05
予想通り姉の部屋で現在ふたりで一緒にいる。
邪魔してもあれなので下でゆっくりしていたらインターホンが鳴った。
はーいと出てみたらそこにいたのは新渡戸くんで、え、なんで、待ってと困惑。
「この前は悪かった!」
なんかご近所さんに噂されても困るので上がってもらうことに。
飲み物を準備しつつ考える、どうやって私の家を知ったのだろうかと。
でも答えは出てこなくて、私にできることは飲み物を渡すだけで終わった。
「3年の人に言われて気づいたんだ……いや、普通は自分で気づくべきなんだろうけどさ」
「3年のって昴さん?」
「いや、違う」
え、本当に昴さんじゃなかったんだ、まあいつもお世話になっているからお礼を言ったのは無駄にはならないけどさ。
「キノー!」
「あ、お姉ちゃん」
最近は本当に色々な表情を見せてくれて面白い。
「キミ、まだ描いている途中――君の友達?」
「あ、あんた!」
「ん? ああ、こんにちは」
あ、この人同じ高校だったんだ、なら昴さんも知っていたりするのかな?
というか、なんでこの人は動いてくれたんだろう、単に悪口とか聞くのが嫌だからとか?
「奇遇だね」
「は、はぁ……じゃなくてっ、なんでここにいるんだ!」
「え? だって俺はキミの友達だから」
「えっと、三門の姉さんのってことか?」
「そうそう、問題なのはキミが全然言うこと聞いてくれないことなんだけどね」
涙目でこちらの袖を握ってきている姉。
なにかされたのかと聞いたら、褒め殺ししてくるから嫌ならしい。
なんだそれ、イチャイチャ自慢かと少しあれだったが、やめてあげてくれと頼んでおいた。
「でも、キミの絵が好き――」
「いいからとりあえず言うのはやめましょう、茹でダコみたいになっていますから」
それになんだこの空間、大して知らない男の子がふたりもいるとか有りえないぞ。
私のことが嫌いな子が見ていたら連れ込んだとか絶対に言い出すだろうな。
「この前まで引きこもりだったんですから距離間を考えてあげてください」
ふたりを追い出して私はぼけっと眺めている新渡戸くんに意識を向ける。
「で、話は終わり?」
「ああ……いや! 終わりじゃない!」
「そうなの? あ――ちょっと待って、ちょっと出てくる」
今度は誰だと構えていたら昴さんだった。
こちらに入っていいかと確認することもなく入って、リビングにも突撃していく。
「おい、なんでこいつがいる?」
「なんか謝りに来てくれたみたいです」
「家はなんで知ってんだ」
「わからないです、出てみたら新渡戸くんがいたから」
あなたはなんで当たり前のように来てんだ。
いや冗談でもなんでもなく距離間を見誤る原因になるからやめていただきたい。
「あ、キノちゃん」
もっと面倒くさくなること確定!
「ほら、キミの絵は可愛いよね?」
「か、勝手に持ってかないでぇ……」
「そうですね、私もお姉ちゃんの描く絵は好きですよ」
「や、やめてぇ……」
なんかちょっと寂しくて、でも綺麗で見惚れる。
この場に昴さんと新渡戸くんがいなければもっと良かったんだけど。
「キノちゃんはキミの妹でいいね、生で見られるんだからさ」
「なかなか見せてくれないですけどね」
本人曰く裸を見られているみたいで恥ずかしいみたい。
だけどそれを公開しているのだから姉は変態ではないだろうか。
「も、戻ろうよ」
「だね、キミが描いているところを見たいし」
「それは見ちゃだめ!」
付き合いたてのカップルかよってみんな思っただろうなあ。
「さて、お前はもう帰れ」
「それを言うならあんたもだろ」
「俺はキノに用がある、そうじゃなければ来ない」
「お、俺だって三門に――いや、わかったよ……」
新渡戸くんが帰って多少は落ち着く空間になった。
もし姉がいない状況であの人が来ていたら余計に面倒くさくなっていただろう。
姉に感謝っ、これからも頑張って作品を描き続けてほしい。
「奏が寂しがってたぞ、最後までいてほしかったって」
「……後半はお喋りばっかりしてしまっていましたからね、申し訳なくなったんです」
それに私がいてもなにも変わらないのだから。
好きな子に頼めば良かったのに、そうすれば今日以上のパフォーマンスを出せたと思う。
仮にムツキちゃんがそうなら凄く理想的な距離間だけど。
「そういえばあれ美味かったぞ」
「あ、色々な味付けで焼いてみたんです、美味しかったのなら良かったです」
「でも、奏のためを思ってということなら悔しいな」
「今日の主役はあくまで奏くんですから」
奏くんの試合を見に行ったのに昴さんのために作るわけないじゃん。
そりゃ最後は食べてもらうつもりだったけどね? 奏くんって意外と少食さんだし。
「君付けなのも羨ましいな」
「昴くんって呼んであげましょうか?」
「いや……それだと俺が無理やり言わせてるみたいだからいい」
面倒くさいなあこの人も。
私が他の男の子といるとすぐに心配になって来てしまうところは可愛いけど。
「よしよし」
「やめろ、俺は子どもじゃない」
「子どもですよ、すぐに嫉妬するじゃないですか」
勝手にソファに座っているので私も勝手に横に座る。
なんだろうねこの雰囲気は、悪くないことだけは確かだけど。
「あれから告白されたか?」
「いえ、されていませんよ」
「俺はされた」
「モテモテですね」
あれからって3日しか経っていないのにすごい。
モテモテ星からやって来た男の子なのかな、なぜそれを断り続けるのかは謎だった。
別にいいじゃんね、最初は知らなくたってさ。
受け入れて一緒にいてみたらわかってくるはずなんだ、そこから判断すればいい。
私だったら絶対にそんなことはできないけど。
「受け入れないんですか?」
「いきなり告白されても困惑しかないだろ、こういう気持ちはお前もわかるだろ?」
「そうですね、全く話したことなのに告白されても困ります」
勝手に理想の存在みたいに持ち上げられても困る。
それでいるんだよね、逆ギレする人間がさ。
勝手に期待して勝手に告白して振られて逆ギレって恥ずかしいでしょ。
「逆ギレとかされたことあります?」
「あるぞ、惨めな気持ちになるだけだと思うんだけどな」
「そうですね、だから見ている方が気楽なんですよ」
「興味ないってことか?」
「興味はありますよ? 一応これでも女ですから。だけど振るのも大変というか、それで悪口を言われるのが嫌だという感じです」
10年以上とは言わないから、せめて1ヶ月間ぐらい一緒に過ごしてからにしてほしい。
大体それでわかる、向こうも私も。
向こうの方が自然に冷めてくれればそもそも告白さらなくなるから楽でいいだろう。
「お前の周りには男が多いから困るよ」
「なんでですか?」
「またこの前みたいなことになる可能性が上がるからな」
「実は結構力が強くて……腕が痛かったです」
「そりゃそうだろ」
彼氏に言い訳をしている彼女みたい。
「あの、勘違いしそうになるのでもう少し距離間を大きくしてくれませんか?」
「ん? 物理的な意味でか?」
「違います、発言とかそういうの……」
明らかにその気があると思えてしまうから。
いちいち男の子といたりすると気にする辺りが怪しい。
「他人からの告白を断り続けたのがお前だろ? これぐらいで勘違いする女じゃない」
そうかもしれないけどさ、精神が参っている時なんかに優しくされてしまうと揺れてしまうわけで……いやまあいまは普通だけどさあ……。
「それならはっきり言ってください、そういうつもりはないって」
「なにをそんなに気にしてるんだ?」
「はぁ……」
「いや、はぁ……はこっちのセリフなんだが」
こうやって女の子は騙されていくんだろうなとわかった1日となった。
「やあ」
「本当にあなたはお姉ちゃんのことが好きですね」
この人――涼さんは毎日のように家へと顔を出していた。
その度に面白い姉の様子を見られるから悪くはないんだけど、進展しないのがなんとも微妙な気分になるのは実際のところだ。
「キノちゃんに会うためでもあるけどね」
「はいはい……ココアですよね、準備します」
「ありがとう」
飲み物を持ってふたりで姉の部屋に移動。
今日はじっくりと姉の裸を見せてもらうつもりだった。
描きながら横文字をたくさん使いながら話をしていてついていけず。
でも、姉がこうして私以外の人と話しているところが不思議で新鮮だ。
「涼さん、お姉ちゃんの裸はどうですか?」
「そうだね、今日も上手でいいかな」
「は、裸って言い方は……」
「え、だってお姉ちゃんがそう言ってたんだよ?」
「うぅ……」
やめよう、集中してほしいから黙って見ておくことにする。
それにしても人によって部屋の匂いとかが全く違うのが面白い。
姉の匂いとも言えるし、道具の匂いとも言えるし、服とかの匂いとも言える。
なかなか入らせてもらえなかったからなんだか物凄く懐かしい感じが。
「キノちゃんは描かないの?」
「描けないです」
「ほら、俺の貸してあげるから描いてみて」
あれ、文字を書く人ではなかっただろうかと疑問に思いつつも挑戦してみる。
それにしてもすごいな、独立していて、それでもPCでやってる姉みたいに描けるなんて。
もちろん画力については言及しないでいただきたいけど、なかなかに楽しい。
「はは」
「え?」
「いや、凄く楽しそうに描いていたからいいなって」
「み、見ないでください……」
「キミは無表情で描くからね、可愛かったよ」
あー嫌だ嫌だ、格好いい人とかって誰にでも可愛いって言うんだよね。
その言葉の価値は100パーセント中5パーセントぐらいしかない。
「わ、私はキノと違って可愛くないし……」
「綺麗だけどね」
「涼くんはそういうところが駄目だと思う」「涼さんはそういうところが駄目だと思います」
「えぇ……」
おかわりを注ぎに行くべく1階へ移動したら付いてきてしまった涼さん。
「ね、この前の人って彼氏?」
「友達のお兄さんです」
「ああ、奏くんのか」
「知ってるんですか?」
この前は知らない的な感じだったのに調べたのだろうか。
「ムツキちゃんと昴くん、でしょ?」
「はい、そういうことになりますね」
「昴くんか、あの人ってモテるよね」
「最近も告白されたって聞きましたよ」
どういう風に対応しているのか気になる。
ごめんだけでは納得してくれない人がいるので、そういう場合の対処法を教えてもらいたい。
生憎と男の子の友達は昴さんだけだから頼るならどうしたってそういう形になってしまう。
「どうぞ」
「ありがとう。で、キノちゃんは昴くんのことが好きなの?」
「歌声が好きです、いまはそれだけですね。でも、あの人こっちを勘違いさせるようなことをよく言うのでやめてくれと言っておきました。私は勘違いしないだろうからということで終わってしまいましたけどね」
涼さんに対しても警戒度が上がっている。
簡単に可愛いとか綺麗とか言えてしまうのはおかしい。
格好いいと思っていてもこちらは1度も口にしたことはなかったから。
歌声が好きだとか言っているのは付き合いが長いから、さすがに10年以上関わりがある人と話したばかりの人とのそれを同じにはできないだろう。
「声フェチなの?」
「あの人の歌声が好きなんです、低くて綺麗で落ち着くので」
「そこから本人自体が好きになるとかないの?」
「わかりません、どうなるのかなんて」
好きにならないなんて断言できない。
ただ、あの人はモテるから恐らくそうなる前に誰かのところに行ってしまうんじゃないかと考えている。魅力的な人なんてたくさんいるわけだし、いい人を探してほしいと思う。
「そっか、楽しそうだね」
「一緒にいるのは落ち着きますけどね」
意外と大変なんだぞ、最近の距離間を前に普通を保つのは。
自分が相手に与える影響力のことなんて全く把握してないんだから。
負けずにいられているのは奏くんやムツキちゃんがいるから。
だってどう説明していいのかわからなくなるじゃん?
それにモテる人を狙ったりしたら過去から狙っていた人に怒られる。
他人からの意見なんかどうでもいいって言ったって数で襲われるとどうしようもなくなるわけ。
「俺はもっとキミと仲良くなりたい」
「だったら行ってください」
「そうだね、これからも関わっていたいからそうしようかな」
いや本当によく会ったな、あの姉が。
それとも私が知らないだけで午前中とかに外に出たりしていたのかな。
でもまあ、乱暴なこととかはしなさそうだし、仮になにかがあったら家に入れなければいい。
「あ、また舐めちゃってるのかな」
また昴さんに怒られても嫌だからその場合は自分だけで解決できるとは思わずに相談しようと決めたのだった。