06
自分で作ったお弁当を友達と一緒に食べていたらキノが寝ていることに気づいた。
教室ではずっと一緒にいるというわけでもないし、あの子と違ってこちらにはそこそこ友達がいるからつい放置しがちになってしまうのは反省している。
「キーノ、ご飯食べないの?」
「あ、ムツキちゃん……んー、なんか食欲なくて」
「風邪なの?」
「違うと思う、恋かもね」
「え!?」
あのキノが恋? 散々告白されても靡かなかったキノが!?
「む、そういうムツキちゃんの話は聞いたことないけど」
「私? んー、奏やお兄ちゃんの世話で忙しいからねー」
2回告白された内、片方は奏からのものだ。
いやさすがにすぐに断ったけどね、きっと勘違いしているだけだろうから。
恐らくだけど奏の好きな子ってやつは私のままだと考えている。
こんなことさすがに言えない、例え相手が10年以上関わりのある女の子でも。
「そういえば奏くんさ、好きな子がいるって言った割にはムツキちゃんとばかりいるよね、もしかしてムツキちゃんが好きだっ……ムツキちゃんは隠すのが下手くそだね」
なんでだろうなあ……私は姉として接していただけなのに。
しかもかなり厳しく、やる気のない母に代わって躾をしていたのに。
何度も嫌いって言葉はぶつけられた、キノちゃんがいいってことも言われた。
なのに私が好きって……一瞬、奏でもいいかなって思ってしまった私は末期だ。
「予想通りだ」
「よ、予想通り?」
「うん、だってムツキちゃんといる時だけ凄く楽しそうだもん。私をサッカーの試合の時に呼んだのはカモフラージュっていうか、本当の気持ちが伝わらないようにしたかったからだろうね」
それは違う、キノのことも普通にあの子は好きなんだ。
その証拠にあのウインナーの群れを食べた時とか嬉しそうにしていたし。
私より丁寧さを感じて嬉しいとか言ってくれたし……なかなかどうして複雑な気持ちになった。
隠してもあれだからと全て吐いてもキノの反応は変わらず。
「奏くんはいい子だからね」
「で、でも……勘違いしているだけだと思うんだけど」
「そういう可能性もあるかもね。でも熱心に付き合ってくれる人って貴重だからさ、どうしたって良く見えちゃうんじゃないかな」
あくまで家族としてなのに?
奏のいい点はそれでもがっついたりしないことだ。
全てお姉ちゃんが~って形から入る、たまにワガママを言うけどキノの言う通りいい子ではあるのが難しいところ。これがもういっそのこと手に負えないぐらいならいいのにと考えたことはたくさんあった。
「私だってムツキちゃんが姉だったら嬉しいよ、口うるさそうだけど」
「なっ!? ……ま、まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ」
キノが妹だったら楽だろうな、この子って全くワガママとか言わないし。
あ、でも兄とセットになると常にイチャイチャされて困るか、距離間にモヤモヤするんだよね。
「お兄ちゃんとはどうなの?」
「わかんない……その気がないならあの距離間はやめてくれって言ってあるんだけどね」
答えてくれないから私もわからない。
ただ、キノといたいという気持ちはわざわざ言わなくても伝わってくる。
そうじゃなければ慌てて後を追ったりしないしね、男の子といると凄く気にするし。
「で、恋って?」
「嘘だよ嘘、食欲ないのは本当だけど」
「本当は胸が苦しいんじゃないの?」
「うーん……苦しくなるような胸がないからね」
そういうことが言いたかったわけじゃないんだけどと悩んでいたら、
「お姉ちゃん!」
「そ、奏……」
可愛い弟くんが来ました。
ついでに大きい兄も来たので全員揃ったことになる。
「あれ、キノちゃん眠たいの?」
「んー」
「あれ、これは重症だなあ」
奏が好きなのは私――かどうかはわからない。
「奏」
「なにっ?」
「私のこと、好き?」
「え……ちょ、ちょっと!」
廊下に連れ出されてぐいっと距離を近づけられる。
こうやって見ると少しずつであっても成長しているんだなと気づいた。
少しずつ近づいている、女である私より低いのはあれだけど男の子って感じが……。
「きょ、教室では……」
「あ、ごめん」
「でも……お姉ちゃんは嫌かもしれないけど、変わらず……好きだよ」
姉なら他の子を探しなさいと言うべきところ。
だから今回も言おうとして、なぜだか上手く言葉を出せずに固まることになった。
こういうちょっと面倒くさい相手に弱いのだろうか、母性本能がくすぐられたとかそういう?
「奏、ムツキが好きならもっとでかくならないとな」
「うん! 牛乳だっていっぱい飲んでるし、それにたくさん寝てるよ!」
って、ちょ、聞かれちゃってるし……いままで言ってこなかったのにさ。
「やあ」
「あ、涼さん本当にこの学校の生徒だったんですね」
「嘘をついても仕方がないからね」
ん? 誰だこの人は、キノはまた知らない異性と知り合ったんだ。
「君が奏くんで、君がムツキちゃん」
「「は、はい」」
「で、君が昴くんね」
「ああ」
まあ綺麗に1年、2年、3年できょうだい揃っているのも私たちだけだからわかるか。
キノが敬語を使っているということは3年生の先輩だろうし、兄のことを知っていれば私たちがきょうだいという情報ぐらいは簡単に得られるだろう。
「って、話したことがある的な話し方をしていたじゃないですか、嘘つきだったんですか?」
「ははは、遠くから見たことがあるというだけだよ」
「信用できなくなりました、もうお姉ちゃんに近づかないでください」
「ま、まあまあ、そう言わないでさ」
うん、普通に格好いい人だ。
でもいいのかな、目の前で仲良くなんてしたら兄が嫉妬しそうだけど。
「キノになんの用だ?」
「挨拶に来ただけだよ、お世話になっているからね」
「お世話ぁ?」
あ、凄く怖い顔をしている。
これだけで時間がつぶせるから楽しいけど後が大変になるから止めておくことにした。
しかし私の裾を奏が掴んできて途端に止まる私の体。
「奏くん、君が甘えん坊になるのではなく甘えてもらえるようにならないとね」
「あ……そ、そうですね」
「うん」
良かった、名前も知らない人だけどナイス支援。
ただ……しゅんとしている感じが最高に可愛くて自ら台無しにしようとしそうになってしまったのは言うまでもなく……私ってだいぶやられているよなと苦笑しかできなかった。
「あと昴くん、キノちゃんの近くに異性が来る度にそういう態度を取るのは良くないと思うよ」
「……見ていないと心配になるんだよ」
「そういう気持ちは大切だけど、キノちゃんの気持ちを考えてあげないとね。それに、そういう気持ちがないのであればいまみたいな態度はやめた方がいい、キノちゃんを傷つけることになっちゃうからね」
確かにそうだ、キノだってはっきりしてくれることを望んでいる。
うーん、兄もいい人だけど、いまのところはこの人の方が圧勝だ。
「というわけでキノちゃん、キミは俺にくれない?」
「それはお姉ちゃん次第です」
「だよね、だから頑張るつもりだよ」
なるほど、この人はキミちゃんのことが好きなようだ――というか、
「キノ、教えてくれててもいいじゃん」
「ごめん、あんまり直接的に関係ない人だったからさ」
なんか自分だけ知らないのは嫌だった。
ずっと一緒にいるんだからなんでも吐き出してほしいと思う。
私は隠してしまっていたけど、これからは言って聞いてもらうと考えているし。
「関係ないって、あの人のことは気にならないの」
「いい人だけどお姉ちゃんのことが好きな人だからねー」
「そっか!」
「うん」
色々考えなければ、キノのことばかりに集中しているわけにはいかないからね。
ペンを置いて立ち上がる。
時間的に言えばそろそろ涼くんが来る時間だ。
私はその前にお風呂に入ってなるべく綺麗な姿で会うと決めていた。
「ふぅ……」
一緒にいると落ち着く相手。
でも、それが恋心かどうかはわかってはいない。
だってこれまでずっと家の中及び部屋の中にいたし、中卒だし。
仮に私のこれがそうだとしても涼くんからしてみれば迷惑な話だろう。
「ただいまー」
「うぇ!?」
慌てて服を着てリビングに。
あ、ただ今日はキノしかいないようだった。
なんとなくどころかかなりがっかりしたのは言うまでもなく。
だからこそ後から涼くんが入ってきた時は心が凄く喜んだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
絵を上げられるサイトやSNSでの呟きなどを見て会いたいと連絡した。
すてきな作品を書く人だったから、相手が男の子とかどうでも良かった。
高校3年生だと書かれていたのも大きい、こちらはまあ……歳だけの女だったけど。
「お風呂に入っていたの?」
「うん……このタイミングじゃないと……」
「別に気にしなくていいよ、キミはいい匂いだし」
実は出会ってその日からこんな調子だ。
誰にでも言ってそうな感じ、なのにいちいち反応してしまう私がうざい。
そういう点では昴くんといられる方が落ち着くが、共通の趣味があるのは大きかった。
一緒にやろうと言ってくれた時には凄く喜んで5枚も描いちゃったし、それを見て涼くんが喜んでくれて増々嬉しくなったっていうか……うん、そんな感じ。
「はぁ……涼さんって誰にでも言ってそうですよね」
「言わないよ、俺はキミにしか言わない」
「あれ、可愛いとか言われた気がするんだけどな~」
「それは本当のことだからしょうがないかな~」
キノは飲み物を用意した後に空気を読んで退散しますと言って2階へと上がっていった。
私たちもどうせ2階に行くのは変わらないからすぐに行くと、なんだかやけに静かな空間に。
「キミ、昨日書いたよ、30ページ分ぐらいだけど」
「あ、じゃあ読んでもいい?」
「うん、そのために持ってきたんだし」
それで読ませてもらっていたんだけど……。
「え、この姉妹ってもしかして私たち?」
「そう、魅力的なふたりだからね」
キノはいいけど私が出てくるのがなんか嫌だ。
しかも作中では綺麗で身長も高くてモデルみたいな設定になっている。
いや全部は要素を使っていないだろうからまだいいかもだけど……これはなんとも。
「だからさ、キミは自分で自分を描くんだよ?」
「えぇ……」
そしてそれを涼くんに見てもらうって? 恥ずかし死しちゃうよそんなの。
あ、でも……なんか暖かくていいな、この作品も。
楽しく過ごして、たまには喧嘩もして、一緒に出かけたり、物を作ったりとかそんな日常が繰り広げられている。
絵を描くような人間だから想像力も結構あるため、容易に思い浮かべることができた。
「だったら……えっと、お姉ちゃん役はこういう感じ?」
「いやいや、鏡見ればいいでしょ?」
「え゛、まさかこのままってこと!?」
「当たり前だよ」
どこにコラボ作品に自分を登場させる人間がいるんだって話だろう……。
「ぷ、プライバシーは守られるべき!」
「今度のイベントでは顔出しで販売するでしょ」
「あがっ」
そういえばそうだった、勢いでそんな約束をしたことを思い出す。
涼くんの方が既にSNSで宣伝してしまっているからもう遅いのか。
描いているところを見られるのも、描かれた作品を見られるのも自分を見られているようで恥ずかしい私が直接顔出しで!? この前まで引きこもりだったのに!?
「はぁ……当日はキノに代わってもらおうかな」
「それは駄目だよ、俺はキミじゃないと嫌だからね」
「君だけに……か」
「冗談言ってないで早く描いて」
「はい……」
仕方がないので鏡を持ってきてそれを見て描いていく。
恥ずかしい、かなりデフォルメにするからかなり可愛くなっちゃうし。
うぅ、描いていく毎にメンタルが削れていく。
滅茶苦茶痛い、ひとつ幸いな点は私にも彼にもファンがそれなりにいてくれること。
だから痛い作品を出しておきながら誰にも手にとってもらえない、ということにはならないだろうが……それでもねえ……。
「ど、どう?」
「うーん、本当にキミを描いたの?」
「か、描いたよ」
「これじゃあ可愛すぎだよ、キミは綺麗系なんだから」
どれだけ地獄の時間かわかっているのかこの子は!
というか綺麗ってなに? 大人っぽいってこと?
涼くんも描けるんだから少しはどういうイメージか伝えてほしい。
「なら私は涼くんが描いてよ」
「俺が? 明らかに下手くそでばれるでしょ」
「いいじゃん……コラボ作品なんだからある程度自由で」
「それに俺が描いたら……多分そのままになる」
「いや、それじゃあ読者さんたちが困ると思うけど」
作者が妹と仲良くするところを見たいなんて人がいるだろうか。
ま、まあ、まだ時間はあるから頑張って妥協して続けていこうと決めたのだった。