえそうなくらい無理やり固まってゆく感じ。
何か自分が近寄ってきたのを感じて余計に拒絶し始めた――という気がする。そう感じた。
やがて収縮は止まる。感覚ではだいたいバスケットボールくらい。
色は相変わらずズズ黒い…いや更に濃く黒くなった?
何だろう。最初よりも増して外…っていうか他全てへの強い拒絶みたいなものを感じる。
そんなに接触されたくないのか、そんなに干渉されたくないのか、或いはそんなに世界を拒絶しているのか……何というか、憐れみや悲しみ呆れといったものを通り越して感心してしまうほどに光を全く反射しない漆黒の球体。何の干渉をも受け付ける隙のない球体。
切ない――何故かこれを前にしているだけで胸が締め付けられるほど切なくなってきた。
何もできない自分が悲しい。何もしてやれない自分の無力さ無能さが悔しい。差し出す手も無い今の自分が腹立たしい。複雑な不甲斐なさが自分を満たしてゆく。
だけど変化は訪れた。それもこちらではなく向こう側に。
その球体の一部がぱきんっと欠けたんだ。
いやそーゆー音が本当に聞こえたのかは定かではないが、そんなものが聞こえた気がする。
それほど硬質的な欠け方だったんだ。欠け方からもそれだけ無機質な拒絶が感じられた。
その欠片は目の前で崩れてゆく。さらさら~とじゃなく、キラキラ~と光の粒子に? そんな感じ。
欠片は全て消え失せ、残ったのは目の前の鉄球と、欠けた穴。
欠片が無くなった穴は黒い球よりもずっと黒くて、見てるだけでも苦しくなるほど虚無で、
そして……――
白く、特に際立った特徴のありふれた病院の一室。
個室なのだろうその病室には、やはりありふれた白いベッドがあり、そこには脳波計と心電図が接続された少女が横たわっていた。
頭には包帯が巻かれ、鼻にはチューブが入っている痛々しい姿の瘦せこけた娘だ。
そんな少女が唐突に目を開けた。
本当に唐突だ。今まで昏睡状態であったのが嘘のように。
かっと目を見開いた少女であったが、流石に自分の状態は分らない。病院の個室のベッド上で横になっていたなど解らない。
いやそれより何より、顔のすぐ近くに見知らぬ男の顔がある理由なんぞ理解できるわけが無かった。
「ぎゃあぁあっっっ!!」
魂消るような声が迸った。
流石にその男も慌てるが彼女の騒ぎ方はただ事ではない。猛獣に襲われたとしてももっとマシであろう程なのだから。
「し、静かにしろっ!!」
男は口を押えようと慌てるが、彼女は止まらない。
チューブは外れて点滴スタンドは倒れ、パットが外れて心拍計がアラームを鳴らし、ナースセンターに警告音が届き看護師も飛び出す。
慌てふためいていたからか、男は逃げもせずに足掻く少女を抑え込むのに必死になっていた。
とそこに、
「あきらっ!!」
誰かがドアをけ破って入ってきた。
「あっ?! ち、違うんです!!」
病室にいた男は慌ててそう否定するが、何をどう取り繕おうと説得力は皆無だ。
病院内の灯りというものは夜中でも仄かに点いている。そんな灯りの中でも室内の男ははっきりと見えてしまう。
彼は少女を抑え込みつつ自身はズボンを半分降ろしていた。
飛び込んできた者も一瞬呆気にとられてしまう。
「がぁああっっっ!!」
しかし間を置かずまた少女が絶叫した。瞬間、飛び込んできた男の中でぷつりと線が切れる。
ごっと鈍い音がした。大振りではあったが殴り慣れた者の強固な拳は見事に頬をとらえてもんどりうって転がる。
攻撃者は追撃で蹴りを入れようとした。顔面にだ。
しかし、泣き叫ぶ少女に声に我に返り、彼女を強く抱きしめた。
「あきらっ! あきらっ!!」
そう呼びかけるが泣き声は静まらない。廊下に轟く様な絶叫が続く。
それでも彼の腕の中は落ち着くのか、ひゅうひゅうという荒い息遣いになってゆく。
遅れて夜勤の看護師や医師らが駆け込んできた。
他の病室の患者の起きてしまったのだろう、何だ何だと顔を出す。
看護師によって点けられた灯りの下、少女を抱きしめてあやしている男と、彼に抱き着いてえずくように泣く少女。
そして下半身を曝して伸びている白衣の不審者の姿が。
「と、鳥居先生……」
看護師の女性がそう思わず零してしまう。
少女を強く抱きしめ、その背を撫でてあやしている男はその声に反応し、顔をゆっくりと上げた。
その形相に、近くの病室だっただろう覗きに来た他の入院患者らは勿論、医師や看護師ら震えあがる。
男の怒り。本気で本物の殺気というものを全身に浴びたのだから。
「医者、だと……?」
分厚い刃を押し当てるような低い声が問いかけた。
反射的に病院関係者らが頷いてしまう。
男は奥歯を嚙み締めつつ、左腕で少女を抱きしめたままスマートフォンを取り出し、繋ぎ慣れた相手に連絡を入れる。
まだ宵の口の為か、数コールと間を置かず相手が出た。
「ナオ、すぐ来てくれ。
……例の病院だ」
医師が慌てて何かを言おうとするが、男は眼でそれを押し止める。
何を言おうと許さず、信用もしないという意味と、『弁明すれば殺す』という激し過ぎる怒気を込めて。
看護師らに腰を抜かしてぺたりと座り込んでしまう者までいた。それほど今の彼は恐ろしいのだ。
だが、そんな只中で少女はうつらうつらとし始めていた。
騒ぎ疲れたのか落ち着いたのか、どちらにせよ泣き叫んだことにより体力を使い過ぎたことが要因であろう。ようやく息が整い意識が薄れ始めていたのである。
しかし一番大きいその理由は確かな安心感。
自分を守る為に獣性を迸らせるこの男の腕の中に安心感をしっかと感じたからだ。
一瞬、意識が途切れるほんのひと時の間に何かを思い出したような気がしたが、深い眠りに沈むと共に忘れ去ってしまった。
とても大事で大切だったはずのもの。
自分が……となってしまった理由を――