悪役令嬢の鳥籠~バッドエンドがハッピーエンドで、ハッピーエンドがバットエンドのようです~
カツンカツンという重い鎧を着た人の足音だけが、この空間に響いていた。息を吸い込むと、むせそうになるほどのカビ臭さと湿気が充満している。
むき出しの床はどこまでも冷たく、鎖に繋がれた腕も、すでに感覚がない。牢の前に吊るされたランプだけは辺りを照らしていて、自分の周り以外、どこまでこの空間が広がっているのかも、想像はつかなかった。時折聞こえて来る、他の囚人のうめき声に、もう私の気力も限界だった。
どうしてこんなことになったのか。そもそも、どうしてここにいるのかすら、私には分からない。さっきまで、四連勤になる夜勤をしていたはずだった。
私は社畜だった。シフトに穴が空けば進んで夜勤に入り、仮眠の後に日勤をして、また夜勤に入るというのを繰り返していた。人と関わる仕事が好きだったし、倒れた仲間の代わりにするという使命感にも燃えていたからだ。
それなのに、仮眠から覚めたらこの牢の中にいたのだ。しかも、見回りに来た兵士らしき人は明らかに私が知っている世界の人間ではない。
「うん……。死んだんだね、私……。でも、仕事頑張ってたんだよ。それなのに、これはさすがになくない?」
転生という類いだろう。夜勤の休憩の時によくやっていたゲームの世界もこんな感じだった。そこまではいい。いや、良くはないけど、死んでしまうとはナサケナイから、仕方ない。ただ、この状況はないでしょう。
「牢屋って……。これ、頑張っていい方に考えても、悪役令嬢とかの断罪ルートのエンディング部分じゃない?」
茜色に近いの縦巻ロールの髪は、明らかに悪役令嬢を思い浮かべさせる。名前すら思い出せない誰かに転生したようだが、せっかく前世の記憶を取り戻したのに、そのせいなのかこの子の記憶が飛んでしまっているし。
その挙げ句、断罪ルートって。神様、ホントに私何をしましたかと言いたくなってしまうような状況だ。天井から吊られた鎖に手を繋がれている以上、顔を覆って泣くことすら出来ない。出てくるのはため息ばかりだ。
また足音が近づいてくる。見回りの兵だろうか。彼に聞けば、罪状を教えてくれるかもしれない。でも下手に刺激して、危害を加えられても怖い。暗闇も音も、この空間も、全てが重くのしかかる恐怖でしかなかった。
「アーシェ、自分のしたことを思い出して、少しは罪を認める気になったかい?」
「殿下……」
近づいてきたのは、見回りの兵ではなかった。そして私の口から、殿下と自然に紡がれる。どうやら、彼が断罪相手のようだ。金色の髪にブルーの瞳。王道を行くキャラからして、一番のメインキャラなのだろう。しかし、彼を目の前にしても何も思い出せない。アーシェさん、何をやらかしたんだい。
「私は何もしていません。何も、思い出せません」
何もしてないかは分からないけど、何も思い出せないのはホントです。
「まだそんなことを言っているんだね。君は嫉妬の余り、ユイナに数々の嫌がらせをした挙げ句、彼女の飲み物に毒を入れたんだぞ」
「そんなこと、私……」
したのかい、アーシェさん。そりゃ、断罪されるよ。いやいや、断罪ルート先が処刑だったらシャレにならないし。さっき死んで、アーシェになったばかりで、また死ぬの? もう回避ルートとかないのかな。
「してない。信じて下さい、殿下」
「したんだよ。罪を認めなければ、どうなるか分かるな」
スルリと殿下の手が私にのびてくる。綺麗な汚れを知らなさそうなその手は、そのまま私の首を掴む。自分でも、体がガタガタと震えるのが分かった。
「これが最後だよ。分かるね? アーシェ、君は僕を愛する余り、嫉妬に狂いユイナの飲み物に毒を入れた。さぁ、言うんだ」
「私……は、殿下を愛する余り……」
「殿下ではないと、前にも言ったはずだ。ルドルフ、ルドと呼べと」
「ルド様」
「そうだ、いい子だ。続けて」
怖くて怖くて、涙が溢れてくる。しかし、殿下、ルドはそんな私を満足そうに見つめていた。
「私はルド様を愛する余り、嫉妬に狂い彼女の飲み物に毒を入れました」
罪を認めてしまった。やったのか、やってないのかも分からない罪を。でも、こうするより他に命が助かる道はなさそうだった。断罪ルートが回避できないのならば、せめて追放にして欲しい。痛いのは嫌だ。
私が言い終えると、彼はうれしさを隠せないようだった。その顔を見ると、私は選択を間違えてしまった気がする。最後まで違うと言い続けた方が良かったのではないかという不安が、胸を締め付ける。
「くっくっくっくっく」
下を向き、ルドは笑い出した。そして私の首にかけた手を、そのまま頬に添える。
「アーシェ、君の泣き顔は最高だね。しかも、嫉妬に狂うほど僕を愛してくれていたんだね」
ん? なぜだろう。バッドエンド回避に走っていたはずなのに、何かがおかしい。
「牢屋はダメだね。他の者の瞳に君が映ると思うと、気になって仕事も手に付かないよ。君にはもっといい籠を用意してあげよう」
ルドは手を一度引き抜くと、手に持っていた鍵で牢屋を開けた。そして拘束されていた腕の鎖も外す。見上げると、その瞳にはほの暗い光を称えていた。
「ルド様、私……」
「いいんだよ、アーシェ。やっと僕を愛していると認めてくれたんだから。目一杯可愛がってあげるよ」
見た目で判断した私がダメだったんだ。これ、メインルートというか、ヤンデレのルートではないだろうか。その上、愛してると言わせるためにわざと追い込んで、私が彼と同じ台詞を言った時点で、目標を達成してしまったパターンだ。断罪を免れれば、ハッピーエンドだと思ったのに。
「ルド様」
「怯えなくていいんだよ、アーシェ。誰も邪魔されないところに入れてあげよう。君の気が二度と他に向かないように。僕も愛してるよ、アーシェ」
ルドが私の体を抱き上げた。冷えきった体はいうことを聞かず、身動きひとつ出来ない。
ランプの明かりはゆらゆらと揺れ、心もとなく足元を照らすだけだった。
長編の他に、さくっと電車の移動時間や寝る前の10分程度で読める短編を書き始めました。至らぬ点もあるとは思いますが、読んでいただければ幸いです。
他にもこんな作品を書いていますので、よろしければご覧下さい。
悪役令嬢の脱出。百合エンドなんて、お断りします。
https://ncode.syosetu.com/n5219gv/
悪役令嬢の涙。好きな人のためなら、悪役でも構いません。
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第三王女の初恋。20歳差の思い。
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新作続々追加中です。読んでみてください!




