賭博予想を売っていたら聖女でした
賭博場の前でウロウロしていると、顔見知りが声をかけてくる。
「リーン。今日の予想、教えてくれよ」
「今日の勝ち分だと、これだけになるけどいいのかい」
指で金額を示す。男はうんうんとうなづく。金額を了承し、私はにやりと笑った。
「いいよ、いいよ。リーンの予想は全部あたるもんな」
もみ手一つで、交渉成立。常連さんはちょろい。お互い利益按分だから了承済み。
「第五レースは、二番一着、三番二着。第六レースが六番一着、一番二着。金額はこれで頼むよ」
手のひらを差し出すと、間違いない金額を乗せてくれる。名も知らないオッサンだが、この人は信頼できる。金額をちょろまかそうとか、値切ろうとか。捕まえて利用しようという悪意がない。ただちょっとだけ、かけ事で勝ちたいオッサンだ。
「毎度」
私はその金を握ってとんずらする。
私には八歳を超えたあたりから、未来が見える。後頭部の後方に映像が映る。その映像から、かけ事の結果が見える。その結果を売って、生計を立てていた。
あたりすぎる予想屋も、外れすぎる予想屋も、危ない。あたりすぎれば、同業からも目をつけられるが、もっと稼ぎたい奴らにも狙わる。外れすぎても恨みを買う。
どっちにしたって、うまかない。私が未成年じゃなけりゃ、賭けようが、門前払いを食らう年齢だから、予想を売るしかなかった。
潮時もある。未来が見えるということは、危険も回避できる。予想できても、売ってはいけないやつも分かる。引き時も見える。月に数日こうやって売って、細々と生きている。
細い路地裏で、太めの木の棒をたてて、厚手の布地をひっかけただけの雨をかろうじて避けるだけの家に帰れば、妹が一人寝ている。土で汚れた毛布にくるまって、両足を丸めて、うずくまっている。
「ただいま」
「ごほっ、ごほっ」とたんのからむ咳を繰り返す。
「大丈夫か」
かけ寄って、私は背をさする。大丈夫と言いかけた妹の言葉も咳にからめとられる。
「今月はこれで何とか生き延びよう」
そう言って、さっき稼いだ日銭を妹の前にチャリンと転がす。
「今月はもう安全な日が見えないんだ。私が殺されたり、つかまったりする。なるべく安全に行かないと、あぶないからな」
「姉ちゃん、むりすんなよ」
「しないさ」
約束の日までは決して無理はしない。
「今月、辛抱すれば、来月には、約束の日だ。ゆっくり休んで、待とうな、サラ」
「うん」
「約束の日がきたら、サラはご飯を毎日食べれて、病気も治る。大丈夫、私がついているからな」
嬉しそうに笑う。こけた頬に、目を細めて笑う。
「なにか、食べたいものはあるか」
「……もも」
「かってきてやる」
約束の日とは、私と妹が、つかまる日だ。なぜかそこでつかまると、妹がきれいな服を着て、元気な姿が見える。私は、その日を妹と分かち合い、約束の日と呼んでいた。
当日、「約束の日だよ」というと、妹の頬がぱあっと明るくなる。
妹はたくさん歩けないので、私が背負い、紐で括り付けた。
「今日は走るから、姉ちゃんの背中につかまっていてね」
「うん」
妹は嬉しそうにしがみつく。
「これで、もう大丈夫だから」
私は街の大通りを歩く。賭博場の真ん前を横切った。
左右に黒い人影が見えたら、走る。どんどんと走る。まだ捕まってはいけない。捕まえられない道は、見えていた。
「しっかりつかまってね」
妹はいっそう力強く私にしがみつく。
そうして、街の奥へ奥へと入り込む。閑静な住宅街へもぐりこむ。街の裏側とは違い、綺麗に舗装された道だ。コキタナイ孤児が走り抜ければ、周囲から悲鳴があがる。
私たちを追ってくる者もいる。
そうだ、追ってこい。追ってこい。
生け垣が見えた。その生け垣の一部が通り抜けられる。
妹にむかって叫んだ。
「頭を深く下げて」
私は小さな木々の穴に入り込む。
生け垣の小枝が、腕に頬にすれる。ピンと跳ねれば、痛みが走る。
ここを抜ければ終わりだ。
抜けきった。そこは広い芝生の庭だ。その奥に、大きな屋敷が見えるはずだ。
「たどり着いた」
やった。
両手をついて、四つん這いになって顔をあげる。
「ついたよ。ついたよ」
予知したとおりの、芝生と屋敷が見えた。
涙がぼろぼろとこぼれてきた。これで、妹は助かるんだ。
顔をあげると、人影が見えた。駆け寄ってくる。もう大丈夫だ。
走りすぎた私の意識がふっと途切れた。
目覚めると、綺麗な室内だった。両手を見るときれいになっている。部屋も大きくて、天井も高い。きれいな絵が何枚も飾られている。
小さな寝息を立てて、妹が横で寝ている。身ぎれいにされて、ぼろぼろの衣服も脱がされて、綺麗なやわらかく白い服を着せられていた。私も同じ服だった。
これで妹が助かる。ぐっと拳を握り、うれしくなった。
扉がぎぎっと開かれる。妹は寝入ったままだ。私は彼女の頭を二度撫でて、入ってきた男性を見つめた。
「教会の者が君を引き渡せときている」
「知っている」
「知ってる?」
「私には予知能力があるから、それで捕まえに来たんだ」
「予知……、君は聖女か」
私はうなづく。
驚く男性を強く見据える。
「あなたが私を教会に引き渡すことも知っている。そして、なぜか、私の妹を保護することも知っている。私は、すごく遠くの未来は見えないけど、未来が数珠つなぎでつながっていることは分かっている。だから、理由は分からないけど、この庭に逃げこむのが一番いいと分かっていた。まだ理由は見えないけど、あなたは私の妹を助ける」
男は、「うーん」と唸った。
「君はきっと僕の考えていることは見えないね」
「見えない」
「その子が妹か……。保護してほしいかい」
「……してほしい。私の代わりに守ってくれれば、私はどんなことでもする……」
「いいだろう。この子を保護しよう。そうすれば、君は聖女を降りる時に、妹に会いたくなる。違うか」
「それは、きっと、間違いない」
「よし、君が聖女を降りる時は、僕の元へ来てもらおう。その約束を守ってくれるなら、僕はその子を保護する」
見えた未来通りの結果が降りてきた。
「ごめんね、黙ってて」私は妹の頭をなでる。「この選択は、私と別れることになるんだ。これだけは秘密にしてて。ごめんね」
眠る妹を置いて、私はベッドから立ち上がる。
「どこかに、追ってきた教会の者を待たせているんでしょ」
男は目を見張る。
「よく分かっているね」
「そこまでは見えていた。妹のこと、よろしくお願いします」
私は深々と男に頭を下げた。
私は引き渡されて、連れられて行く。
大きな神殿に連れてこられた。もう一度身ぎれいにされ、髪を梳かれ、重厚な衣類を着せられた。
通された先に、オッサンがいた。
「なんで!!」
驚いても心配はない。彼に悪意はない。悪いことはないおきない。普通のことだから、きっと見えなかったんだ。
「まさか趣味の場で、聖女を見つけるとはおもわなかったよ」
聖職者然とした光沢ある白いローブを纏うオッサンが目を細める。
「聖職者が賭博趣味ねえ」
「プライベートなんだ。多めに見ておくれよ」
冷ややかな目をむけた私にオッサンは苦笑する。
「いつから分かっていたの」
「いつからって……、割と前からかな。君が現れることに法則が見えなかった。捕まえようとすればいないし、遊びに行けばいる」
つかまったら、サラが一人になって餓死するか、病死してしまう。かといってお金がないと生きていけない。今日この日につかまることが、サラが助かり、私も生きる最善の日だったのだろう。
「私は何をしたらいい」
賭博結果を売って、サラが日に日に弱る姿を見て暮らすことに比べたら、なんだってできる。
「聖女として教育を受けて、この国の聖女として、その予知能力を発揮してほしい」
オッサンの真剣な表情と目に私はうなづいた。
それから私は勉強と予知と礼儀作法を学ぶことに明け暮れた。
前の聖女が後継を見出すも、平民である私を見つけようとする最中、私たちの方が両親を失い逃亡、そのまま足取りがつかめなくなった。そうこうしているうちに、聖女がはやり病に倒れ早世し、教会は長らく聖女不在により、政治的発言力を失ったそうだ。
聖女は一般的には、五大貴族から出てくる。
平民から出たら、発見に手間取ることもあるとオッサンは言っていた。
きれいな服をきて、教育を受け、私は本を読めるようにまでなった。経典のページをめくりながら合点がいく。
賭博の結果を売っていたのは、オッサンと出会い教会に入れるからだ。私は妹が心配だったから、彼女と私が両方すくわれる道を求めていた。
結局、オッサンと出会うために、賭博を売っていたのかもしれない。
予知はよく分からない。私の望みが反映されるのかもしれない。衣食住が安定し、妹が安全に暮らしていると分かる今だから、人の安寧を思うことができて、健やかな予知を得られているのかもしれない。
自室で本を読んでいたら、巫女が「五大貴族のウィルベンベル家のご当主がいらした」と呼びに来た。「わかりました」と応じ、応接室へと移動する。
応接室のソファーに座るのは、私と妹を助けた男性だ。
「お久しぶりです。お元気ですか」
「はい、つつがなく。妹も元気でしょうか」
「はい、彼女は元気になり、今は学園に通って学んでおります」
私は彼が訪ねてきて、妹の安寧を聞くのが好きだ。
「何年もの間、妹を支援していただきありがとうごいます」
深々と頭を下げる。この人には感謝してもしきれない。
「いいえ。聖女として教育を受けたあなたは私の目的も理解されているでしょう」
「ええ、理解しております」
ウィルベンベル家のご当主はにやりと笑う。私は、少し困る。
時折、ご当主が挨拶にきて、妹の様子を伝えてくれる。彼が約束を守ってくれている。顔を見るたびに、親しみがわく。信頼と親愛が積みあがっていった。
程なく、私の任期も終わりかけてた。
聖女として予知が可能になるのは、十歳から始まり約十五年程。私が教会に取り入れられたのが十三歳で、教育を受け表立って、聖女として活動を始めたのが十四歳からだった。
聖女になって私は十年たつ。
後継の聖女が見えると、私の能力は衰え始める。五大貴族の令嬢が次期聖女と見え、協会はつつがなく彼女を受け入れた。年は八歳。私の任期はあと二年となる。
聖女の行く末は、五大貴族への下賜である。
五大貴族は教会の要職と、政治の要職を兼任する。その立場を確固とするための要が、予知の聖女だった。
数代に一度、平民が紛れ込むが、それ以外は五大貴族から見出される。
後継が見つかったら、五大貴族のうち、出自ではない四家が聖女の嫁ぎ先になる。各家は選んでもらうために貢物や面会が増える。それが慣例であった。
私の場合は、平民であったため、五大貴族のすべての家に権利があった。貴族のみの血が薄まり、能力の高い子が生まれることもあると、五大貴族内では平民の聖女は取り合いになる。
そう、私を助けてくれた、あの五大貴族の当主は、私を家に招き入れるために、妹を保護してくれていたのだ。
神殿に入った背景があるため、他の四家には、早々に断りの返事を入れた。いらない面会や、貢物が増えても仕方ない。
次期聖女の教育を助けながら、私は、妹に会える日を心待ちにしていた。
こうして私はやっと十数年着ていた聖女の衣装を脱いだのだった。
若草色のきれいなドレスを着せてもらう。ウィルベンベル家のご当主からの贈り物だった。馬車に乗り、妹と共に最初に保護された屋敷にむかった。
ご当主自ら、迎え入れてくれた。応接室で向かい合う。
「外の空気はどうですか」
「どうと言われてましても、今後はどうしていいものでしょうか」
十数年与えられた聖女という仮面。それを脱いで、今さら孤児に戻ることもできない。私の足場はふわふわしていた。
平民であり孤児の私が聖女であると分かり、妹を保護した時点で、彼が私をどうするのか、結論は聖女になって割と早く理解はしていた。
「私は、どうしたらいいのでしょう」
言葉の理解と、身に染みる理解は違う。新たな聖女が立ち、予知能力を失った私は自分の今後がよく分からない。暗闇に叩き落された子供のようだ。
「あなたは私の妻になります。まさか、あのボロボロの泥まみれだった孤児がこんなきれいな女性に育つとは思いませんでしたよ」
言われても、ピンとこない。妹を庇護してくれた恩はある。約束を違えない、信頼できる男性だとは思っている。
「あなたの妹は学園を卒業し、商家に勤めております。近々に、その商家の子息との縁談もまとまりつつあります。安心してください」
その言葉だけで、涙が出そうだった。死にかけていた妹が助かって、彼女が幸せであることがうれしい。
「……ありがとうございます……」
あふれた涙が、一粒ほろりと落ちた。
この日のために、私は聖女の役を全うしたといっていい。
「本当は今日すぐにでも会いたいでしょうけど……。今夜は、私に譲ってもらいました」
「……はあ」
意味がわからず、きょとんと首をかしいだ。
夕食を終え、湯殿に身を清め、柔らかく軽い寝衣を着せてもらい、通された寝床は広かった。身軽な寝衣で現れたご当主に抱きしめられ、なすがまま淫楽に落とされた。
翌日私は十数年ぶりに、妹と再会し、二人、抱き合って号泣した。
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