07
「三門、ちょっといいか?」
「ん……?」
あれ以来、不安そうな表情をよく浮かべるようになった新渡戸くん。
それでも話しかけてくることをやめないのは強いと思う。
「今度の休み、店にでも行かないか?」
「新渡戸くんとふたりで?」
「……ふたりきりが無理なら昴……さんも連れてきてくれてもいい」
「どうだろ……昴さんに聞いてみないとね」
連絡してみたら本人が教室にやって来てしまった。
「へえ、お前はキノとふたりで行くものだと思っていたけどな」
「ど、どうせあんたが止めるだろうが」
「まあな、俺はキノの保護者みたいなものだからな」
いや、違うから……。
というか最近はあんまり食欲もないし飲食店じゃないといいなと願った。
後は単純にお腹の調子が良くないから長距離移動もやめていただきたい。
そういえば今度のお休みは姉と涼さんがイベントに出る日だ。
そういうのに行ってみるのもいいけど、お腹を押さえて無理だなってすぐに諦めた。
「どこに行くんだ?」
「え……カフェ、とか?」
「ははっ、お前がカフェ?」
「いや、あんた俺のことなにも知らないだろ!」
まあいいや、昴さんが行ってくれるのなら安心できるし。
了承してまた突っ伏す、なるべく動かないで過ごしたいのだ。
家に帰ったら家事をする予定だし、重症化しないように対策をしているつもりだった。
「つか、あんたは本当に三門が好きだよな」
「保護者だからだ」
「素直じゃねえ」
「うるせえ」
なんでってそりゃ痛いに決まってるんだよなあ。
だから断るべきなのかもしれないけど、せっかく誘ってくれたのもあるしって気持ちがある。
「キノ、調子が悪いのか?」
「いえ、大丈夫ですよ、もし調子が悪いのなら来ていないです」
そこまで学校が好きだというわけではないし。
ただまあ生きていればこんなことはいくらでもあるから耐えるだけだ。
お腹の痛さが果てしないというわけではないから激しい動きをしなければ大丈夫。
問題なのはあんまりご飯を食べたくならないことだけど、おにぎりを食べておけば心配なし。
「調子悪いなら言えよ、運んでやるから」
「大丈夫ですよー」
心配性だ、大雑把なところとかも多いのに。
なぜか目の前の席に座るような音が聞こえてきて顔を上げた。
「顔色悪いぞ」
「戻らないんですか?」
「戻らないのって、もう放課後だぞ」
「えっ!?」
時計を見たらもう16時半だった。
つまり新渡戸くんが話しかけてきた時点でということか。
なるべく休んでという意識しかなかったから……恥ずかしい。
「帰りましょうか……家事しないと」
「ちょっと休憩してもいいんじゃないのか」
そう言ってくれるのはありがたいけど17時になっちゃうのは困る。
さっさと帰って寝る方が問題も起こらない。
「無茶するなよ、こいつに変なことされたら言えよ?」
「お前が変なことしたんだろうが」
「う、うるせえ……」
「つか敬語使えよ、キノを見習えよお前」
「嫌だねっ、はぁ……ま、三門のことは頼んだぞ、じゃあな」
私も帰るから付いていこうとして、ふらついて、そのままガシャンとはならなかった。
「ちょっと休め、それか俺におぶられるかだ」
「それならおんぶしてください、楽したいので」
「わかった」
うん、背が大きい人ってこういう時に便利だ。
ちょっと悪い言い方になっちゃったのは恥ずかしいから。
涼さんといて照れる姉の気持ちがよくわかる。
「昴さん」
「なんだ?」
とはいえ、ちゃんと言っておかなければならない。
「いつもありがとうございます、支えてくれるのでありがたいです」
「ああ、俺はお前の兄みたいなものでもあるからな」
兄か、ということはそういうつもりでいるわけではないってことかな?
仮にこちらがその気になっても届かないと、どうしたらそうなるのかはわからないけれども。
「あの、お姉ちゃんは涼さんのことを気に入っているようですけど、どうなんですか?」
「キミはあくまで昔から一緒にいた友達ってだけだ、その点はお前も一緒だけどな」
「じゃあ、いいんですか?」
「ああ、キミがあいつを気に入ったのなら応援するだけだろ」
「なら――いえ、なんでもないです」
現状、この人以外とそういうことになりそうな気はしないから聞いても意味はない。
これだけしてくれたら普通は流されて気になっちゃうと思うけどね。
何度も言うけど踏ん張れているのは奏くんとムツキちゃんがいるから。
でも、奏くんが好きなのはムツキちゃんで、ムツキちゃんもあまり嫌がっていないということならいちいち気にするのはおかしいかもしれないということで。
昔といまの私は同じで、特別なものにしたいという気持ちはないのだろうか。
「あ、昴くん」
「また会ったな」
「そりゃ会うよ、同じ学校なんだから。あれ、キノちゃん調子悪いの?」
「ああ、さっき倒れそうになっててな」
なんだろう、背負われたまま会話されるのが滅茶苦茶恥ずかしい!
どうしたって逃げられないし、暴れたら昴さんが危なくなるし。
「どうせ目的地は一緒だろ、行こうぜ」
「だね」
はぁ、この逃げられない恐怖。
涼さんが部屋にいる時は姉もこんな気持ちでいそう。
そう考えると無神経に連れて行ったりしたことを反省しなければならなさそうだ。
全部後で返ってくるんだなあと涙を流しながら現実逃避をしていた。
「涼、キミのこと本気で想っているのか?」
「それは本気だよ」
「よく会ったよな」
「キミの方から声をかけてくれたんだよ。色々な情報を聞いていたからさ、行ったら驚いたよ」
「あー、あいつは出てこなかったのに綺麗だからな」
む、綺麗とか言っちゃうんだ……って、この前も普通に言っていたか。
こっちは可愛いとか言われたことないのにな、まあ昴さんからすれば利用してくる面倒くさい女ぐらいの扱いでしかないんだろうけど。あとは見ておかないとなにかしでかしそうな女ぐらい?
「そうそう、失礼な話になるけど……なんかぐしゃぐしゃだったりするかと思ってたからね」
「でも、お前はあいつの絵柄とか話が気に入ってたんだろ?」
「まあね、だからそこまで緊張とかはなかったよ。それに仮に微妙だったとしてもああいう作品を描けるということは人間性が素晴らしいだろうからって考えていたからね」
「どうせ綺麗で良かったーとか思ってるんだろ」
「俺も男だからね、そりゃ綺麗な子だったりした方が嬉しいよ」
「ふっ、見てくれに負けやがって」
涼さんの言うように男の子ってそうだと思う。
見た目だけを理由にして告白してる人だって見たことがあったから。
内面を気にしておかないとしたいこともできないのにね、というのが私個人の感想だ。
「昴くんこそどうなの? キノちゃんが可愛いから一緒にいるんじゃないの?」
「こちとらもう10年以上いるんだぞ、それ以外の理由でも一緒にいてえよ」
「それ以外の理由って?」
「妹みたいだからだ」
「それってそれ以上には見えないってこと?」
「もういいだろ、こっちはこいつを早く寝かせてえんだよ」
「あ、そうだね、早く行こう」
昴さんっていつもそう、大事な情報はなにも教えてくれない。
引っかかっていてもしょうがないから大人しくしていたらすぐに家に着いた。
家事をしなければならないのは変わらないからソファに下ろしてもらう。
そこにうつ伏せで寝転んで後は本人たちに任せることにした。
「あ……いや、うつ伏せはやめよ……」
「大丈夫か?」
「ありがとうございました」
「それって帰れって言ってる?」
「え? いや、帰るしかなくないですか?」
お互いの家に泊まり合うぐらい普通にしてきたけどいまはちょっとね。
涼さんが泊まるとか言い出してもさすがに止める、まだ一夜を共にするのは違うだろうから。
「酷えなあ、なんかくれたりしないのかよ」
「あっ、純粋な気持ちじゃなかったんですね」
「当たり前だ、女って言っても普通に疲れるしな」
「重いって言いましたねいま!」
「なんかくれよ」
なんかくれと言われてもなあ、大雑把すぎてなんとも。
「もう少し具体的に言ってください」
「お前に関する物をくれ」
「あ、それなら服をあげましょうか?」
「それでもいい」
「嘘ですよ……まったく……」
女の子の服を貰って満足するとかやばい人になってしまうぞ。
なので早めの夜ご飯を作ってそれを食べてもらうことにしたのだが。
「それでもくれ」
と、まだまだ満足してくれない悪魔みたいな人になってしまった。
「なにが欲しいんですか、お風呂に行きたいんですけど」
「なにかくれたら帰るよ」
「じゃあ家でずっと使っている大切で大切で大切なシャーペンをあげますよ」
「や、そこまでの物じゃなくていい」
「それぐらいあなたを大切に思っているって伝わってくれればいいです」
本当に長く使ってるから傷とか目立つけど逆にそれがいい感じになっている物。
仮に使えなくなるのだとしてもここまで許してるんだって伝わってほしいのだ。
「どうぞ」
「これを貰うのはちょっとな……」
「じゃあもう脱ぎたての下着でもいいです?」
「良くない」
うん、こっちも良くない。
なにが欲しいのかわからないから直接部屋に連れて行った。
「はい、なんでも言ってください」
「お前さあ……下着とかしまっておけよ、ムツキだったら絶対に怒るぞ」
「どうせ入るのは家族かあなたぐらいですからねー」
それに信用できない人を入れたりしないし。
「ここからか……あ、それくれないか?」
「このサメのぬいぐるみですか? ずっと抱いて寝ているので涎とかでベチャベチャですよ?」
「なんかそれ聞いたら欲しくなくなったな……」
「はぁ……じゃあもうこれで満足してください」
よく考えたら物理的接触が1番伝わる気がしたのだ。
普通こういうことは相手を信頼できていなくちゃできないことだ。
「いや、残る物で欲しいんだが」
嘘でしょ……こんなこと私たちの仲でも全然しないのに。
やはりあくまで妹扱いなのだろうか、確かに色々なところが小さいもんなあ。
「さっきのシャーペンを貰うか」
「うぇ」
「ならそのシャーク」
「うーん」
「じゃあなんならくれんだ?」
「逆にどれなら満足してくれるんです?」
こうして抱きしめていても一切スルーて。
やはり需要があるなんて勘違いだったんだな、新渡戸くんがあんなこと言うからもう……。
「キノちゃん!」
「わあ!?」
抱きしめるのはやめていたからノーダメージ。
だけど普通はノックとかしてから入ってくるべきだろう。
「俺にもなにかちょうだい」
「お姉ちゃんから貰っておけばいいじゃないですか」
「キミからは絵を貰うからね」
「なにが欲しいんですか?」
「あ、そこの下着でいい? 今度の資料にするから」
まさか笑顔でそんなことを言ってくるなんて。
これぐらい昴さんもわかりやすかったりしたらいいのになと思ったのは内緒だ。
「ちなみに次の作品はどんな内容を?」
「キミとキノちゃんが仲良くする内容だね」
「まさかそのままってことですかっ?」
「うんもちろん! だからそれくれると助かるんだけど」
「はい――ってなりませんよ」
作品の資料にするからと言っておけばなんでも許可されるわけじゃないぞ!
「というか、涼さんは話担当じゃないですか」
「俺も描こうと思ってるんだよ」
「だったらお姉ちゃんに許可を貰って見せてもらえばいいじゃないですか」
「キノちゃんを描こうと思っているんだよ? キミのじゃ参考にならないよ、胸の大きさとかさ」
というかどうして今回は昴さんも黙っているんだろう。
気になったので見てみたら私から奪いたい物を探しているようだった。
どれだけ私の物が欲しいんだ……それだけ気に入っている本人に抱きしめられたら普通嬉しいんじゃないのか?
「おい、お前最低なこと言ってるぞ」
「いや、俺はキノちゃんの良さを最大限に表そうとしているだけだよ」
「で、本人の下着を貰うと? おかしいだろ、許可するなよキノ」
「しませんよ……」
お風呂に行きたいんですが……山賊なのこのふたりは?
ベッドに遠慮なくふたりとも座っちゃうし、なんか色々いじろうとするし礼儀がない。
「今度の休み、イベントなんだろ? キミのことちゃんと見てやってくれよ?」
「当然だよ、キミに悪さするような人がいたらぶっ飛ばすよ」
「ならお前をぶっ飛ばしておかなければならないな」
「おいおい、俺はあくまで常識的な行動を心がけるから大丈夫だよ」
「常識的な行動を心がけることができる人間が、その大切な人間の妹の下着を狙うのか」
「そりゃ姉妹の可愛さを伝えるための本だからね」
「読者はそんなの見たいのか?」
「見たいでしょ、美少女姉妹のなんだから」
「じゃあ金払うから1冊くれ」
「いいよ」
もうなんでもいいから帰ってほしいと願った私なのだった。