03
「おいキノ、そいつは誰だ?」
余裕ぶっこいていたら怖い表情を浮かべた昴さんに見られて固まる。
「俺は三門と同じクラスの新渡戸渡だけど、あんたこそ誰?」
「で、キノと同じクラスであるお前はなんの用でキノといるんだ?」
「たまたま出会ったから話しかけただけだけど?」
待て、どうしてこんなバチバチに火花散らしているんだ。
昴さんもいつもの余裕はどうした、そんなに怖い雰囲気は似合わないよ。
「まさか三門の彼氏かなにか?」
「違う、ムツキの兄だ」
「なるほどね、でもそれだけの理由でそんなに怖い顔をする必要はないと思うけど?」
そうそう、なるべく嫌な気持ちにならないように平和的に解決したい。
というかどうして昴さんは外に出てきたのだろうか?
こちらに出てこられてしまうと姉が放置になってしまう、いまひとりで返したら多分駄目。
仕方がないのでこれが終わったら戻ることに決めた、無理やり連れ出したのなら最後まで責任を取らなければならないからね。
「逆にどうしてそこで引っかかるんだ? お前こそキノを狙っているのか?」
「知っていると思うけど三門は人気者なんだ、フリーということなら狙うだろ」
そういうものなのか!? 凄く凄く平凡女なのに!?
わからないものだな、意外にも需要というものがあったらしい。
ここで私より美人で巨乳な姉を見せたらどうなるのだろうかという興味があった。
「き、キノ! 先に帰らないでよもー……」
来たな、第2の救世主!
さてとと確認してみたら至って冷静に私の姉かと問うてくるだけだった。
プルプルと震えて確認してくるわけでもなし、すぐに昴さんへと視線が戻されている。
「三門の彼氏じゃないなら邪魔しないでくれよな」
少し待ってほしい、だからってそれを本人の前で言う?
こういうのは実は裏で私を巡って衝突していて~みたいな流れになるべきだろう。
そういうことを知っておきながら普通に接することはできないよ? なんでもかんでも計算なんだなって思っちゃうもん。
「キノってモテるんだね」
「いや、勘違いしているだけでしょ」
回収する手間が省けたのは楽でいい。
昴さんに挨拶をしてから家の方へと歩いていく。
私はね、見ているだけでいいんだって。
そうじゃないとうるさく言ってくる人間がいるからだ。
あの子のことを気に入っている女の子がもしいたら――ああ、考えたくもない……。
陰口を言われたい人間なんていない。
私はメンタルが強い方ではないので対応をミスれば姉化も十分有り得るぐらいだった。
月曜日。
ああ言った割にはあの子は教室では話しかけてこなかった。
警戒していたのになんだったんだろうと呆れていたら、校門のところで出くわしたが。
「ま、待ってたぞ」
あれ、昨日はあんな堂々としていたのになんだか照れていらっしゃる。
待って待って、こういうギャップに私は弱いんだってば。
「今日はい、いないのか?」
「あ、昴さんのこと? うん、そうみたいだね」
いつもなら昇降口を出たところで待っているのに今日はいなかった。
こういう場合は一緒に帰れないということなので待っていても日が暮れるだけだ。
ちなみにムツキちゃんや奏くんは部活動に所属している。
ムツキちゃんはバドミントン、奏くんはサッカー部だ。昴さんも同じ部だった。
「ふぅ……じゃあさ、一緒に帰らないか?」
「いいけど、家はどこら辺なの?」
「向こうだ」
「あ、じゃあ一緒だね、帰ろっか」
ふむ、乱暴だとか俺様系というわけでもないと。
いまはなんか借りてきた猫みたいに大人しくなっているし、昨日の彼は同一人物かと問いたいほどだ。でもまあ、要所で大胆になれるところは悪くないかな、偉そうだけど。
「三門ってどういう食べ物が好きなんだ?」
「私? 私は嫌いな食べ物とかないよ、貰えたらなんでも喜んで食べるし」
「なら今度さ、飯でも食べに行かないか!?」
「落ち着いて、それはいいけどあんまり高いところだと無理だよ?」
「大丈夫だ、俺が払うから」
やったーとはならない、借りを作るのは嫌だし。
昴さんにだって必ず後から返している、お金で繋がっている縁というのは寂しいからね。
「あのさ、私のことを狙うつもりならなんでもっと早く動かなかったの?」
「だ、だって……恥ずかしいだろ?」
「ふーん、ならこれからも恥ずかしいで選択できない時があるってことかー」
「ち、違うっ、近くにあんなに危険な男がいるとわかれば大胆になれる!」
「ふーん、昴さんに勝つことが目的なんだね」
怒ったのかこちらの腕を掴んで見てくる新渡戸くん。
「痛いんだけど?」
「名前呼びやめろよ」
「なんで? 私と昴さんは小学生の頃から一緒にいるんだよ? 恥ずかしくて行動できなかった君とは違ってね」
痛いところを突かれたら力でねじ伏せようとしてくるなんて良くない。
マイナス100点どころの話じゃないぞ、なんなら一緒にいることだってやめたいぐらいだ。
「……ならせめて名前で呼んでくれ」
「だったら最初からそう言いなよ、離して」
はぁ……どれだけ強く握っていたんだという話。
なにを言われても大体笑って済ます昴さんを見習った方がいい。
それに自惚れかもしれないけど、仮にいま昴さんがいたら絶対に怒っていたと思う。
「いまので選ばれることなくなったからね」
「チャンスぐらいくれよ!」
「あげてたじゃん、それを自らの手で壊したんだよ君が」
ね? いいことなんてなにもない。
10年以上一緒にいる昴さんとだってそういう関係になっているわけではないのだ、出会ってすぐの子を簡単に気にいって特別に変えられるわけがないだろう。
「他の子を探したなよ、多分君のことを気に入る子がいるだろうから――きゃっ!?」
再度握られた腕がギシギシと嫌な音を立てる。
一応これでも女だし自慢じゃないけど細いしで圧倒的な力の前ではなにもできない。
被害が最小限で済みますようにと願うしかできなかった、私もちょっと調子に乗ったところがあるからあんまり責められないし。
「なにしてる!」
だから本当の救世主みたいに昴さんが来てくれても純粋には喜べなかった。
新渡戸くんは舌打ちをして、私の腕を解放して反対方向へと歩いていく。
「なんで待ってなかった」
「今日は用事があると思ったからです」
切り替えの上手さ、早さは今日も健在だった。
ジンジンと鈍く痛む腕を片方の手で掴みながら歩き始める。
多分煽られたように感じたんだろう、それか私なら力で黙らせることができると判断したのか。
事実それは正解だった、いくら調子に乗ろうが男の子の力の前では敵わない。
なにか嫌がらせとかしなければいいけどと願うのがやっとだった。自ら壊したのは私も同じ。
「もっと叫んだりしろよ」
「命の危険が迫っていたわけではないですから」
「お前、男を舐めてるだろ」
「そうかもしれません、反省します」
あくまで普通のことを言っていたつもりだが、いざそれで自分が不利な立場になったからって助けてもらうのは違う。余計なことは言わずにごめんで良かったんだ、まあもう嫌だけどさ。
いつもみたいに一緒に帰っているのに会話がなくて少し寂しかったのは言うまでもなく。
「じゃあな」
「先程はありがとうございました、失礼します」
でもさ、普通振り向かせようとしている相手にあんなことする?
そうでなくても恋に対して微妙な状態なのに余計に悪くなったよ?
考えられないぐらい恋というのは盲目状態にしてしまうのか?
だけどないわ、あんなことしたら私じゃなくても萎縮して終わりだぞ。
仮になにかが芽生えていたとしても0になる、あまりにも下手くそすぎだ。
「平和に過ごせるって願っておこう」
私にできるのはそれぐらいだった。
緊急事態発生、私の悪い噂が流れています。
相手を弄んで楽しんでいるとかそういうの、発生源はもちろん彼だ。
いま正におもちゃとして弄ばれている私が立ったらざわつきが大きくなった。
こういう興味の持たれ方は期待していなかった、ちょっと大人気なさすぎない?
小学生かよ、というか暇人だなーおい。
ムツキちゃんのところに行こうとしたけど迷惑をかけるのでやめる。
教室から廊下へと歩いてる間もまるでモデルみたいに視線を集め続け、有名人みたいな気持ちになったのは言うまでもない。
「はぁ……」
こういう時にわざわざ個室に逃げ込むのは悪手だ。
そのため、寧ろ堂々と教室前の廊下の壁に背を預けて目を閉じていた。
どちらにしたって悪く言われる現実は変わらない。
なら逃げるのではなく真正面からぶつかる――とまでは言わなくても、ただぼけーっといつものように生活してやろうと決めた。
下らない噂に流されて同じように悪口を言うやつらのために不登校とかださいじゃん?
力で従わせる系になってしまうと困ってしまうけど、その時は先生を頼ろうと思う。
「キノ」
「あ、昴さん――いや、昴先輩の方がいいですかっ?」
「馬鹿、ふざけてる場合じゃないだろ」
実際ふざけてないとやっていられないのだ。
昴さんが来た時だけ収まったって意味はない。
学年が違うことからいつだって一緒にいられるわけではない。
だったらこちらも強く対応しなければならないわけで、こういうキャラも悪くないはずなんだ。
「ムツキは?」
「教室内にいます」
「お前、話しかけなかっただろ」
「はい、迷惑をかけたくないので、昴さんにこうして話しかけているのは話しかけてきたからですよ。大丈夫です、これでも意外と強いですから」
最近はよく嘘をつくなあと客観的にそう思った。
そのどれもが相手の気分を悪くさせないためにしたものだから責めるのはやめていただきたい。
「ぶっ壊しちゃえばいいのに」
「ど、どうしたんですか?」
「お前がカラオケ屋にいた時に言った言葉だ」
物理的手段に出たら負けだ。
仮に私がなにしてくれてんねん! と新渡戸くんを殴ったらみんなが彼の味方するだけ。
そんなことしたら増々、面倒くさいことになる、それだけは避けなければならない。
でも詰みなんだと私はわかっていた。
だって自分で動けないなら誰かを頼るしかない、だけど誰かにやってもらうなんて卑怯だ。
新渡戸くんは上手い、どこまで考えていたのかはわからないけど効率的に私を追い詰めてる。
「とりあえず、ぶっ壊すか」
「やめた方がいいと思います」
「俺はお前が好き勝手言われていることの方が許せない」
「その気持ちだけで十分ですよ、それに自業自得なんです」
人の噂も七十五日って言うし、時間さんに任せるのが1番だ。
私だって昴さんが悪く言われるのは嫌だ、しかもそうさせてしまったら結果的に私が悪だ。
「自業自得って?」
「私が彼を煽りました」
「は? なんでそんな無益なことを?」
「昴さんと違っていい子ではなかったからです」
自分といる時に他の子の名前を出されたら誰だって気になる。
暴力とまではいかなくても拗ねるぐらいはあるかもしれない。
昨日の私が短慮だっただけだ、なんでも正論をぶつければいいというわけではないということ。
「戻ってください、もう授業が始まりますよ」
一方的に切り上げて教室に戻ったら次はざわつかなかった。
あの人がムツキちゃんの兄であることは知っているだろうから対応が難しく感じているのかも。
結局それは利用してしまっていることになるが、多少楽になったのは事実だ。
先生が来て授業が始まる。
後ろから見ている限りでは本当に普通の男子学生といった感じだった。
もっとも、それは私がそう感じているだけで実際は違うわけだが。
そうじゃなければここまで一気に広まったりしない、ムツキちゃんと同じく人気者だろう。
あ、いや、私もそれなりにあれなのか、そう考えると違和感しかないけどさ。
私にできることはこうして他人事のように見ているだけ。
所詮口先ばかりの人間だ、本当の意味でぶっ壊すなんてできない。
だけど昴さんの目は本気のそれだったから慌てて止めた形になる。
あそこまで必死になってくれる理由はなぜか、自惚れでもなんでもなく気に入られているの?
普通は自分は関係ないからということで距離を置くところだろうに。
ムツキちゃんだって今日はまだ話しかけてきていない、そう、普通はこうする。
嬉しいと考えてしまう自分は駄目だと思いながらも、本人がそう言ってくれているならいいじゃんと考える自分もいる。
……歌声以外でもこちらを揺さぶろうとしてくるなんて卑怯じゃん?
もし昴さんを見ただけでぼうっとするようになってしまったら……そう考えると恐ろしいな。
そうならないためにも私だけで戦うんだ、自分勝手に甘えてはならないからね。